束の間の独身生活
お借りしたお題は「動画」です。
梶部次郎、四十五歳。大学時代の思い人の弓子と再婚した。しかも、デキ婚である。そして、弓子は遂に女の子を出産し、実家に里帰りしている。
「ここで育てればいいのに」
梶部はそう言ったのだが、弓子は、
「前の旦那とは子供ができなかったから、田舎の両親が喜んじゃって、どうしてもこっちに来いって言うのよ。ごめんなさいね」
そこまで言われると、引き止める事もできなかった。
「束の間の独身生活をエンジョイしてね」
タクシーに乗り込み時、弓子が言った。梶部はお世辞でも何でもなく、
「ユーミンがいないと、エンジョイできないよ」
「何言ってるのよ」
弓子は照れ臭そうに返すと、車中の人となった。梶部はしばらく見送ってから、家に戻った。
そこは前の妻と暮らしていた事もある一戸建て住宅。
弓子は前の妻と親友だったので、何のわだかまりもなくそこでいいと言ってくれた。
(ユーミンは俺には過ぎた女房だな)
しみじみ思う梶部である。
会社に出勤し、直属の上司となった常務の平井卓三に子供が生まれた事を告げると、
「あれほど言ったのに結局離婚して弓子さんとくっつきやがって」
苦笑いしてそう言われた。梶部は、
「申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げた。平井は梶部と同期だが、妻の蘭子が現在の社長の娘なのだ。
だから、異例の出世をしている。
「今は二人きりなんだから、同期の頃に戻れよ、梶部」
平井はソファを勧めながら、自分もドッカリと腰を下ろした。
梶部はその向かいに座り、
「奥さんと娘さんは向こうに残っているのですか?」
まだ敬語で話したので、平井は、
「敬語はよしてくれ。尻の穴がムズムズするからさ。ああ、そうだよ。娘があっちで男ができてさ。結婚するつもりだと言われた」
寂しそうに言った。梶部は自分の娘の事を想像し、ジンとしてしまった。
「やっと娘といろいろ話せるようになったと思ったら、他の男が連れ去っちまうんだから、父親ってのはつくづく損な役回りだよな」
「そう、だな」
梶部はぎこちなく応じた。
「お前のとこも、女の子なんだっけ? 成人する頃には退職してるな」
平井は深刻な顔になって言った。梶部は苦笑いして、
「委託社員制度を使うつもりだよ」
すると平井が、
「そうなる前に俺がお前を引っ張りあげる。そうすれば、定年を心配しなくても大丈夫だから」
梶部はギョッとした。役員になれれば、定年は引き伸ばされる。場合によっては、終身になる。
(だが、そうなったら、こいつに一生頭が上がらなくなる)
梶部はジレンマを感じた。
たくさんの部下に祝福され、恥ずかしさと嬉しさでいっぱいになった梶部は、お祝いの品を抱えてタクシーで帰宅した。
「明かりが点いていない家は寂しいな」
梶部はそう呟いて、玄関の鍵を開けた。
風呂に入り、ビールを飲む。つい、キッチンを見てしまったが、そこには誰もいない。
(ユーミン、早く帰ってきてくれ)
泣きそうになる梶部だった。
そして、する事もないので、早めに寝る事にした。
その前にメールをチェックしようとパソコンを起動した。
「うん?」
メールの中に通販サイトからのものがあった。何だろうと思って開くと、
「今なら動画が半額!」
妙にキャッチーな広告が出てきた。
(ユーミンがいない今なら……)
邪な梶部が囁いた。抵抗する事なく、梶部はURLをクリックした。
「おお!」
あまりの過激さに声を出してしまった。
「これにしよう」
その中の一つをダウンロードする事にし、クリックした。
ダウンロードが終わるまであまりに待ち遠しかったので、ビールをもう一缶飲んでしまった。
「おおお!」
ダウンロードが完了し、再生する。ボリュームを調節していなかっため、大音量でおかしな声が流れてしまった。
「ひいい!」
梶部は慌ててスピーカを調整した。そして、心ゆくまで堪能し、ぐっすり眠った。
翌日、一人の生活に戻った事を改めて実感し、食事もそこそこに家を出た。
何とかいつもの電車に間に合ったが、階段を駆け上がったので息が上がってしまった。
「おはようございます」
女子社員に笑顔で挨拶されると、何となくバツが悪い。梶部が昨日ダウンロードしたのは「淫乱OL日記」というタイトルだったのだ。
(やっぱり、違うのにすればよかった)
梶部は反省した。




