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志願者

作者: 尚文産商堂
掲載日:2010/09/17

馴れ初めは、中学校の頃になる。

教室の隅で、ずっと一人で本を読んでいた私の前に、ひょっこり現れた。

「ナニしてるんだ。そんな隅っこで」

本をヒョイっと持ち上げられて、私に声をかけた。

「何って、本を読んでるのよ」

「そりゃ、見たら解るよ」

彼はそう言いながら、私が読んでいた本をじっと見ていた。

「へー、恋愛小説なんかに興味があるのか」

「なに、悪い?」

「別に。たださ、いつも隅っこで本読んでるから、何考えてるんだろうって思ってさ」

そう言って、彼はハハッと笑った。


中学校卒業の時まで、ずっと彼とは仲良くしていた。

しかし、高校は彼は進学校へ行って、私は地元の公立校へ行ってしまったため、それっきり出会うことはなかった。


そんな彼を忘れられずに、大学生となった。

私は地方大学の医学部へ進み、医者になるために勉強に励んでいた。

一年が終わり、春休みに実家へ帰った。

駅に降り立つと、男の人が私をじっと見ていた。

誰だろうと思いつつ、すぐ横を通り過ぎようとした。

まさに通りすぎようとしたとき、私に声をかけた。

「久しぶりだな、中学校以来か」

その声は、大人びていたが、間違いなく中学校の時に分かれてからずっと逢ってない彼そのものだった。

「久しぶり、ね。いつ戻ってきたの?」

私は平静を装って彼と話した。

「いつでもいいじゃないか。俺は、お前に会いに来たんだよ」

彼は私にそう言い切った。

「数年間も別れてそれっきりだった私に、何の用なのよ」

私は彼と歩調を合わせる形で、ホームを改札の方向へ歩いて行った。

「いや、何をしてるのかなって。急に思ってな」

「立派な女子大学生よ。あなたは?」

「俺もだよ。今や、国立大の法学部に通ってる身だよ」

そう言いながら、今の状況を簡単に話してくれた。

私は、うんうんと返事をしながらも、彼の話を聞いていた。


駅前のデパートで、ちょっと買い物をしてから、二人で一緒に家路に就いた。

「家って、どこだっけ」

私は彼に聞いた。

「歩いて10分ぐらいだな」

彼は考えることもせずにこたえる。

「じゃあ、私の家の近くかな」

「お前の家は?」

「歩いて15分ぐらい」

そう言って、私たちは三叉路まできた。

「俺は右なんだ」

「私は左、じゃあ、またね」

私はそう言って彼と別れた。

「また、会えたらな」

彼はそう私に言った。


翌日、だれかからのメールの着信音で起こされた。

「だれ…こんな朝から…」

寝ぼけ眼で携帯の画面を見ると、昨日の彼からだった。

たった一言、さよならとだけ書かれていた。

それを見ると同時に、電話がかかってきた。

携帯にかかってきたのは、あいつからだった。

「さよならって、どういうことよ」

「そのままの意味さ」

けっこう強い風音が聞こえてくる。

かなり高い建物のところにいるようだ。

「今どこにいるの」

「お前と最後に買い物を楽しんだところさ」

そう言って彼は、続けて言った。

「なあ、お前がどう考えているかわからない。ただ、俺はもう決めたんだ」

「どうするっていうの、死ぬっていうんだったら絶対許さないんだからっ!」

私は電話の向こうにいる彼に怒鳴り散らすと、電話を切った。

そして、あそこだろうと目星をつけて、すぐにそこに向かった。


自転車を全速力で漕いで、5分もかからずに到着した。

そのあたりに自転車を放置して、目の前にあった階段を一気に駆け上がる。

屋上に向かう階段は、私が駆け上がっている階段だったから、立ち入り禁止の札も無視して上がった。

屋上のドアのかぎは、明らかに壊されたといった感じで、そこを空けると、彼が、昨日の服そのままに建物の縁に立っていた。

「やっぱし来たんだな」

「当り前でしょ」

肩で息をしながら、ドアから一歩ずつ彼に向って歩き出す。

ちょうどその時、パトカーの音が聞こえてきた。

「お前が呼んだのか」

「自殺しようと、しているんだったら、警察呼ぶっていうことが、頭の中にあってね。まあ、駆け上がってくるときに、息切らせながら、警察に連絡を、入れたからね」

「とりあえずっていう感じの台数じゃないからな」

彼から何台来ているのかが見えているのだろう。

だが、私から見えたのは、赤色の光が、前の建物に反射しているぐらいだった。

「それよりも、そんな馬鹿な真似はやめて、こっちに来て」

「…なんで俺が自殺をしようって決めたか知ってるか?」

「そんなこと、後でたっぷり聞いてやるわよ」

私は、さらに一歩、彼に近づいた。

「…お前は、今、幸せか」

「え…」

私の歩みが自然に止まる。

「俺は幸せではなかった。だからこそこうやって、人生史上最大の自己主張をさせてもらうんだ」

「バッカじゃないの!」

私は、その言葉を聞いた途端に、頭のどこかで押さえていた理性みたいなものがふっきれた。

その声にも、彼はほとんど反応はしなかった。

「あーあ、心配してここまで来たんだけど、損したっ。なによ、あんたに惚れていた自分がバカみたいだわ」

憤っている私の言葉に、ようやくこちらを振り向いた。

「私もう帰るね、ここまでわざわざ来てやったのに、そんな態度だったら、死んだほうがましよ!」

「チョイ待ち」

彼はいつの間にか持っていたナイフを手に持ちながら、私に向き直った。

私は、彼の言葉で立ち止まってみる。

「何よ」

「俺を惚れてるって、言ったのか?」

「あんたの耳は何なのよ。ええ、そういったのよ。でも、もうどうでもいいの」

「俺はどうでもよくない」

縁に立っていたが、彼は一段こちらへ近づいた。

下のほうからのざわめきが急に大きくなったように感じる。

「なんでお前が俺を?」

「中学校の時、誰も友達がいない私に、そっちから近寄ってくれたでしょ。そのころからよ。その気持ちは、ずっと持ってた。今まではね。そうじゃないと、何年も会ってなかったのにすぐに分かるなんて、特別な思いでも持ってないと無理でしょ」

開けっぱなしの階段からは、ドタドタと複数の人が駆け上がってくる音がしている。

返事も何もしない彼に、私はさらに言い続ける。

「でもね、あんたがそんなことをネチネチ言ってるから、そんな気持ちも冷めたっていうことよ。ちょうど警察も来たみたいだし、あとは彼らに任せるわ」

そう言って、階段へ向かって、1歩、2歩と歩くと、すぐに後ろから彼の声が私の耳を突き刺した。

「おい、待てって」

彼はナイフをその場に捨て、私が彼のほうを振りかえると同時に、突然、私に抱きついてきた。

その時、階段から息も絶え絶えに警官が突入をした。

その顔には、疲労の色しか見えなかったが、私に抱きついているのを見て、ほっとした表情もすぐに見せた。

「で、やっぱ俺に惚れるだろ?」

「アホおっしゃい」

警察の人たちが見ている目の前で、私は彼から離れた。


翌日、世間を騒がした自殺未遂ということで、地方紙の3面あたりに載った。

「それでー?」

私の家に、彼は遊びに来ていた。

「いいじゃんか、なんやらかんやらで」

何も解決はしてなかったが、ひとつだけわかったことがあった。

彼もまた、私が好きだったということ。


「で、結局何で自殺しようとしたの?」

「秘密」

それだけは絶対に教えてくれなかった。

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