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3 歪み

 新しい中学生活は、今までとは基本は変わらない。

 合唱コンクールから始まって、遠足、体育祭、サマーキャンプ、文化祭。学校行事をこなす間に瞬く間に過ぎて行く、一年。

 麻依にとって違うのは、その思い出を共に過ごす人間。成美との思い出が、別の人間によって塗り替えられて行くことに、最初は戸惑っていた。

 それでも正行や希未と共に過ごす事に決めたのは、ある意味、二人を監視する為だった筈だ。

 二人の事を、麻依は頭から信用していたわけではない。

 ありえない筈の出会いを果たした片瀬正行と、「実は記憶があったのだ」と告白をした光本希未。「普通ではない」二人。実は、麻依だってその仲間――どころか、自分こそが特別なのだと思っていたわけだが――今になって、「仲間」が二人も現れた事がどうも腑に落ちない。

 何かが、自分の思惑とは別の所で動いている。そんなひっかかりが、どうしても消えないでいた。

 だが、人間というものは状況に慣れて行くもので。

 二年生になり、三人揃って生徒会本部役員に当選した頃には、彼らと共に有るのが、当たり前のようになっていた。


 ちなみにかつての親友、藤本成美に対しては――とりあえず、彼氏が出来たらしいので、まあいいかという結論を出した。

 麻依と親友だった時の成美は、完璧に男っ気無しの中学生だったから。



 生徒会を三人で乗っ取り――生徒会長が麻依、副会長が正行で書記が希未に就いた――だが生徒会室で話し合われている内容は、たまに定例会議とはかけ離れたものであったりもするが。

 正行は、麻依を含めた自分たちの事を『歪み』と呼ぶことにしたようだ。他とは違う、ある意味特別な存在。

「実際に、自分の運命を繰り上げてみて解ったんだけど」

 と、彼は告げた。

「多分、誰も気が付いていない程度のひずみがさ、あちこちにあるって気が付いていた?」

 麻依は首をかしげる。

 確かに今まで居なかった人が居るというのは、麻依にとっては最初は大きな戸惑いだった。だが、慣れてしまえばごく当たり前にそこに居る正行は、ただの一学生に過ぎない。

「ひずみなんか、あるかなぁ? 普通に、いつもの生活の中に片瀬くんが居るだけだけど」

「うん。片瀬の存在が増えたからって、別に大勢に影響がないっていうか」

 他人の言葉に賛同をする時、たまに酷い言いようをするのが、希未のあまり良くない癖だと言う事も、今は知っている。

 だから、正行も「酷い言い方だな」と苦笑しただけだった。

「一応、ひずみはあるんだ。僕らは運命に干渉することが出来るけど、僕らが歪ませた運命を修復する方向に働く力あるんじゃないかなぁ」

 それは、何となくだが麻依も感じていた事だ。

 麻依個人が「いつも」と違う行動を取ったとしても――たとえば、優勝する予定だった「弁論大会」を急病と偽ってドタキャンをしたとしても、考えてみたら当たり前なのが、次点だった者が優勝するというだけの事。担任から「また来年チャレンジしなさい」と言われただけだった。

 生徒会を乗っ取って新しいレクレーションを増やしたり、行事の見直しを提案したりしてみても「今年の生徒会は活発だ」と言われるだけで、大きな変化は何もない。

「で、ひずみって?」

 とりあえず、正行が言う「ひずみ」の見当もつかない。

 尋ねると少年はどこか嬉しそうに、悪戯が成功したときのような表情で、麻依を見る。

「葛城さん、前は二年何組の何番だった? 光本さんは?」

 麻依は何気なく希未を見て、彼女と目が合ったので彼女もまた同じ事を考えていたのだと知る。

 解らない。覚えていない。

 そういえば、と、麻依は思う。

 成美とは三年連続クラスメイトだった筈だ。それが、一年も二年も学級が違う。

「僕というイレギュラーな存在が入り込んで来たから、つじつまを合わせる為に微調整がされたんだと思う。多分、この中学校に入る筈だった誰かが別の中学校に移動しているんじゃないかな」

「そんな微調整をしなくても、片瀬くんの代わりに誰かをアメリカに留学させたら良いんじゃないの?」

 百人を少しずつ動かすより、二人の立場を入れ替えた方が手っ取り早いというのが、麻依の意見だが、正行が言うには少し違うらしい。

「それをすれば、多分大きく運命が動く。だから、そうならないように微調整が行われているんだと思う」

「つまり? 片瀬的見解は?」

 ぐっと、身を乗り出したのは、希未。

 いつも、感情を表に出さない彼女にしてはめずらしく、わくわくとした顔をしている。

「歴史が変らないように、微調整がされているような気がするんだ」



 何故か、胸騒ぎがした。

(歴史が、変わらないように)

 とても、嫌な気分。まるでキーワードのように、正行の言葉が麻依の脳裏をめぐる。

 似たような事が、前にもあった。

 そうだ。あれは希未の台詞。

 「リセット」「終わらない、イベント」。

 繰り返される、世界。訪れない、明日。

 まるで、何かによってリセットされているかのように。

「それは、どんな力?」

 麻依の声は、酷く乾いていた。

「それは、何の力?」

 麻依の中で、何かが警告を鳴らし続けていた。

「歴史、じゃなくて運命だったな」

 何故か、今更のように言い足す、正行。

「どんな力かと聞かれても答えようがない。僕が思うには、自然に働く回復力みたいなものじゃないかな。人間にだって備わってるだろ? 極端なダイエットをした時なんかに、体が危機感を感じて体重を維持しようと働く」

「ホメオスタシス効果と一緒にしないでよ」

 希未が苦笑する。

「でも、片瀬の理屈だと。そんな力が常に働いているんだったらだ、私たちってすごい邪魔だと思うんだけど?」

「邪魔も何も、僕たちの完敗だろ? 今の所」

 正行の言葉に、希未も「それもそうだ」と納得する。

 麻依たちがどんな行動を取ろうとも、それはすぐに修正される。

 一人が三人になっても、同じことなのだ。きっと、何も変わらない。

「解った? 葛城」

 気が付いたら、希未が麻依の前の机に頬杖をついていた。顔が誓い。

「つまる話、勇次先輩が二人の後輩から振られて寂しい中学時代を送っても、それ以上の意味はなかったってわけ」

 いきなり話を振られ、麻依の目が点になる。

「え? わ、私はやっぱり、元の鞘に納まった方が良いと思って」

 未だに根に持っていたのか、というか今更何故、その話題を持ち出されたのかが解らずに少し焦る麻依に、

「それはどうも、ご親切に。だからって、なんで私が葛城の残り物を引き受けないといけないのよ」

 どこかくぐもった音が、正行から発せられる。

 どうやら、吹き出したようだ。

「問題は、そこ?」

 麻依も、やや呆れて希未を見る。

 そんな事を言う為に、わざわざ目の前まで移動したのかと。

「知ってる? 物事には、順番っていうものがあるの」

 議論は、いつものように何の解決策も見いだせないまま、終わる。

 ただ、麻依にとって「光本希未はとても変な奴だが、嫌いではない」存在になっていた。

 



 年も明けて、二月に行われるビデオ上映会の題材に、映画研究部が提案したのは『ジュマンジ(JUMANJI)』だった。

 四年前に公開された娯楽映画。

 ボードゲーム――いわゆる、双六の賽の目によって導かれる事が真実になるというSF映画だった。

 ボードゲームから様々な動物や蝙蝠などが飛び出し、屋敷はジャングルと化すなどの大混乱になる。混乱を止めるには、誰かが上がってゲームを終了させるしかない。そんな内容。顧問に相談したら、多分無理だと言われたらしい。だからと言って生徒会に持ってこられても困るのだが。

 ナンセンスという、学年主任の言葉が聞こえて来るようだ。

「ハリウッド映画は、さすがに許可が出ないと思いますけれど?」

 麻依の言葉に、映研部長の鈴木が「せめて、交渉だけでも」と食ってかかる。

 映画研究部に所蔵してあるVTRは、そのほとんどが「文化的」あるいは「教育的」あるいは「社会的」なもので、もう少し「娯楽的」なものを増やすべきだと言うのが彼の意見だ。

 だが、麻依は知っている。彼の提案は、通ることはない。

「せめて、宮崎アニメとかになりませんか? それなら、一ノ瀬先生あたりが乗ってくれると思うんですけど」

「ああ、一ノ瀬ね。だったら、『銀河鉄道の夜』でも提案するかな」

 気分を害した鈴木が去った後で、

「交渉ぐらいは、してあげても良かったんじゃない?」

 希未が、肩を竦めながら呟いた。

「それとか、上映してから『ビデオテープ間違ってましたー』とか、それぐらいやっても良いんじゃないの? どうせ、影響しないんだろうし」

 希未の言葉は、ある意味正しい。麻依たちは『歪み』だから、運命に手を加えることが出来る。そして、それは簡単に修正されてしまう。結果、何も変わらない。

 例え『ビデオテープを間違えました』と娯楽作品を上映してしまったからといって、学年主任に怒られる程度で終わる事だろう。

 だから何と答えるべきか、模索する。

「葛城さんは、嫌いなんだよ。ゲームが現実になるっていう設定が」

 正行の言葉の、どこが癇に障ったのか。ただ、麻依は気が付いたら立ち上がっていた。

「どうして、そんなに呑気でいられるの? もう、半年切ってるんだよ!」

 もうすぐ、生徒会も解散。

 何も変わらない。

 来年の、今日がある保障もない。

「あのさ、葛城」

 今では、「親友」と呼んでも良いのかも知れない光本希未が、大きなため息をつく。

「前から思ってたんだけど、何を焦ってんの?」

「そういう光本は、どうして平気でいられるの?」

 正行の言葉は、尤もだ。

 麻依は、たまに希未が口にする「ゲームのような現実」という言葉が大嫌いだった。

 だから、『ジュマンジ』の試写をした時に心から、この映画は嫌いだと思った。ゲームが現実になるなど、ナンセンスだと心から思う。

 麻依を見つめる希未の目が困ったように伏せられ、彼女は再び大きなため息をついた。

「葛城、良い? 『フグタ家のタラちゃん』が、いつまでたっても未就学児である事を嘆いた事があった? 私たちも、同じ事。あるがままに、受け入れれば良いだけ。てゆか、それ以外にどうしようもない」

 希未の言葉に、麻依は目を見開く。ひどく、裏切られたような気がした。

 光本希未が、告げるのだ。諦めろと。「のぞみ」なんて名前のくせに、すっかり冷めた口調で。

「諦めたら、意味がなくなる」

 それだけを言うのが、やっとだった。泣きたいのか、怒鳴りたいのか解らない。その力も、湧いて来ない。

「あんたのやっているカウントダウン以上に、無意味な事はないと思うけど?」

「カウントダウンをやめたら、流されてしまう。取り残されているということすら、忘れてしまう」

 頭では、解っている。自分たちが生きる、これが世界のすべてだと。だが、心のどこかにいつもある、焦燥感。麻依だけを置き去りに、他はもっと遠く進んでしまっているような、焦燥感に包まれる。

 こんなことを、している場合ではないと。

 早く、ここから抜け出さなければならないと。

 正行と出会い、希未と知り合った。そのおかげで、何かが変ろうとした筈なのに、まだここから抜け出せない。

「私にとっては、もういっそのこと何度も繰り返されるゲームと同じかな。どんなに足掻いたって、修正される。だったら、やりたいことやっちゃったら良いって、割り切らない?」

 「その方が、精神衛生的に良いと思うけど」と、続いた希未の言葉に、麻依は首を振った。

「私、光本のそういうところ、嫌いだな」

「どういう所?」

「現実を見ない所」

 途端、あははっと、希未が声を上げて笑った。

「どっちが!」

 どっちが?

 よりによって、「どっちが」と来たものだ。

 麻依が何かを言い返す前に、

「今、そういう話をしているのが、一番無意味だと思うけど」

 正行が、割って入って来た。

 すごく嫌そうな顔をしていたので、女同士の喧嘩には出来れば割り込みたくなかったのだろうと、麻依は推測する。

「考える事を放棄しろとは言わないけど、思いつめるのも良くない。光本さんも……」

「はいはい。どうせ、私はいつも悪者ですよ」

 正行に皆まで言わせず、「降参」というように軽く両手を上げて背中を向ける、希未。

 その背に声をかけようとして、思い留まった。

 何を告げるべきなのか、解らなかった。


「ごめん。さっきみたいな光本って、ちょっと苦手」

 希未が去った後で、正行に頭を下げる。

「僕としては、君らが平和にしてくれているのが、一番ありがたいんだけど」

 何が、琴線に触れたのかが解らないと、正行が笑う。

「だって、光本が言う言葉がいちいち、後ろ向きというか……そう、後ろを向いてるんだけど、まっすぐに進んでいる、みたいな?」

「後ろ向きに全速力で進んでいるから、説得力が妙にあるとか?」

「そうそう、それ」

 後ろ向きなのに、説得力がある。

 「諦めろ」とささやきながら、その目は決して光明を失っていない。

「光本って、どんな人生を送って来たんだろ」

 麻依の言葉に、正行が吹き出す。

「中学二年生の言葉とは思えない――いや、そうか」

 麻依を見る、正行の目。それは、少し悲しそうに見えた。

「何度、繰り返したか覚えてる?」

 覚えている。カウントを止めるのが、怖かったから。

「六回。私、計算では九〇年近く生きてる事になるんだよ」


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