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持続可能な終末

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/20

役所の廊下は、いつもより長かった。

 いや、正確には長く「された」のだ。


 男は掲示板を見上げた。そこには新しい標語が貼られている。


 「持続可能な社会を、期限内に達成しましょう」


「期限内に?」男は首をかしげた。


 そのとき、白衣の係官が通りかかった。胸には〈持続推進局・期限課〉とある。


「失礼ですが」と男は声をかけた。「持続可能って、期限がない状態のことじゃないんですか」


 係官はにこやかに答えた。「その通りです」


「では、なぜ期限が?」


「期限がないと、期限内に達成できませんから」


 男はしばらく考えたが、考えるほどわからなくなった。


「つまり、期限のないものを、期限までに達成する?」


「ええ。最新の方針です」


「もし期限までに達成できなかったら?」


「その場合は安心してください」係官は書類をめくった。「期限を延長します」


 男は少し安心した。「じゃあ、いつかは達成できるわけですね」


「ええ。期限を延長し続ければ、理論上は必ず」


 廊下の奥で拍手が起きた。振り向くと、別の部署の職員たちが新しい看板を掲げている。


 「期限延長の持続可能化」


 男は帰宅してニュースをつけた。アナウンサーが明るい声で読み上げる。


「本日、政府は目標の進捗率を発表しました。達成率は昨年の42%から大きく改善し、今年は88%です」


「すごいな」男はつぶやいた。


 続いて解説者が補足した。


「なお、残り12%については指標を見直したため、現在は未測定となっております」


 翌日、男の職場にも通達が来た。

 〈持続達成ポイント制度開始〉


 電気を消すと1点。紙を節約すると2点。会議で「持続可能」という言葉を使うと5点。

 ただし――


 「本制度は持続可能な運用のため、三か月ごとに失効します」


 同僚が言った。「貯めても消えるのか」


「持続するためには循環が必要です」上司が説明した。「ポイントも循環させねばなりません」


「つまり?」


「使わなければゼロです」


 その日から社内では、意味もなく照明を消しては点ける者、紙を半分に切って二枚として提出する者、「持続可能ですね」と一日三百回つぶやく者が現れた。


 やがて街じゅうに表示板が設置された。空の色、風の量、鳥の数、人の笑顔まで数値化され、巨大スクリーンに並ぶ。


 持続指数:97%


 人々は安心した。97%も持続しているなら大丈夫だろう、と。


 だが翌週、指数は突然12%になった。


 街は騒然となり、専門家が会見した。


「ご安心ください。測定方法を改良した結果です」


「つまり?」


「以前より正確に低く出るようになりました」


 人々は納得した。正確なら低くてもよい。


 政府はただちに対策本部を設置し、新目標を発表した。


 「持続指数を三年以内に100%へ」


 男は手を挙げた。「100%になったら?」


「次は110%を目指します」


「それは無理では」


「無理を目指すことが持続です」


 男は感心した。なるほど、理屈はわからないが、なんとなく立派だ。


 それから数年、指数は順調に上がった。120%、180%、ついに300%。


 祝賀式典が開かれ、花火が上がり、司会者が叫んだ。


「わが国はついに、持続可能性を三倍達成しました!」


 観客は総立ちで拍手した。男も拍手した。何が三倍なのかは知らなかったが、三倍はすごそうだった。


 だがその夜、男の家の床が音を立てて沈んだ。


「おや?」と思う間もなく、壁が傾き、天井が落ち、街灯が倒れ、遠くで海があふれた。


 翌朝、緊急放送が流れた。


「ただいまの崩壊は、持続指数算定外の現象です。したがって目標達成状況に影響はありません」


 男は瓦礫の上でラジオを握りしめた。


「影響ないのか」


「ありません」アナウンサーは落ち着いた声で言った。「なお、環境の実体は一時的に消失しましたが、指標上は良好です」


 男は空を見上げた。空はなかった。


 代わりに、空の数値が表示されていた。


 空:良好(暫定)


 そこへ例の係官が歩いてきた。埃ひとつついていない。


「おめでとうございます」


「何がです」


「本日をもって、持続可能な社会は完全達成されました」


「どこがです」


「ほら」係官は端末を見せた。「全指標、期限内クリアです」


 男はあたりを見回した。街は消え、人も消え、音も消え、風も消えている。


「でも、何も残っていない」


「ええ」係官は満足そうにうなずいた。「だからこそです」


「だから?」


「もう壊れるものがありません。永久に持続します」


 男はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「それは確かに、持続可能ですね」


「でしょう」係官は胸を張った。「期限もありません」


 そのとき端末が鳴った。係官は画面を確認し、顔をしかめた。


「おや」


「どうしました」


「新しい国際目標が届きました」


「今度は何を?」


 係官は読み上げた。


「『持続可能な持続可能性の持続』を、2030年までに達成せよ」


 男は言った。「それ、達成できなかったら?」


 係官は微笑んだ。


「ご安心ください。期限を延長します」


 端末がもう一度鳴った。


「まだ何か?」


「ええ」係官は画面を見つめたまま言った。「ただいま通知が――」


「どんな?」


「『持続可能な世界のため、世界は本日をもって終了しました』」


 男は目を瞬いた。


「終了?」


「はい。終了すれば、悪化もしません。これ以上壊れもしません。数値も下がりません」


 係官は深くうなずいた。


「つまりこれは――」


 男が言いかけたとき、係官の姿が消えた。

 端末も消えた。

 表示板も消えた。


 最後に残ったのは、空中に浮かぶ一行の表示だけだった。


 〈最終達成率:∞%〉


 男はそれを見つめ、ぽつりと言った。


「……ああ」


 その声も、すぐに持続しなくなった。

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