残像が残想を呼んで、回想
既読無視・既毒を受けて
自分はとても記憶力が良いのだと豪語する春咲れんげの見識。「憶えている」ことと「忘れていない」ことは全くの別物じゃないだろうか。
私は人との会話においては抜群の記憶力を発揮する。相手の名前、所属、趣味、何気なく話したことすべてが対象だ。おかげさまで二度目ましてでも話題に困ることは殆どない。今挙げたものはすべて文字情報だけど、特に印象的だった出来事や物体は映像でも思い浮かべることができる。これに関しては「そりゃあもう凄いんだから」と胸を張ってドヤ顔になることを自分に許しているくらいだ。ただ最近になって、記憶力が高いのも良いことばかりじゃないんだな……と痛感してからはそんな風に無邪気に喜ぶこともできなくなった。最近というより、この三年間の高校生活を通してと言うべきか。痛いことや辛いこと、悲しかったことだって忘れられやしないし。気を抜くとすぐに残像として頭の中に立ち上がってくる景色と言葉と人物がいます。墓に埋めることはとっくに諦めて、私を鈍らせる記憶は冷凍保存するしかなかった。
春咲れんげ、十七歳。高校三年生のうら若き乙女だという自覚はあれど、気がつけば最終学年という事実に震えるばかりです。速すぎるんだぜ、三年間。まさに光陰矢の如しとはこのことだろう。
時間の経過が速かったということはつまり、それほどこの日々が濃密で。実際に大阪の公立高校という環境は私の人生の特異点だった。何しろ初めてのことだらけ、ピッカピカの新天地である。それもあって最初の二年は心身ともにズタズタで、過去も現在も含めた色んなものを失っては取り零していった。そしてその度、また躍起になって無理をする。吐いた、泣いた、眠った、拒んだ。そんなことの繰り返し。酷い有様ですよね。
だからこそ、私自身の持てる能力すべてを使って達成すべき火急の課題が「居場所をつくること」だった。失ったものを取り戻せないというのなら、しょうがない。代わりを見つけるしかない。そうやって少しずつ慎重に積み上げていった関係性が芽吹き、高校三年生の今ようやく安寧の日々を迎えたというわけです。
その過程で大いに役立ったのが、対人関係絡みの記憶力だった。事実、私がこの能力について自覚的になったのも高校に入学してからのことだ。
うちの高校は進級毎にクラス替えがあるし、部活や委員会なんかの横の繋がりも含めると予想外に知人の数は多くなる。友だちの友だち、みたいな広がり方だってある。あいにく私には居ないけれど、他生徒には「地元が一緒で」とか「同じ中学で」なんてことだってあるだろう。つまり、新しく話す人だとしても私の知り合いの誰かとは面識がある……といった具合だ。つくづく世間は狭い球体。
そうして張り巡らされた関係性は蜘蛛の巣のように広がっていて。それを辿って、必要なタイミングで充分な情報と記憶を引っ張り出してくる。我ながら恐ろしくなるほどにこれらの作業には長けていた。
さて、「憶えている」と「忘れていない」は最終的にどちらも記憶として思い起こせることだけど、その取り出し方に違いがあって。「憶えている」の方は――どんっ、と背中のリュックに強い衝撃を受け、私は軽く前につんのめる。咄嗟に両手を横に広げて小刻みに足を動かし転倒を免れた。
「うわぁあああぁっ⁉︎」
「れんげちゃんっ、おはよ」
一体全体ワッツゴーイングオン?と、多言語的に混乱しながら慌てて振り返る。走って追いかけてきたのだろうか。私のリュックにしがみ付くその小さな人影はどうやら息を切らしているようで、肩を上下させて呼吸を整えているところだった。彼女の姿を認識した瞬間に、自分の頬の肉ががぱぁあっと綻んで華やいでいくのを感じる。どうやら昨年度――高校二年生の時に同じクラスだった友人、柚原奈緒子による襲撃らしかった。
「ゆずぅ!おはよう。珍しいね、こんな時間に。いつも早いのに」
「はっ、ちょっと、起きんのがっ、遅く。なって、さ」
「えぇえ、大丈夫か……走ってきたの?」
「いや、遠くから見かけたからさ。話しかけよ~思ったんやけど、れんげちゃん歩くの速すぎ、っ!ひとりだといつもこんな感じなん?」
あはは……と苦笑いを浮かべて私は目線を逸らした。どうにも思い当たる節があるからいけない。何せこれはハッキリと「憶えている」ことだ。頭の隅から引きずり出すだけで立ち上がってくる記憶。
元々、私の父がタッタカと歩く人なのでその影響もあるのだろうけれど、更にギアが上がってしまったのは中学生の頃だ。正確には中学三年生の一年にも満たない期間と言うべきか。通学路のあの道を佐野川冬馬とふたりで下校し始めた頃は、なかなか足並みが揃わなかった。
『ちょっ、佐野川くん歩くの速くない?』
『そうかな、君が遅いんだろ』
『えぇ……協調性ってものを知らないのかよ。君は!』
そう言って私が倒置法で怒りを表し、うんんんっと喉を鳴らして眉根を寄せ頬を膨らませてみても彼はちっとも気にかけない。そもそも「春咲れんげが怒ったとしても全然まったく怖くも何ともない」というのが私の周囲の共通認識ではあったのだけれど……都合が悪いので一旦放置だ。どうせ畏怖も貫禄も凄みも柔和な私には縁がない。
登校班全員で歩くときにはそんなこともないというのに、こうして二人になると佐野川くんはずんずんと先を進んでいくのだった。私は……ふたりきりで話せるこの時間が貴重で大切で。だからこそ少しでも引き伸ばしたくて。そういう湿っぽい女々しさが知らずと足取りを重くしていたというのに。佐野川くんはどこまでも自分のペースを崩さず、堂々と我が道を貫き通す。つれないその態度はもどかしくもあったけれど、ひたすらにカッコよくって憧れてしまうからタチが悪い。
どころか彼は、やっとこっちを見たと思えば。
『まぁ、あれかな。足のコンパスの違いってやつ?』
だなんて言い放って、不敵にこちらを鼻で笑ってきたのだ。あぁ、思い出しただけでも腹が立ってきた。歯を見せない口角だけをにやっと上げるあの笑い方には、大抵何かしらのシニカルな響きが伴っていて。私はそれがとても好きだったけれど、それはそれとしてムカつくので絶対に本人には言わなかった。実際それで正解だったとも思う。短い期間とはいえ、そんな風に容赦のない人と一緒に歩いていたものだから少しだけ私の歩調も速くなった気がしている。喩えるならばアンダンテというよりはアンダンティーノで、佐野川くんはアレグロです。
苦笑いで逸らした目線の先。浮かび上がったそんな記憶の残像を振り払うように「まぁ、あれかな」と声のトーンを上げ、私はニヤッと不敵に笑ってみせる。
それから正面に視線を戻し「足のコンパスの長さの違いかなぁ〜」と言って、柚原奈緒子――ゆずの頭頂部をぽんぽんと優しく触って撫でた。私よりも15cm弱ほど背が低いゆずは、身長150cmと何とも愛らしい大きさをしている。「なんやとー!」と何やらお怒りのご様子なので「ごめんって、行こっか」と観念して素直に声をかける。歩き出した私を追いながら、付け加えるように「別にこれから伸びるし!」と主張するゆずの気持ちには正直共感できる。私も同じくらい背の高い相手を見上げて歩いていた時期があるもの。
そうして気安く言葉を掛け合いながら歩きだした私とゆずの足並みは揃っていた。彼女の友人であることが、私の居場所のひとつだった。
「ねぇ、れんげちゃんさー。私、昨日世界史やっててさ、それで気づいたんやけど」
「うん」
「……ピョートル1世ってめっちゃ名前可愛くない?」
「んははははっ...えぇ⁉︎あぁ、うん。ネルチンスク条約の人ね」
「そうそう」
「確かに。一人称はトルトルであって欲しいなぁ」
「まって流石にそれは笑い死ぬ、」
高校三年生。いわゆる世間一般的には「受験生」とされるこの時期が私は存外に楽しかった。趣味や出身に関係なく受験科目がみんなの共通の話題になっていくし、同じような目標に向かうことで一体感を帯びていくようで。
そんな受験生のなかでも「なんかやっぱり、カタカナの名前の人の方が覚えやすいと思うねんな〜」と続けるゆずと私は世界史選択者だ。私は化学基礎を取って彼女は地学を選んだ関係で三年生では別クラスになってしまったのだけれど。
「わっかるぅ。『ヴィットーリオ・エマヌエーレ二世』だとか『マルクス=アウレリウス=アントニヌス』とか、名前がながーい人たちの方が、なんか記憶に残らない?リズムが生まれるからかな」
「いやまじそれな。漢字だらけの日本史が嫌だから、っていう消極的な理由で世界史選んだ人も多いやん?まぁでも私含めそういう人らは結局、中国史で苦しむんやけどさ」
「うちの学年は日本史選択が多いよね。私は世界史の方が勉強していて楽しいって思うんだけどなあ」
「そりゃあ、れんげちゃんはそうやろうよ。だって、イギリスに住んでた帰国子女やん」
「世界史におけるイギリスの立ち回り方って割とあくどいから、授業中のグループワークとか気まずかったけどねえ⁉︎」
「あははっ、そっかぁ」
高校前の交差点で信号待ち。周りには黒いリュックを背負った生徒たちがずらりと立っている。大抵は見慣れた顔だ。なかにはクラスの同級生の姿も数人見かけるけれど、みんなイヤフォンをしたり友達と話したりしていて何となくそれぞれ素知らぬ顔をしている。
同じ信号待ちの人だかりには私たちの学年を教えている数学の先生だっているけれど、まだ高校の敷地内に入っていないので挨拶はしない。出勤前でも私たちにとって先生は先生でしかないのだが、それでも学校に入るまではプライベートだと思うから声を掛けることは憚られた。時間外を労働させたくない、なんて言い方はちょっと味気ないだろうか。と、そんなことを考えているうちに信号が青に変わった。
正門から入って桜並木を歩き、調味料でいうとレモンくらいにはさっぱりとした頭の創設者の胸像が飾られただけの慎ましい玄関ロビーを通り、階段を一段ずつ踏みしめて二階まで上がる。一階は特別教室と職員室で、二年生は三階、一年生は四階といった具合だ。二年前、一年生の頃は毎朝四階まで登り降りをしていたのが懐かしい。教材だらけの重いリュックを抱え、眠い目を擦りながらの苦行だった。あれは最後の一階分が一番しんどいのだ。おかげで体力はついたと思うけれど。
二階に着くと、隣のクラスの柚とは一旦廊下で別れを告げて私は自分の教室に足を踏み入れた。始業開始の十五分前。窓際の列の自席にリュックを降ろしてから「おはよう」と私が声をかけたのは麗しき女子三人が集まっている机だ。愛しきマイフレンズである。
「あ、れんげちゃんおはよう〜!ちょうど良かった。ね、これって何て読むん⁉︎」
と、開口一番いきなり目の前に突きつけられたのは英単語帳。見ると、級友の黒田真穂が指差したそのページには「triumph」という単語が見出し語として赤字で書かれていた。勝利と成功。私がその語を発音すると真穂ちゃんたち三人は「やっぱトライアンプやねんな、トリンプちゃうわ」「発音記号で何となく想像はついてたんやけどなぁ」「これはね、罠です」と騒いでいる。
三人寄れば文殊の知恵、という言葉があるけれどその三人が女子高生であれば姦しいというオプションが付く。それでも、きゃっきゃとはしゃぐその様子がやっぱり微笑ましくて。発音なんて試験には出ないことの方が多いというのに、生じた知的好奇心に素直に従うのは私が好む在り方だった。「えらいわぁこの子たち...」と保護者じみた目線を向けつつも私はとある疑問を抱く。
疑問というか、これはきっと嫌な予感。
「って、待って!もしかして今日って単語テスト⁉︎」
「せやで」「忘れてたん?」とニッコリと笑いかけてくるふたりに、「まぁ四限やから」とフォローを入れてくれるのが真穂ちゃんです。
私は「危なかったぁ」と急いで机に単語帳を取りに戻り、ついでにスマホを手に取る。いつも使っている英単語サイトで「triumph」と検索し、一応念の為、先ほどの発音で合っているのかを音声で聴いて確認した。いくら海外歴が長いからって、私の知識だって万能ではないのである。
みんなのもとに戻ると、どうやら先ほど廊下で解散した隣のクラスの柚原奈緒子が合流したようで机周りは四人になっていた。
「やっほー、れんげちゃん。遊びにきたよん」
「ゆずぅ!いらっしゃい」
私の姿を認め、パッと顔を上げたゆずはなぜか既に座席を確保している。ちゃっかりしたことだ。
そして他の友人たちはといえば、赤セルで見出し語を隠しながらパッパッと手早く英単語を頭に叩き込んでいるところだった。私もゆずの机の横にしゃがみこんで、机に単語帳を立てる。そして例文を口に出して小さく呟きながら、指で机を擦るようにして綴りを書き記す仕草をしていった。手を動かさないとどうにも覚えられないのだ。
そんな私が借りている机に座るゆずはというと、黙々と暗記に取り組んでいる。そして私たちの前の机では、また別の友人ふたり、小林由依と山城ひかりが互いに問題を出し合っていた。由依さまとひかりちゃんは、今年になって初めて同じクラスになった子たちだ。
「appreciate」とひかりちゃんが見出し語を読み上げる。
「感謝する、評価する」と即座に答えるのが由依さまだ。
「正解。次、consequence」
「結果!でも綴りが怪しい」
「はいこれ」
「ありがと」
「じゃ、続きいくよ。eventually」
「結局」
「うーん惜しい」
「えぇ……なにぃ?」
「最終的に」
そんなやり取りを耳にいれつつ数分が経過し、教室に登校した生徒たちも増え始めてきた頃に「あ、」と思い出したように、黙々と勉強していた友人、ゆずが不意に声をあげる。「ねぇみんなさ、これ知ってる?」と言って、いそいそと英単語帳の下から取り出したのは固形ラムネのお菓子だ。どうやら普通のパッケージではなくって、何やら色とりどりの文字で書かれた英語がランダムに並んでいる。現地校に通っていた時期に授業でやったパズルゲームを思い出した。四角い箱に並べられた大量のアルファベットのなかから、横・縦・斜めに並んでいる英単語を見つけだすのだ。確か、ワードサーチだったかな。シンプルだけど宝探しのようで、何だか楽しくて好きだった。
「あ、これ最近よく見るよな」とはひかりちゃん。
「コンビニで売ってたわ」と由依さま。
「え、知らんのやけど」と真穂ちゃん。
興味深々な彼女たちに続き、私も「これなあに?」とその固形ラムネの袋を覗き込む。
そうして注目を集めたゆずは「ふっふーん」と、何やら得意げに親指と人差し指でピッと単語帳の暗記用シート――赤セルと私たちが呼ぶものをつまみ上げた。そしてこれ見よがしに仰々しい動作で、それをそっとラムネのパッケージに被せる。すると立ちどころに文字が消えて、残った何文字かだけが浮かび上がるのだった。「おぉっ」と私たち三人は軽くどよめいて、その断片をひとつずつ辿る。……You can do it.君なら出来る。
なるほど、受験生が勉強に使う赤セルで浮かび上がるメッセージとは。よく見るとバラバラに散らされたアルファベットは多くが赤、オレンジ、ピンクなどの暖色で構成されている。所々に混じっている青緑色の文字が先ほど浮かび上がったものだろう。秘密の暗号っぽくてカッコいい。
「すごないこれ?塾の友達が教えてくれてさ」
と、無邪気に目を輝かせているのが紹介した当本人の、柚原奈緒子。ゆず。
「へぇえ、粋だね」
と、素直に感心するのは私。春咲れんげ。
「企業努力……!」
と、冷静かつ現実的な視点を持つのが山城ひかり。ひかりちゃん。
「なんか、こういうのって勿論ありがたいねんけどさー。正直、お菓子まで受験受験って言わんといてくれ!って思わん?」
と、少し批判的なのが小林由依。由依さま。
「わかるそれ!頭に『かる』がつくお菓子とかさあ、軽率に『ウ』を付け足すやん?受かる、にするやん?あれ見ると病むんよな。いいよなお前は……ウを付け足すだけで受かるんやろっ、って」
と、ゆいさまの発言に感情豊かに共感するのが、黒田真穂、真穂ちゃんだ。
そんな彼女の憤りをうけて、「おうおうどうした」「こりゃお怒りですわ」「あれか、某麦わら帽子の口髭おじさんか」「某甘口の清涼飲料水もやね」と、口々にさざめくのが順番に山城ひかり、私、小林由依、柚原奈緒子である。更に「でもごめんそれは分からんわ」とひかりちゃんが真穂ちゃんに反論。「応援してくれんのは素直に嬉しいけどなぁ」と、私が付け加える。
彼女たちの友人というのも、私が手にした居場所のひとつだった。彼女たちについては、名前、部活、過去三年間のクラス、好きなもの、果ては母親の名前や何気なく話していた兄妹の趣味なんかも憶えている。でもそれは意図的に覚えようと思って記憶しているものではなくって、何となく引っ張り出せてしまえるというだけのことなんだけど。きっと大好きだから、憶えている。
赤セルで浮かび上がる暗号を見ても、私たち五人の反応は様々だった。この個性の強さが私は堪らなく好きだ。いつだって画一的でないものを愛でている。三者三様で十人十色、千差万別ですね。これだから人間は面白くって、だからこそ「佐野川くんなら何ていうだろうか」とか考えてしまった。
どうして不意にそんな解凍が起こったのかといえば(これは今ふと思い出したことだけど)あの人が受験勉強でも絶対に赤セルを使わなかったからだ。三年前も私たちは受験生で、勉強内容をノートにまとめる際には赤ペンだとかオレンジ色のペンに持ち替えて後から赤セルで隠して復習できるようにしている人が殆どだった。だけど佐野川くんときたら、社会の授業で配られる虫喰いのプリントにだって普通のシャーペンで書き込んでいたのだ。
一度『どうしてそんなことをするのか』と聞いたら彼は『赤セルって意味ある?いちいち赤ペンに持ち変えて板書すんのも面倒だしさ、下線引けばそれでよくない?』とバッサリ切り捨てていたっけ。私はそんな疑問を抱いたこともなかったものだから『へえ面白いひと』と目を見張っていた。同級生のみんながやっていることだし、合理的に見えたから私も同じようにしていたけれど「やらないよりはマシだろう」みたいな消極的理由で選択した行動だということは確かだった。流されない姿に感心して憧れたのも事実。私自身の惰性を突きつけられたようで若干肝が冷えたことも、事実。佐野川くんと話しているとこういうことは度々起こった。
この記憶は「忘れていなかった」ことだな、と思う。今の赤セルの流れを受けて思い出したもの。記憶の引き出しに仕舞い込んであるものが特定の刺激をきっかけに浮かび上がってくる、それが「忘れていない」ということなのだ。赤セルで覆うと浮かび上がってくるあのメッセージみたいに。普段は紛れ込んでいるだけで、確かに失われずに存在しているものたち。冷凍保存してある私の思い出。
と、そこで授業開始五分前の予鈴が鳴ったので、私たち四人はそれぞれの席に戻った。ゆずは隣のクラスへお帰りである。私の席は窓際前から四列目。ひかりちゃんの一個後ろの席である。一限目は政治経済かぁ、と思いながら教科書プリントと資料集と筆箱を机の上に置く。持ち込みが許され、休み時間は自由に使用できるスマホも機内モードにしておこう。そう思って開いたスマホの画面、通知センターに先ほど届いたものと思しきメッセージが表示された。三年八組、東雲蒼空からの連絡だ。
〈春咲さん〉
〈古典ワークの範囲表とか持ってたりしやん〉
〈中間試験のやつ〉
その短文を見て私はちょっと呆れ顔。高校一年生のときに同じクラスになってからというものの、それから二年間クラスが別になっても偶にこうして頼ってくる。何だかんだで優しい人なのと、馬が合うので許してしまっているけれど。私も彼には散々愚痴を聞いてもらっているし。
すいすいっと、カメラロールの「お気に入り」フォルダを遡り該当の古典ワークの範囲表の写真を探し出す。ちゃちゃっとそれを送ると、授業開始直前だというのに即座に既読がついた。
〈まじでありがとう〉
と、東雲蒼空から返ってきた感謝の言葉に〈またなんかあったら言って〉とだけ打ち込んで返す。お喋りな私にしては素っ気ないその対応は、この言葉が他人からの借り物であることを示している。三年前、中学三年生の時にも同じような状況があった。私が佐野川くんを頼ったのだ。
そのときに〈わざわざごめんよ、ありがとう〉と申し訳無さげに送った私に、佐野川くんが返してきた言葉である。
〈またなんかあったら言って〉
大丈夫だよ、とか。気にしないで、とか。いいってことよ、とか。グッドマークのスタンプとか。他の人との会話で今まで経験してきたのはそういう返信ばかりだったから、すごくとても驚いたのだ。それから本当に嬉しかった。どうしてだろうとか考えたけれど、きっと当たり前のように次を約束する言葉だからなのだ。さり気ない先押さえが安心感を読んで、罪悪感を和らげ不安を取り除いてしまう。
もしこれが佐野川くんではなくとも、私はきっと同じくらいに嬉しかっただろう。いい言葉だなぁと思って大事に覚えているだろう。でも結局、春咲れんげに一番最初にこの手の言葉を掛けてくれたのは佐野川くんだったのだ。
たくさん言葉を尽くさなくったって、こんな一言で人の気持ちを軽くできるのは本当に凄いことだと思う。漢字ワークのときもそうだったけれど。
自分がされて嬉しかったことは他人にもする。それが春咲れんげの信条である。私は、私が最高にカッコいいと思う憧れの人の真似をしている。
そんな感慨もお構いなしに、チャイムが鳴ると同時に白衣を着た社会科の先生が教室に足を踏み入れる。「はい、みなさんどうもおはようございます。えー、一限でね、ちょっと眠いよ勘弁してください先生、だなんて思ってはる人も多いと思うんですけどね。こればっかりはしょうがないことですから。何とか頑張ってこう.……目をカッ!って開いてくださいね。それでは授業、始めて行きたいと思います。では教科書の154ページを開いて——」と、たちまち私たちの脳はマシンガントークに支配されたのだった。
一限から政治経済、数学、現代文と続いて英語の単語テストをこなし、やっとのことで昼休みになる。駅前で買ったパンの入った鞄を手に取って、私は前の席に座るひかりちゃんと共に由依さまと真穂ちゃんの元へ向かった。他のクラスに去ったり、同じように教室内を移動したりした生徒たちの椅子を拝借し、四人で固まった。楽しいご飯の時間である。
と、そこで不意に「あ、春咲さん」と声を掛けられた。振り返ってみると、私と同じ選挙管理委員の男子生徒が立っているではありませんか。「これ、選管の先生から。明後日の昼休みに集まりあるって」と差し出された紙には、政経の先生の何とも達筆なメモが握られている。「ありがとう、樹くん」と声をお礼を言うと、彼はサッと無言で右手を上げて教室の外に出て行った。多分、グラウンドにサッカーをしに行くんだろう。男子何人かが毎日昼にやっているやつだ。元気が有り余っていて何より。
「うわっ、相変わらずの読みにくい字やな」と、私が受け取ったメモを覗き込んだのは由依さまだ。「こら。達筆って言いなさい」とひかりちゃんが間髪入れずに注意する。
「政経だけ黒板が芸術的やもんなあ。私今日、日直やったから黒板やっててんけど、筆圧強すぎて全然消えへん」と溜め息を吐くのが真穂ちゃん。
そんな彼女の発言を聞き流しながら、お弁当に入っていたリンゴをピックで突き刺して、ひかりちゃんはまた別の疑問を呟いた。
「れんげちゃんってさ、樹くんのことは名前で呼ぶよな」
「え?」
「いや、別に変な意味じゃなくてな?単純に疑問で。基本的にクラスの男子のことは名字にさん付けやし。樹くんとは、そおんなに仲良いってわけでもないやん?別に意味ないならそれでええんやけどさ。ごめんなこんなこと訊いて」
ダダダッと飛び出す関西風の言葉の波とそのテンポにも、三年あれば最早慣れたものだった。とはいえこれは痛い指摘だ。よく見てるよなぁ、とつくづく彼女には感心してしまう。この観察力の高さとそれゆえの気遣いの細かさは、私が彼女の友人になりたいと願った理由でもある。私と樹くんは何だかんだで三年間同じクラスなので、それを理由にすることもできるのだけど。
「あぁ...中学の時の、友達に、すごく...苗字が似ている人がいてさ。それで入学したての頃は何度も呼び間違えてたからじゃないかなあ」
ぼやく私の様子に顔を見合わせる真穂ちゃん・アンド・由依さま。そんなふたりの様子を横目に、ひかりちゃんは何やら会得したという様子で微笑んだ。
「んふふ、なるほどな。樹くんの名字って佐野か」
「その通り。察しが良くて助かるよ」
「仲良かったんやな、その人と」
その優しい言葉に私は思わずこまりわらいだ。確かにクラスメイトの佐野くんのことを稀に「佐野川くん」と呼んでしまうほどには、その名前は口に馴染んだものだった。憤り、喜び、不満、いたずら心。そんなものを滲ませて中学時代は何度も何度も、呼びかけていた気がする。
それから私は中学時代の「友達」に、と先ほど自分が説明に使った言葉を反芻する。付きまとう違和感に、何だか口の中がもぞもぞとした。果たして、私と佐野川くんは友達だっただろうか。断じて否、である。
高校受験も終わった、晴れて中学も卒業した。さぁ、あとは合格発表を待つだけ...というような時期に何度か佐野川くんとは通話をしていた。それも時には、外が薄っすらと明るくなるほどの長時間にわたって。ちょうどコロナウイルスが流行っていたので、外出を自粛していたのも無関係ではない。世間に許されたモラトリアムを利用して、くだらないことやしょうもないことを話し尽くしていたのだ。あの時は心の底から自由を謳歌していた。そんな会話の一幕を思い出す。
何かの話題で爆笑の後に沈黙が降り立ち、息継ぎをするように言葉が途切れて暫く。口火を切ったのは私だった。
『あのさ』
『うん』
『佐野川くんと私って、友達………って聞こうと思ったけどやっぱいいや。ごめん、忘れて』
それは確実に本能だった。直感だった。意味のない問いだと察して、瞬間的に撤回したのだ。「話の腰を折る」だなんて表現があるけれど、自分で最初に突き刺した棒に自ら回し蹴りを入れて鳩尾を叩き割るような暴挙だった。
だから、そんな風に行き先を見失った言葉はただの自己完結の呟きで——『うん、別にそれはいいんだけど。春咲さん何で今、取り消したの?』……自己完結の呟きだったから、まさか食いついて来るとは思わなかったのだ。
『え、……君はこういう質問嫌いかなって』
困惑しながらも私がそう応えると、君は通話越しでもハッキリと分かるくらいに声を弾ませていましたね。何ならずっしりと腰かけた椅子から身を乗り出したような気配すら感じた。流石にそれは私の考えすぎかもしれないけれど。ともかく高揚感は伝わった。
『実際そうだよ、その通り!でも、よく分かったね?』
驚嘆、興味、疑問、好奇心。そういうものが滲み出た佐野川くんの様子に、私は格段に警戒心を引き上げた。そして緊張感をもって、それでも何気なく聞こえるように答えたのだ。
『だって私も、こういう質問は嫌いだもん』
それは紛れもない私の本心だった。だけど同時に、この答えがこの場に於いての最適解ーだという確信があったからこそ押し出せたことでもあった。
『あぁ、自分がされて嫌なことは他人にしないってやつね。いやぁ、正直分かるよ。「友達」って言葉で断定するのは、どうにも乱暴な気がしてならないんだよな。なんというか...あえて言葉にしたくない』
好感触。深めの共感。そうやって感慨を噛み締める君の声を聴きながら、私は薄ら寒い恐怖に包まれて震えたのです。良かった、と思った。心の底から安心した。あそこで撤回してよかった。危なかった。
佐野川くんには絶対的な信念や美学というものがあって、それゆえに常に堂々としているように見えた。だからこそ嫌なものは「イヤだね」と言うし、気に入らないことは「気に入らない」と首を振るのだ。共感できないと思うことがあれば「いや、ごめん。まったく共感できない」とバッサリ切り捨てる。疑えば素直に「えぇ、それってホント?ちょっと信じ難いけどな」と口に出す。
でもそれは理解を放棄しているということでもなくて、どちらかと言えば「中途半端に理解った振りをしたくない」という感情だ。これが時にはとても冷たく聞こえる。けれど、他人の考えが何でもかんでも理解できて共感できるなんてことは全くと言っていいほどにあり得ないのだと。それが分かっているだけ彼は同年代の私達よりもずっと大人だった。少なくとも私には、そういう風に見えていた。春咲れんげは調和を重んじるが故に、わざわざその場を荒立てないように自分の口を噤むことを選んできたから。つまり、これはただの憧れなのだ。
では私は、彼に否定されることが怖くてわざと彼に寄った回答をしたのか。質問を撤回したのか。それは少し違う。
他人にされて嫌なことはしない、というのは佐野川くん自身にも当てはまると思う。他者の考えについて理解や共感ができない時に「中途半端に理解った振りをしたくない」ということ。それは裏返せばつまり、自分の考えを「中途半端に理解ったつもりになって欲しくない」ということでもある。
佐野川くんと全く同じ意見を持たなくてもいいのだ。寧ろそれでは面白味がないし、感じ方から思想まで全て同じだなんていうのは気持ちが悪いと思う。在り方さえ同じであればいい。だから私は常に自分の感情に素直で正直だった。その上で、今みたいに佐野川くんと一致するような点があれば密かに歓喜した。本当につくづく面倒臭い人だ。そして「その複雑さが堪らない、!」と思ってしまえる私のような人間に見つかったのが彼の運の尽きなのだ。
ナンセンス、と思われるのは癪に障るし。「分かってないなぁ」と言われるのにだって腹が立った。
自分の理解者はいないのだと、そんな風に嘆く彼の傲慢を突き崩してやりたかった。
まぁ、ついぞそれは叶わなかったわけですが。
それでも佐野川冬馬と春咲れんげの足並みだって、最後まで揃わなかったわけではない。あれはいつのことだっただろうか。寒い時期だったから、中学三年生も後半の頃だったような気がする。二人で通学路の最後を歩くことにもすっかり慣れて、あの道を隣り合って歩いていた頃の会話。
『私はね、君のせいで歩く速度が少し速くなっちゃったんだよ』と意地悪に、そしてそれ以上に温かに、穏やかに。佐野川くんに投げかけた不満にもならないような何か。彼は右隣を歩く私を見下ろして「あ、そう?でもね、俺もなんだよ。君のせいで歩く速度が少し遅くなってしまった」と言って愉快そうに笑んだ。
それだけの言葉の交換だ。それでも春咲れんげは、こんな数秒のやり取りを今でも大切に憶えている。「忘れていない」だけじゃなくて「憶えている」のだ。
友達でもないふたりが、互いに少しずつ影響を与え合えたこと。真っ直ぐと芯が通っている君を、ほんのちょっぴりでも私色に染められたこと。それが堪らなく嬉しかったのです。ずっと頭の片隅に住んでいる感情。
自分はとても記憶力が良いのだと豪語する春咲れんげの見識。「憶えている」ことと「忘れていない」ことは全くの別物じゃないだろうか。
eventually……このふたつはどちらも記憶として思い起こせることだけど、その取り出し方に違いがある。「憶えている」は自分自身の内省で思い出せること。対して「忘れていない」は何かしらの外部からの刺激をキッカケに思い出す記憶だ。
「じゃあ、れんげちゃんにとって『忘れた』ってどういう状態なの?」
とは、後にこの話をゆずとひかりちゃんにしたときに訊かれたことだ。確かひかりちゃんが言っていた。
「うーん『忘れた』っていうのは、そもそもどうやっても思い出せないことかな。だから私は『忘れてた』じゃなくて『思い出した』って言うようにはしてるんだけどね。思い出せた時点でそれは『忘れていなかった』ことになるもん」
「でもさ、その『忘れていない』ことって刺激されない限りは思い出せないんやろ?だったらそれって『忘れてる』として分類してしまわん?」
これはゆずの指摘だ。
「うん、そうだね。でもそもそもこれって、最終的には記憶として思い起こせることを取り出し方で二つに分類してるだけなんだよ。つまり思い出せたら『忘れた』のカテゴリから移動させるの。だから『忘れた』は最初の時点で補集合っていうか、分類の範囲外というか」
「ふうん、なるほどな。でも『忘れた』が思い起こせないことなら、そもそも忘れていることがあるって認識できんくない?」
「あぁ……それは確かにそう。でも例えば、ある時期の記憶だけ思い出せないとか。他の人から『あんなことがあったよね』って言われても微塵も心当たりがないとか。周辺の情報を通して認識できると思うんだよね」
「輪郭か」
「そゆこと」
思う。きっとこれは恨み言だと。
佐野川くん。あのね、私は憶えていることだって沢山あるけれど、忘れていない、忘れられないことの方がもっとずっと多いのです。もうすぐ三年が経つというのに、ちっとも薄れてくれやしない。遠のいたって何かのキッカケでまた立ち上がってくる。
生活のふとした瞬間にあなたの残像が現れるのです。ホントにこれ、一体どうしてくれるんですか。記憶はただの抜け殻で。忘れられないことはきっと呪いだというのに。
まったくいつまで私の頭に居座るつもりなんだよ、そろそろ家賃くらい払ってよね……だなんて嫌味を言ったら、君はどんな小洒落た言い回しで私を黙らせてくれるんでしょう。私にどれだけ想像力があったって無駄です。だって、春咲れんげの想像の範疇に収まらないのが佐野川冬馬だったじゃないですか。
十代の私たちは大きく変わりゆく生き物だから。私はあなたの「今」が知りたいのに。残像ばかりを心で追ってなぞっている。さみしくて悲しい行為だ。虚しくて寒くて、痛々しい沈黙みたいに体を苛んでいる。
会いたい。




