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2 リセット

 入学式を終え、先に母親を追い返した。その後で、理科実験室に片瀬正行を呼び出す。

 理科実験室は、放課後は「科学部」の部室として使われているが、入学式当日に部活はない。「図書室」は話をするには向かないし、「校庭」や「

中庭」は人目が多い。

 かくして選ばれたのがこの、色気も何もない場所だ。何から尋ねれば良いのか、考えあぐねる麻依を尻目に、正行は片隅に置かれた人体模型を面白そうに眺めながら告げた。

「念のために言っておくと、記憶、あるからね」

「う、うん。私も」

 麻依にとっては十三年前、二人は最後の瞬間に出会った。

 それには、意味があると思いたかったし、しかも予想していたよりも次の出会いが早かった事は、麻依だって嬉しい。

 でも。

 どうも、しっくり来ない。落ち着かない。

 あまりにイレギュラーが、大きい。それが、喜びより不安を掻きたてる。

 この世界は、二年後に消えて、その後再び振り出しに戻される。それが異常な事は麻依にだって解っているし、なんとか運命を変えられないかと自分なりに足掻いてもみた。

 結論からすれば、一介の中学生である麻依に出来る事はほとんど無く、何度やり直しても運命は変わらないという事。

 だったら、こんな記憶など無くなってしまえば良いのにと、ずっと思っていた。

 記憶を共有する存在が居る事は、安心できた。

 だが、「ありえない出会い」が麻依の警戒心を焚きつける。人体模型と戯れる正行を睨みつけたのは、その警戒心の現れだ。

 と、当の片瀬正行が小さく肩を竦めて、笑った。

「解りやすいなぁ、葛城さんって」

「な、何がよ」

 振り返った正行の目が、麻依を捉えた。

「警戒してるだろ。こいつ、何者だって」

「そ、そりゃあそうでしょう? この間といい、今日といい、いきなり……」

 しかも、彼は麻依の存在と名前を最初から知っていた。その時点で後れを取っているような気がして、それがまた不安と警戒心を掻きたてるのだ。

「そうそう、この間は最後の瞬間で『何の罰だよ』って、泣いていたっけ」

 その台詞には、思わず固まった。頬が、かぁっと熱くなるのを自覚する。

「泣いていません」

 だが、告げた声にはそんな動揺の響きはない。

「泣いているように見えたのなら、それは気のせいです。私は、決して泣きません」

「何で?」

 おかしそうに、正行が麻依を見る。

「何でって、何が?」

「何で、そんなに強がるのかなって」

「強がっていません。って言うか、不愉快なんですけど?」

 初対面。だけど、実は「会いたい」と願っていた相手。

 夢に見た相手だったのに……多分、彼が想像と違うから、ますますむきになってしまうのだろう。

「それを言われるとなぁ……葛城さんこそ、なんでそんなに不機嫌なんだろう」

「はぁ? 片瀬くんが失礼だからでしょ?」

 不機嫌の理由は……多分、「その時」に期待しすぎて居たからに違いない。

 あんな別れ方をしたのだ。感動的な出会いを期待した。

 テーマは、『運命の出会い』。

 例えるならば。



 放課後の教室。

 滅亡の予感に震える少女。

(間に合った)

 彼が告げる。

(よかった。今度こそ、間に合った。僕が居るから、大丈夫)

 ……みたいな展開?

 いや、それは依存しすぎだから。

(たった一人で頑張っていたんだね。これからは、僕も一緒に居るよ)

 これだ、これ。

 この展開。


 そんな妄想をうっかり繰り返してしまっていた麻依にとって、あれは不意打ちだった。

 中学校の入学式の時、いきなり隣に居るって……いや、それはそれでドラマティックなのだろうが、初めての一言が、「久しぶり」って何だよ。

 そうじゃないだろう? と、麻依としては全力で突っ込みたい。

「私は、泣きません。泣いている余裕なんて、ないのです。なぜなら、私には、目的があるからです」

 麻依の言葉に、正行が軽くため息をついた。それがまた、麻依の心の琴線に触れる。

「そりゃ、解らないことはないけどね。『やった』『やってない』議論は、永遠に終わらないのが定番ではあるし。でも、久しぶりの再会でさ、そこまで喧嘩腰な意味が解らない」

「……言いません」

 うつむきがちに、麻依が答える。

 少なくとも、繰り返して来た妄想を口に出す事は絶対に出来ない。

 そもそも、今の麻依は妄想を繰り返して来た時ほど、この片瀬正行という名の少年を信じられない。

「何でさ?」

「だって」

 ぐっと、麻依が唇をかみしめる。

「片瀬くんって、誰? 何者?」

 はぁと、少年が大きなため息をつく。

「片瀬正行。小学校に入る前に父親の転勤で一家そろって米国に移住。日本の中学校に通う為に、今は親戚の家に居候中。前に君と会った時と、状況は同じ。ただ、予定が三年ばかり繰り上げただけ。何故、予定を繰り上げたのかは、葛城さんになら解ると思うんだけど?」

 まっすぐに目を見て話すのは、彼が育って来た環境のせいだろう。

 そして、同学年の他の男子たちと違い、しっかりと意見を告げる事が出来るのは、彼が麻依と同じ――実際に生きた時間以上の記憶を持っているからなのだろう。現に麻依自身、昔から「大人ぶってる」だの「言う事がばばくさい」だのと言われ慣れている。

「僕らは、会うべくして会ったんだと思っているし、動きを起こしてしまったのなら、もう引き返す事はできない。葛城さんだって同じだろ?」

「それは、解っているけど……」

 言われれば言われるほど、意固地になって行く自分を意識して、麻依は唇を噛みしめた。

「だったらさ、何が気に入らないんだよ」

 言われてやっと、気が付いた。麻依は彼をただ、警戒しているのではない。確かに「気に入らなかった」のだと。

 正道と出会ってからの展開が、いつもとは違う展開が、気に入らなかったのだと。

「そうだね。片瀬くんだけが、余裕たっぷりだったのが、気に入らなかったんだと思う」

 今までずっと、麻依は自分のペースで生きていた。それに慣れすぎていたところに、あれは不意打ちだ。

「ごめん。改めて、これからもよろしく」

 差し出した手を、正行が掴んだ。

 シェイクハンド。


「そういえば」

 と、不意に思い出す。親友の不在を。

「片瀬くんの居候先って、成美の家なんでしょ? 成美、どうしちゃったんだろう?」

 中学校の入学式で、初めて出会う。そして、妙に気が合って、中学時代を共に過ごす親友となる筈だった。

 出会うべき人と出会わなかった。

 それが、麻依にとって言い知れぬ不安を呼び起こした。

「そっか。残念ながら、次の機会に期待するしかないね」

 対する正行は、何事もなかったかのようにしれっと答える。それがますます麻依の癇に障った。

「どういう事?」

「中学校の入学式で出会い、親友になる。大イベントの時の出会いは、大きいと思うよ。その運命が変わってしまったんだから、次のイベントに期待するしかないだろ? 今無理して会いに行った所で、成美にとって葛城さんは『アニキの友達』になってしまうだけだと思うけど?」

「そんなこと! だっていつも成美は私の親友だったのに!」

「じゃ、今から行く? 藤本家に」

 正行の言葉に、頷く。出会い方が違っても、きっと成美とは友達になれると、麻依は信じていた。

 それでも――確かに、何かがズレた。そんな気がした。



 成美の家に行くまでの間、犬にほえられること、一度。

 ふらつく自転車に、はねられそうになること、一度。

 コンビニののぼりに惹かれて、寄り道をしたくなること、数度。

 そして、信号を見落として、「マジやばい」と思った瞬間に、手首を引かれて安堵したこと、一度。

 そこまでして、出会った元親友の反応は。

「あ、アニキ、おかえり。お友達?」

 応接室に通される途中、すれ違いかけた足を止め、成美は告げた。麻依の顔すら、まともに見るわけではない。

 「運命」を共にする「親友」に、あるまじき出会い。

 いや、彼女との出会いは、もともとそういうものであった。

 たまたま、席が隣で気が合って。家がそんなに離れていなかったから、お家にお邪魔して。

 そして、世界が消えるあの日まで、ずっと一緒に居た。

 それが、取って代わられた。片瀬正行という少年に。

「片瀬くん?」

 なんだか、酷く嫌な感じがした。全てが、仕組まれているような。

 そう、先ほど理科実験室で感じた警戒心がまた、鎌首をもたげる。

「僕は、何もしていないよ。たまたま、成美と出会う前に君と出会っただけ」

「君が、この間やった事と同じかな?」

 言わんとされたことが解った。

 誰もが憧れていた勇次先輩が、「彼女」と出会う前に自分と出会ってみたら。

 それは、麻依にとっては、「ちょっとした挑戦」。

 それだけだった筈。

「運命を変えるには、先ず、動いてみる事。そうだよね?」

「何が言いたいの?」

 睨みつける麻依を、正行が目線で促す。その先を見て、麻依は目を見開いた。

 「丁度良かった」。そんなことを言いながら、成美が手を引いて来た、同じ制服を着た少女。

 胸に桜のコサージュがついているから、新入学生で、しかもその少女を麻依は知っていた。

 光本希未。

 1年C組の学級委員長で、行く行くは生徒会長の広村勇次の彼女になる筈だった運命を、麻依が塗り替えたのはこの間の事。

「アニキ、こっちが同じクラスの光本さん。光本さん。うちの居候の片瀬正行と……」

「葛城麻依さんでしょ? A組の」

 すっきりと眦の整った、クールビューティ。そんなイメージの少女が、意味ありげな笑みを麻依に向けた。

「有名人?」

 成美が、初めて麻依をじっくりと見た。不思議そうに、少し首をかしげる。

「前に、会ったことある?」

 元親友の反応に、麻依は苦笑まじりに首を振る。

「とりあえず、飲み物持って来るね。ちょっと待っていて」

「じゃあ、僕も」

 成美と正行の姿が部屋から消えた後で、なんとなく気まずい沈黙に耐えていると。光本希未は、まるで当たり前のように告げた。

「一応言っておく。記憶、あるから」




 これは、正行との巡り合い以上の不意打ちだった。

 頭をハンマーで叩かれたような衝撃がある。

「自分だけだと思っていた?」

 くすんと笑って見せる、希未。先ほど、正行に覚えていた以上の警戒心が湧き出して来る。

「私は、別に……」

 そんなこと、想像もしていなかった。ただ、いつもの毎日を幸せに繰り返す、そんな世界に意趣返しをしたかった。

 他人の彼になる筈の人間を先に掠め取ってしまった罪悪感は、いつも心のどこかにあった。だから、光本希未とはまともに顔を合わせることもしなかった。

 彼女が「記憶を残していた」などと言う事は、想像してもいなかった。

「私は、ずっとね。自分がゲームの世界にでも来てしまったのかと思っていた。葛城さんの事だってただの優等生だって思ってた」

 よほど、麻依は変な顔をしていたのだろう。くすくすと、希未が笑う。

「ゲーム、したことある? 葛城さん」

「そりゃ、嵌ったこともあったけど……」

 家庭用のゲーム機が次々と開発され、沢山のゲームが生み出され、ブームになり、そして消えて行った。

 一度は嵌ったこともあったが、麻依にとって本当の意味での「新しいゲーム」は決して開発されたりしない。

「私もね、RPGとかシミュレーションには今でも嵌ったな。思いもよらない展開とか、どきどきした」

 麻依を見る希未の目は、決して不快なものではない。どちらかと言えば、親しみが籠っているようだ。

「本当に、どきどきしていたんだけど。葛城さんが何をやってくれるんだろうって」

 希未のおもてに浮かぶのは、寂しげな――いや、違う。どうと言われれば……とても、残念だと、そう言いたいような、表情。

「あ、お茶来たみたい」

 と、立ち上がってドアを開けると、お盆にジュースを乗せた成美とお菓子を持った正行が入って来た。

「お待たせ。何の話をしていたの?」

 成美の言葉に、希未が小さく笑った。

「今、嵌ってるゲームの話」

 成美はあまり興味がないのか「ふぅん」と言っただけだった。

「私、嫌な展開だとすぐにリセットしちゃうのよね」

 希未の言葉に、乗って来たのは正行の方。

「それで、選択をやり直しても同じ展開だったりするだろ?」

「そうそう。おかげでいつまでたってもイベントが終わらないの」

 けらけらと笑う、希未。呆れている成美、そしてちらりと麻依を伺った正行。


 何かが、胸の奥で警告を鳴らしていた。

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