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第一話 なぞのしょうじょ。

 目の前に現れたのは、神と悪魔。

 心の底から溢れるものは、この上ない希望。

 そして、課された義務は、果てしない絶望だった・・・・・・。




   ◇ ◆ ◇ ◆




「嘘だ、絶対嘘」

 何を言い出すかと思えば・・・・・・またその話か。

「何言ってんだよ! 本当だって! あの、美しくて崇高な――」

「わかった、わかったから」

「わかってるのか~? 本当にぃ~?」

 休憩時間の教室はいつも騒がしいけど、この高倉平次というヤツの声はとにかくデカい。他学年の噂によると、我が校で最も端にある第二校舎の屋上から、この対にある体育館の倉庫まで声が届くというデタラメなものが出回っている。本人に問いただすと、

「オレは何だってできる。そう、声ならな!」

 と言って、天へと目を泳がせていたので、もうその噂は信じない。

 それでも声がデカいことに変わりはなく、教室の四方八方から視線を感じて、オレは制止に入った。

「頼むから、黙っててくれ」

「おい篠原。オレの口を塞ごうなんて百万年はえーよ」

「そのセリフ、何回も聞いた。おまけに飽きた」

「・・・・・・ひでーな、ほんと」

「ひどくない」

「だって、この前の話も信じてくれなかったろ。可愛くな~い」

「誰が可愛くない、だ!」

 まったく・・・・・・。コイツの体のどこから、あんな馬鹿デカい声が出てくるのだろうか。体は決して大きい方ではなく、太くも細くもなく、至って普通の体つき。

 そう言えば、スポーツは得意じゃないと自信ありげに宣言されたこともあるけど、昨年のインターハイで我が校のバスケ部を優勝へ導いた張本人。当時一年ながらにして素早い動きと底なしの体力で強豪を圧倒した・・・・・・とバスケ部員が言っているんだから間違いないんだろうな。どこが、スポーツは得意じゃない、だ!

 加えて言えば・・・・・・顔も悪くない。俗の言うイケメンではないけど、体から溢れ出るほどの明るいオーラで、簡単に周りを包み込んでみせる。現にクラスの委員長に抜擢されるほどに頼られている。

 誰も非を認めない好青年。

 昔から、周りに恵まれた人気者。

 なのに、なんで――。

 いや、ああだから(・・・・・)必然なのか。

「どした?」

 クリクリと小動物の目を向けられても、

「いいや、何も」

 前から隠していた胸の内を話せないまま、今日も変わらず、

「それより、早く座らないと先生が来るぞ?」

 オレは笑ってみせるのだ。




 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室内の大体は各部室に流れるようになる。

「今日は部活ないんだ」

「嘘つけ」

「いやいや本当だって」

 そう言って唇を尖らせる高倉を(なだ)めつつ、教室を後にした。

 二年の廊下は活気に溢れている。進学校であるせいか、春真っ盛りな時期の一年は緊張で身を硬くし、三年は大学受験に向けて武者震いをする。それで二年が際立って活気に満ちているように見える。

 人で溢れた騒がしい廊下を縫うように歩いて、階段までさしかかった時に高倉が口を開いた。

「ところで! あの話は信じてくれたかな、篠原正樹クン?」

「なんの話?」

「休み時間に話したろ。あの美しくて崇高な――」

「あのっ」

 高倉は両腕を大きく天に開いた状態で、オレはそれを呆気に取られる格好で、声のする方へ視線を移した。

 もじもじと指を動かす、可愛らしい女子がいた。

 茶のボブヘアーを纏める白いヘアピンがよく映える子で、少し色素の薄い瞳をキラキラと輝かせて、上目づかいでこちらを見てくる。

 制服のリボンを見るに、彼女は一年生だ。

 オレたち二年は青――と言っても群青に近いのだけど――、三年は緑、そして一年である彼女の色は赤。

「あの、その・・・・・・、高倉さんに、用があって・・・・・・」

 言葉を区切るように話す彼女の顔は、どこかしら赤かった。

 ・・・・・・なるほどね。

「悪いけど、オレ帰るんだよ。また今度」

「えぇ!?」

 オレは思わず声を荒らげてしまった。

「えっ、と、その、わかります、けど・・・・・・」

 彼女は今にも泣き出しそうな顔で、何とか高倉を引き止めようとしているのが、見ているこちらもわかるほどだった。

「だから、その、お時間を作ってほしくて・・・・・・」

「あのな、高倉。話があるって言ってるんだから、少しくらい聞いてやれよ」

 仕方なく弁護に回るオレを、彼女は大きく目を見開いて見つめてくる。

「なんだ、篠原はオレと帰りたくないって言うのか!? オレとは関わりたくないってか!?」

 廊下に響く音量に、遠くの生徒までもがこちらを向く。

 何だろ、喧嘩か? と(ささや)かれて、体中から汗が吹き出してきた。

 ここでイエスと答えるにしても、ノーと答えるにしても、オレのイメージが大幅にダウンすることに変わりはない状況・・・・・・。

 イエスと答えるか!? そんなことしてみろ。彼女は救えるかもしれないけど、友人と帰りたくないと言って、相手を傷つける心の狭い人間だと思われるかもしれない! ――いや、日頃から高倉の冗談にキツく突っ込む自分が言えることじゃないけど!

 じゃあノーと答えるか!? できる訳ないだろ! そんな返答をしたら絶対に、コイツはオレを引きずってでも連れて帰る。女の子が告白をしようと頑張っているのを邪魔して、彼女を泣かせるような血も涙もない人間だと思われるかもしれない! ――これは確実にありうる!

 どうすればいい? どうすれば?

「・・・・・・っぷ」

 高倉が吹いた。

「何がおかしいんだ!」

「くくっ、だってお前、いつもだったら、さ・・・・・・、オレはうるさいヤツと関わろうと思わない。・・・・・・とか言ってさぁ! あっはっはっはっは!」

 オレのモノマネの部分だけ真面目な顔をして声を作り、途端に爆笑が廊下の端まで響きわたった。

 はっとして一年の女子を見やると、マズい、本当に泣き出しそうだ。

 羞恥で顔を、耳でさえも真っ赤にし、体全体がカタカタと震えている。まるで壊れたマシンだ。人生最もエンジンがフル活動する局面で、虫が乱入してきた、おまけにその虫が暴れ出した。そして水をぶっかけた。故障するに決まってる!

「笑い事じゃないっ!」

「いやいや、オレはうれしいんだって。お前に認めてもらえて」

「認めてないっ!」

「照れんなよ。ほら、みんなも見てるだろ?」

「友情アピールしなくていいから! というか、こういう時に状況を誤解するのはやめてくれ! オレ達、見せ物(・・・)になってるんだっ!」

「えっ・・・・・・」

 小さい呻きを漏らしたのは、あの子だった。

 キョロキョロと辺りを見回して、ついに限界を超え・・・・・・、

「しっ・・・・・・、失礼しましたっ!」

 暴走車両のように、急発進していった。




「あっはっはっは! まさか告白寸前なんて、思ってもみなかった!」

「前もあったって! 下駄箱で待ち伏せされてて、お前がいきなり『彼女がオレを待ってる!』って言って、慌てて走っていった時! あの後大変だったんだぞ。彼女というのは付き合ってる意味じゃなくて、ただの代名詞だって訂正したの、誰だと思ってるんだ」

「あぁ。あれは別に約束して待っててもらってた訳じゃなくて、向こうが誤解しただけじゃん。でも、探してもいなかったんだよなぁ。あの子、気まぐれだし」

「その前も三年の女子に、好きなタイプは? って訊かれた時も、お前があまりにも詳しく話すから、好きな子でもいるのかって、お前が帰った後に泣いてたんだからな!」

「え? マジ?」

 学校からの帰り道。かわいそうな女の子が姿を消して、オレ達は自転車を漕いでいた。

 高倉が部活のない日は、学校を中心に渦巻きを描くルートで帰る。オレはそれに付き合わされてるだけ。そして下校中の生徒に会って、いつもの恋愛トラブルによく巻き込まれてしまう。

 高倉平次。実はかなりが付くくらい、よくモテる。

 勉学は下の下だけど、スポーツで活躍する勇姿は女子高生のハートをガッチリ捕らえていて、ファンクラブがあるくらいで。

 当然、本人は全く知らない。

「オレのファンクラブ? すげーな! いつか世界まで広めてやるぜ!」

 そんなことを言い出しそうで、あえて教えない。そして、アイツが自分で気づくはずがない。

 あるものはいつかバレるのに、全く本人に知られないのは、周りの人間が誰も教えないのも手伝っている。好きな子がファンクラブに入ろうが、追っかけを始めようが、高倉は絶対に女には、たとえマドンナであろうがクレオパトラであろうが(なび)かないと、全校生男子は知っているからだ。現に下駄箱で待ち伏せしてた子は学校一の可愛い美少女だったし、高倉のタイプを探り出そうとした三年はモデルのような美女だった。しかし靡かないとわかっていても教えないのは、小さな抵抗なのだろう。

 それであっても、これは誰も知らないはずだ。


 ――高倉平次は何故、色恋沙汰に鈍感なのか?


 ・・・・・・いや、これは正しくない。


 ――何故、美少女にも興味を持たないのか?


 前者が正しくないのは、本人を除いてオレしか知らない。

 誰も知ってはいけない(・・・・・・・・・・)。そんな気がする。

 駅の商店街を抜け、住宅街へ方向を向ける。高倉の近所にさしかかり、ここでお別れだ。

「うぅ、また今日も会えなかったなぁ。抜け駆けするなよ」

「誰が抜け駆けなんて」

 高倉は声を張り上げて、目を剥いた。

「するさ! 彼女を見れば、誰だって! それに、お前は彼女に認められてるんだから!」

 マズいところに触れてしまったと後悔した。

 彼女はどうやら、オレをひいきするらしい。そうは思えないけど、高倉の目にはそう映るようだ。

「何もそうと決まった訳じゃないだろ。心配しすぎじゃないか? もしかすると、もうこの町にいないかもしれないし」

「いいや。オレの勘は、まだこの近くにいると言っている」

「・・・・・・ご都合主義な勘だなぁ」

 この一言には、ありがたいことに反応しなかった。

 また明日と言って、オレはペダルに力を込めた。家の波を抜け、大通りを渡り、しばらく行って橋を渡る。昨日は大雨だったせいで、川は水かさがあり、茶色く濁っていた。

 ――今日は彼女に遭う気がする。

 そんな直感があった。

 前に遭遇した時も、水かさがあったから。

 高倉には悪いけど、言ってない。言ったら必ず、会いに行くと言って聞かないだろう。


 アイツとあの子、本当は会ってはいけない。


 オレは神社の前で止まり、自転車を降りて、ところどころ塗装が剥がれた鳥居をくぐった。その先に小さくて古びた社殿がある。鐘は下がっていないけれど、賽銭箱はあって、中を覗くと細かい小銭が数枚あるだけ。

 その横に自転車を置いた。

 オレはいつもここで手を合わせてから、境内を見回るようにしている。

 裏手は雑木林に囲まれている。誰もそこに踏み入るようなマネはしないけど、オレはあえてそうする。

 ぱっと見たら生い茂っているように見えるけれど、実は秘密の入り口がある。

 社殿の裏側にある、鋭利な刃物で刻まれた“六芒星”の傷を背にして前へ歩き、右を向いて三歩進んだ左側にある草をかき分けると、一人分の獣道があるのだ。

 そこへ足を踏み入れると、すぅっと寒くなって、総身に粟立つ。

 少し腰を曲げて道なりに進むと、小さな池が見えてきた。誰にも手を加えられない池の周りには苔がびっしり生えていて、池に向かって立つ数十センチの地蔵もまた然り。水草で多い隠されているために、ここは正に緑一色。

 その向こう側に、一人の女子が立っていた。

 深緑のブレザーに黒のスカートという、この周辺では見かけない制服を纏う細い身体。すらっと伸びる白魚のような手足。腰まで伸びた綺麗な黒髪。歳はオレより一つか二つ下だろうか。

 彼女はこちらを見ずに声をかけてきた。

「また会ったね。正樹くん(・・・・)

 リン、と、鈴が話しかけてきたのかと思った。

「別に遭いたかった訳じゃないけど」

「・・・・・・ヒドいこと言うね。いつもだけど」

 彼女の言う通りだ。これも高倉には黙っている。本当は、彼女に会おうと思えばいつでも会える。神出鬼没だけど、ここに来ればいる。オレは何度も、ここで彼女と話をした。たわいないことばかりだけれど。

「今日も探し物?」

「うん。まだ、見つからなくて」

「いつも訊いてるけど、何を探してる?」

「・・・・・・今日は帰った方がいいよ。暗くなってきた」

「・・・・・・その眼と関係あるのか?」

「・・・・・・」

 彼女は口を紡ぎ、ゆっくりと振り向いてオレを見た。

「・・・・・・どうだろうね」

 そう言って微笑む彼女は、可愛らしくて、清楚で、美しかった。顔かたちが全て完璧で、美しすぎるのを除けば、どこにも違和感はない。

 肌も、髪も、鼻も、口も、右目も。全てに申し分ない。

 ……左目に光る(・・・・・)緋色を除いて(・・・・・・)

「・・・・・・もう帰る。あまりそこらを彷徨(うろつ)かないでくれよな」

「わたしが不気味だから?」

 図星を指されて、背中に冷気が走った。思考が一掃されて思わず、そうだ、と言いそうになって飲み込んだ。

 本人の前で気が引けたのかもしれない。

「・・・・・・噂になるから。女の子が一人で彷徨いてるなんて、今の世の中じゃ何が起こるかわからないだろ」

「優しいね」

「優しくない」

「そうかもしれないね」

 一瞬本心を見透かされた気がして、どっと汗が噴き出した。

 ――ここから早く出ないと! 逃げないとっ!

「じゃあな」

「・・・・・・うん。またね」

 少し寂しそうな声で応え、彼女は手を振った。

「また会いにきてくれるよね?」

「さぁ」

「そう言って、今日も来てくれたよ? ずいぶん前だけど」

「・・・・・・明日からテストなんだ」

 そう、と呟いたのを尻目に、その場を後にした。




 すっかり日の暮れた町を滑走するのは、汗ばんだ身体には心地よかった。頭皮にも風がすり抜けて乾かされていく。

 そして、思い返したくもないものが頭をよぎる。

 高倉にはああ言っておきながら・・・・・・。

 ・・・・・・オレも人のことが言えないな。

 遭いたくない。そう思っていても、一人でこそこそと会いに行ってしまう。

 彼女には、何か不可思議な、引き込むようなオーラがある。高倉、そしてオレも、それに感化されている。


 ――「ただの恋愛感情じゃない。“何か”を感じるんだ。恋愛なんて甘ったれた心理じゃなくて。それ以上の、本能から焦がれてるんだ。だからオレを止めないでくれ」


 初めて彼女と遭った日、高倉と別れ際の一言を思い出した。

 あの子は危険だと言うオレの忠告を無視し、今でも探し求め続けている。一途、といえば聞こえはいいんだろうけれど。

 だったらオレは、何の本心に突き動かされているのだろう?

 それはともかく、あれからちょうど一年。今はもう高倉を無理に止めはしない。彼女の存在を否定しないようにもしている。だからアイツは毎日のように彼女の話をする。そのために周りからは、高倉の親友はオレだと思われている。

 もったいないと思う。彼女以外の話は面白いものばかりだというのに、クラスメイトとも雑談しているところを見たことがない。

 彼女を誰にも知られたくないから、都合よくあの場にいたオレと行動を共にしているだけだから、他の人間と関わらない。関わる義理もない。それだけかもしれないけれど。

 日に日に彼女を求める想いは強くなり、会うたびにいつも「昨日あの子の後ろ姿を見かけたけど、見失ったんだ。惜しい!」とか「あの子に声をかけたら、驚いた顔して逃げてったんだ」「この一週間、会えないままだ・・・・・・」と聞かされる、そんな毎日。


 ――「あの子が(・・・・)オレに向かって(・・・・・・・)手を振ってくれたんだ(・・・・・・・・・・)!」


「あっ」

 今日聞いた、授業の合間に高倉が嬉しそうに話していた、あの言葉。

 真相はどうだったのか、あの子に訊ねるのを忘れてた。

 あの時は不意に、嘘だ、と言ってしまったけど、本当だったのだろうか?

 ぐるぐると渦を巻くように深まる謎が、オレの中を占めていく。


 ――彼女は何者? どこの生徒? 何故、いつもあの場所にいる? 何を探してる? そもそも名前は? どうして、今までオレ以外の人間と話をしなかった? どうして、今回に限って高倉に手を振った?


 本当に何気ない話しかしないものだから、彼女の素性は何も知らない。

 不覚だった……。彼女はオレの名前を知っている。初めて会った時に、高倉がベラベラと喋ったんだった!

 彼女とこの日まで関わることになるのも、高倉が異常なまでに執着するヤツだと知ったのも、全てはあの日(・・・)から。

 今は……、まだ思い出したくない。

「……」

 オレはさらにペダルへ力を入れ、家へと急いだ。

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