六月二六日、午前
一三〇人の子供たちがさらわれた、その二十四年前、一二六〇年。実はこの年にも、ハーメルンの子どもたちが笛吹き男に連れ去られたという。
つまり、ハーメルン市が大勢の子供たちを失ったのは、一度ではない。
そして今年、一三〇八年。笛吹き男に一三〇人の子供たちが誘拐された一二八四年から数えて、ちょうど二十四年目の因縁の年というわけだ。
バグパイプを手にしたネオは、旅立ちの準備を整えた一〇〇人あまりの子供たちを前に、考えにふけっていた。
――あるいは、自分こそが三人目の笛吹き男として語り伝えられるのかも知れない、と。
なぜなら、今日、ハーメルンを旅立った子供たちは、おそらく全員が帰ってこないからだ。である以上、子供を送り出す親の立場からしてみれば、戦争に巻き込まれて死ぬのであれ、奴隷として売り飛ばされるのであれ、あるいは、はるか遠くへと希望に満ちた旅に出るのであれ、「笛吹き男に子供を連れ去られる」という点において、なにも違いはあるまい。なによりも、数字だけを見れば、まさしく二十四年に一度のこの年に、大勢の子供たちがハーメルン市からいなくなるのだ。
湧き上がった嫌な考えを、ぶんぶんと頭を振って追い払った。
ハーメルン市が過去に二回経験したという大勢の子供たちを失った事件。それらは、戦争にせよ誘拐にせよ、明らかに悲しむべき出来事だった。だが、今回はそうではないのだ。
今日これからネオが率いる子供たちは、戦争に行くのではない。まして奴隷として売られるのでもない。彼らは領主の支援のもと、はるか東方へと向かい新しい村を作るのだ。輝かしい希望を抱いて旅立とうとしているのだ。
ブラウンシュヴァイク公国のヴェルフェン家より、正式に委託された植民請負人。それが今のネオの立場だ。東方植民に向かう子供たちを率いるリーダーであるとともに、移住先の村では指導者になることが約束されているというわけだ。
東方植民とは、ハーメルンの街だけでなく、このあたりザクセン地方〔現在のドイツ・ニーダーザクセン州周辺〕では当たり前に行われている植民政策である。領主や支配者による領土拡張計画としては珍しくはない話だ。しかし今年に限っては、少しばかり事情が違っていた。
どうやら今年の終わりから来年にかけて、ザクセン地方を飢饉が襲うらしいのだ。ハーメルン市にも飢えた人々がこぞって押し寄せ、街を埋め尽くすであろうことが想像されていた。
そうでなくとも、慢性的な人口増加に悩むハーメルン市だ。そこの子供たち――特に、行き場のない次男坊や三男坊が中心となっている――を、新たなる土地へと連れて行って、自分たちの村を創り出すこと。そして、飢えたものたちの目線をハーメルン市からそらし、東へと向かわせること。植民には、この二重の目的があった。
もちろん、平坦な道ではあるまい。それどころか、ろくにハーメルン市から離れたこともないような子供たちを率いての旅なのだ。困難の連続になることは避けられまい。
しかし、そんなことよりも、誰もが抱えている大きな不安があった。
エーフェルシュタインの悪魔。
二十四年前、子供たちをさらっていったという張本人。もしかしたら、東方に向かう子供たちを狙って襲ってくるかも知れない。
もしもそうだとしたら、ネオは――あの男と対決しなければならない。それは、胸のうちにわだかまる、ひとつの予感だった。
きっと自分は、あの男ともう一度相対することになる。そして、そのときには、きっちりと決着を付けることになる。
もしもそうだとしたら、二十四年前の真実についても、問いたださなければならない。二十四年前になにが起きたのか。ハーメルンの子供たちは、どこへ消えたのか。
今になって思えば、なにからなにまで胡乱な男だった。あるいは、危険でさえあったかも知れない。
しかし、あの男こそが、ネオを今の立場にまで導いたのもまた、事実だった。
ネオは、自分の背負った星というものに思いを馳せた。
なにしろ、ついこのあいだまで、自分はなんの変哲もないただの靴屋の徒弟だったのだ。それが、いったいなんの巡り合わせか、植民請負人として抜擢され、ゆくゆくは新しい村の指導者――つまり村長だ――という立場を約束されるに至ったのだから、運命というものはわからない。
かつてあの男は言っていた。ネオの背負った星は木星か金星だろうと。ともに、幸運を呼ぶと言われている星だ。
王の星である太陽。
粉挽きをはじめ水を扱う者の星である月。
戦人の星である火星。
職人の星、水星。
尊き聖職者の星、木星。
楽師や踊り子の星、金星。
そして冷たき奴隷の星、土星。
人がこれらの星のいずれかのもとに生まれるというのは誰もが知っている当たり前のことだが、しかし、自分の背負った星がなんであるかを知るすべはない。なぜなら、貴族に生まれたものが物乞いに身を落とすことがあれば、その逆も――極めて稀だが――あるからだ。結局、背負った星がなんであったかなど、他人があとから想像するしかない。
二ヶ月ほど前までのネオは、自分の背負った星は、順当に考えて職人の星である水星か、ことによっては土星かも知れないと思っていた。しかし、運というものは自覚できないことがままあるものだ。あの男に言わせれば、自分はとてつもない幸運を持っているらしい。
そして、今の自分を見る限り、もはやそれは否定しきれるものではなくなっていた。
右へ、左へ。不安定にゆらゆらと揺れる運命の天秤は、奇妙な巡り合わせを次々にネオにもたらし、ついには東方植民への植民請負人を、そして将来の村長という大きな役割を采配したのだ。
もちろん、なりたくてなれる立場ではない。それどころか、決まった家や土地に定住できるもの自体、決して多いとはいえないのだ。そんな中で、偶然に偶然が重なり、絶妙のタイミングでネオの元に訪れたチャンスと、それを掴むことのできる運の良さは、もはや常人のそれとは言いがたいものだった。
ゆらゆらと揺れる運命の天秤。それはいったいいつから揺れていたのだろう。
ネオが植民委託人として志願する直接の動機となった少女がいる。その少女がネオの「大切な人」になったとき、ネオは東方植民に志願することをはっきりと心に決めた。
だが、それよりも前から、この運命は決まっていたように思える。
かつてネオは、ある事情ではるか北西のミンデン市まで冒険の旅を経験していた。生まれてはじめて街の外で夜の世界を過ごし、生まれてはじめてハーメルン以外の街を目にして、そして、宇宙の広さと世界の身近さを思い知った。
やはり、あの経験が大きいと思う。街の外での過ごし方を学び、人外との付き合い方を覚えた。驚きの連続はネオの心の芯をしなやかに強靭に鍛え上げた。あの体験があったからこそ、ネオは臆することなく東方植民へ志願できたのだ。
また同時に、ミンデンまで無事に旅をして帰ってこれたという実績があったからこそ、ネオは植民請負人として認められたのだ。
もともと望んで出た旅ではなかったが、今になって思えば、あの旅を経験していなかったら、今のネオはありえない。
ならば、ミンデンまでの命がけの――少なくとも、あのときはそう思っていた――旅をしなければならなくなった、その理由こそが、今のネオの土台になっているといえよう。
旅に出た理由。発端は些細な事だった。靴屋であるネオが、放浪楽師の少女に靴を作ってプレゼントしたという、ただそれだけの、ほんの取るに足らない出来事だった。まさかそれがミンデンへ、そしてはるか東方にまで自分の道をつなげてしまうとは、夢にも思わなかった。
では、少女との出会いは? すなわち、レ・ジョングルールと名乗る奇妙な放浪楽師一座との出会い。それこそが、すべてのはじまりということになる。
事実、それまでのネオは、毎日の日課を繰り返して鬱々とした日々を送るだけの、それこそなんの変哲もない、どこにでもいる靴屋の徒弟でしかなかったのだ。
春も終わりを告げようというあの日。
水車小屋のすぐ近く、ヴェーゼル川にかかる橋の上。
突然、ネオの前にあらわれたジョングルール一座と、その団長の男。
あの男こそが、ネオの運命の天秤を最初に揺らしたのだ。
あの男が、なんの気まぐれかネオに声をかけた瞬間から、ネオの天秤はめまぐるしく右へ左へと揺らめきはじめたのだ。
いつもとなにも変わらない、平凡で憂鬱な日々。
いつものように靴の材料の巻き革を仕入れにいって、いつものように橋の上で聖書を広げていた、いつもの風景。
ネオの運命は、突然やってきたのだ。