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第三話 うそとほんと。

 自分がどれだけ嫌われてるかってわかってるけど、それでも君に助けてもらいたいのは正直おこがましいと思う。

 だから君が手を差し伸べてくれた時はびっくりした。

 うん。そうだね、話さないといけないね。

 今の段階では全部話すことはできないけど、少しだけなら“神様”も目を瞑ってくれるよね?

 君はどこまで信じてくれるのかな? こんな醜いわたしを・・・・・・。




   ◇ ◆ ◇ ◆




 この子はオレの家を知らなかったようだ。この周辺で探し物(・・・)をしていて、あの角で偶然オレと出くわしたらしい。

 彼女は泣くのを堪えて説明できなかったのを詫びた。

 謝るのはオレの方だ・・・・・・。

 突き飛ばした件も含めて詫びると、大丈夫だよと小さく手を振って額を汗ばませていた。

 家から湿布を取ってくると言ったけど、彼女はそれを拒んだ。用が済んだらすぐに帰ると言って聞かず、落ち着ける場所はないかと催促してきた。

 近所の小さな公園に案内して、オレはズボンのポケットに入れていた小銭を自動販売機に入れる。昼間に使うはずがとんだ誤算――いや、頭のどこかでわかってたけど――、高倉に連れ回されて休憩の余地もなかったものだから十分に残っていた。チャラチャラと流れ響き、ボタンにライトが点灯する。

 彼女は小さく何かを呟くと、隅にあるベンチに向かった。聞き取れなくて訊ねようと思ったけど、水でもコーヒーでもないと予測して、あえて何も言わなかった。こんな場所に大した自動販売機など置いていない。種類も限られている。彼女はおそらく『いらない』と一言だけ呟いたのだろう。

 オレは低糖のコーヒーを買い、お釣りをポケットに突っ込んで彼女の元へ歩み寄った。

 ――こんなに近づいたの、初めてだ。

 思い返しても今日ほど近寄ったのはなかった。初対面は会話はしたものの遠目だったし、いつも池を挟んでいたから、彼女がまさか温かい絹の肌だとは夢にも思わなかった。

 地面を見つめる彼女を見つめる。

 彼女の左目に宿る夕日が、電灯の明かりで冷たく光っていた。

 彼女が開けていた隣に腰を下ろす。

「それで、話って?」

「・・・・・・手伝いを、してほしいの」

「手伝いって?」

探しもの(・・・・)

 彼女が“何か”を探しているのは知っていた。

「何を? どこにある?」

「何かは言えない。どこにあるのかは、わからない」

 拍子抜けを通り越して呆れた。

「それだけの説明で手伝えって、無理。何を探せばいいのか教えられない、おまけに目星もついていないなんて、オレをナメるのもいい加減にしろよ」

 言い切って、しまった、と後悔した。彼女は腫れた目を白魚の指先でこすり、大きく深い深呼吸を始めた。

 それを数回繰り返し、はたとオレの目を見た。心をも見透かす気迫で彼女は、

「わたしがこれから言うことを、正樹くんはどこまで信じてくれる?」

 と、静寂な公園に鈴を転がした。

 しばらく唖然として、やっとの思いで言葉に乗せた。

「どこまで、と言われても、聞いてから考えることにする」

 黒い瞳が、揺らいだように見えた。

「わたしが話すこと、誰にも言わないって約束してくれる?」

「嘘つきなオレと? やめた方がいい」

「嘘つき・・・・・・?」

 彼女は小首をかしげた。

「テスト」

「えっ?」

「ずっと前に終わってる。この先も夏の始めくらいまでない」

「そう、なんだ・・・・・・」

 彼女は視線を外して、物思いに耽る表情を見せた。こうしていると普通の子だな、と思う。

 それでもやはり、緋色の目は微動だにしなかった。

「それくらいの嘘なら別に構わないよ。ただ、今わたしが正樹くんに守ってほしいことを約束してくれるかどうか、それだけでいい」

 なるほど。

「一つ聞きたい。どこまで話せる?」

「・・・・・・目星はついてない訳じゃないことと、どうして探してるのか、あと・・・・・・この左目のことも」

 左目・・・・・・。

「わかった、約束する。だけど信じるかどうかは聞いてから決める」

 彼女は、うん、と頷いて、足の先を見つめた。

「・・・・・・わたしの探しているのもはね、多分、この近くにあるはず」

「多分?」

「わからないけど、直感的な? 胸騒ぎのようなものがあって、この町の近くにある気がする。ここかもしれないし、隣町かもしれないし、もしかしたら全く違う所かもしれない」

「随分と曖昧な勘だな」

 誰かさんとは真逆だ。

「結構探したんだよ。西の方からずーっとずっと。何年かかっただろう」

 言い終えて彼女は、しまった、という顔をして口を押さえた。オレには方角がマズかったのか年月がマズかったのか、まるで検討もつかないが。

「で、なんで探してる訳?」

「・・・・・・わたしの目、見て」

「見て・・・・・・って、さっきから見てるけど」

「もっとよく見てってこと。ほら、わたしの左目に六芒星が描かれてるの見える?」

 白魚が緋色を示す。が、色は認識できてもよくは見えない。

「近づいても大丈夫?」

「うん」

 彼女の顔に十数センチまで近づいた。誰が見ても確実に誤解される距離だった。もし高倉が見ていたら・・・・・・何をされるかたまったものじゃない。

 目の前の彼女はどこか不審で、視線がうようよと泳ぎ回っていたものだから、動くから見えないと咎めるとようやく止まった。

 言われた通り、緋色の瞳に黒い六芒星が刻まれていた。じっと見ていると、鋭い瞳孔がオレを裂いてきそうで身が凍る。

 もういいかと言われて顔を離した。

「わたしの探してるものは、すっごく大切なもので。それとこれを交換したんだよ」

 一息置いて、彼女は言う。

「この目と、わたしの本当の目と」

 ――本当の?

 急に首を締め付けられるような感覚に苦しくなった。世界が逆さまを向いたか、地球が逆回転し始めたのか、オレにはまだ理解できない。

 わずかな隙間から空気を抜いた瞬間、オレは少し違和感があることに気付いた。

「ちょっと待て、移植の間違いだろ」

「移植じゃない。ちゃんと交換したよ。条件付きでね」

 ――条件ってなんだ?

 そもそも彼女が何を言ってるのかわからない。予想の範疇を優に超えている。もったいぶる言動に苛立ちが募る気もしない訳ではなかった。

 彼女は声色を落とす。

「わたしの右目を渡す代わりに貰った。もし自分の目を見つけられたら返すって・・・・・・。それまではこれで我慢しろってね、そう言われた」

 新しい悪徳商法か、あるいは非現実世界が実在したとかいう考えが浮かんだけれど、すぐに弾けて消える。オレはそこまでメルヘンチックじゃないからな。

「はいそうですかって渡せるものじゃないだろ・・・・・・目だぞ、目!」

「わからないよ、どうやって渡したかなんて! 誰かも覚えてないし、気がついたらこうだったんだから!」

 弱々しかった彼女が急に声を張り上げた。その響きは暗がりへ徐々に溶け込んでいった。彼女の声を包み、再び静寂の世界に変換される。

 闇はありがたい。

 ここに一つの空間を造りだし、いわばオレと彼女を一般世界から隔絶した空間で、それでいてかつ彼女の叫び声から想定される顔をありありと見なくて済むから・・・・・・。

 こうして彼女の弱みから逃げることができた。卑怯で卑劣な自嘲を押し殺しもできた。

 すると、別に、と形を整えた彼女の口から漏れる。

 信じてとは言わないよ、と続く。

 それきり黙り込んでしまった。


 ずっとそうしていた。向こうから話さなければオレも黙ったままで、何も言わないから沈黙していた。

 時間もかかってるし、そろそろ帰らないと母さん心配するだろな、と思いつつも彼女を置いて帰らないのは、少しばかりの親切心からかもしれない。

 すると、ちょうど彼女が呟いた。

「信じなくていいから」

「・・・・・・!」

 喉をすり潰したような声に正直愕然とした。

 恐怖なんてものじゃなかった。

 ただ漠然と、心臓をワイヤーで縛られた感覚に襲われた。

 それ以下の感情はないことにやっと気付いた。

「もう、会えない」

「・・・・・・なんで」

「全部話せない。やっぱり無理、だったから」

「なんで」

「だから、無理なんだって」

「なんで」

 パァン。

 一瞬、己の意識が途切れた。

 少し間を置いて、やっとの思いで状況を理解する。

 オレはひりひりと夜風に障る頬を手で押さえた。

「ひどいよ、正樹くん・・・・・・」

 そう言い残して、彼女は行ってしまった。独りで残されたオレが絞り出した言葉をせめて聞いてほしかったと思っても後の祭り。彼女はこの町を出て、もう二度と来ないだろう。

 オレは鉛の足を引きずりながら、家に戻ることにした。

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