第八話:暴かれた本性と真実の愛
終わりましたわ、私の淑女人生。
王都の大通りを埋め尽くす民衆の熱狂を馬車(オープンカー仕様)の上から眺めながら、わたくしは遠い目をしておりました。
凱旋パレード。
本来なら、ドラゴンを撃退した騎士団を称える華やかな行事です。
花びらが舞い、黄色い歓声が飛び交うはずの場面。
しかし、今わたくしの耳に届いているのは、予想の斜め上を行く叫び声ばかりでした。
「見ろ! あれがドラゴンを素手でシメた公爵令嬢だ!」
「マジかよ、腕細いぞ!?」
「いや、あの中に圧縮筋肉が詰まってるんだ!」
「ビバ! 筋肉公爵令嬢!」
「抱いてー! マリアンヌ様ー!」
称賛、ではあるのでしょう。
ですが、「美しき令嬢」への賛辞ではありません。
完全に「格闘技のチャンピオン」を迎えるファンのテンションです。
さらに、わたくしたちの馬車の後ろには、巨大な「証拠」がついてきています。
ズシン、ズシン。
地面を揺らして歩く、体長三十メートルのエンシェント・ドラゴン。
ポチです。
首には極太の鎖(特注のアンカーチェーン)が巻かれ、その端を馬車の後部に括り付けてあります。
彼は時折、沿道の観客に「グルゥ(愛想笑い)」と喉を鳴らし、子供たちを泣かせていました。
「あーあ……」
わたくしは深いため息をつきました。
もう隠せません。
「病弱でか弱き深窓の令嬢」という設定は、ドラゴンのブレスと共に消し飛びました。
今のわたくしについたあだ名は「国最強のゴリラ令嬢」、あるいは「破壊の聖女」。
これでは、もう普通の社交界には戻れません。
お茶会でカップを持てば「握りつぶすのでは」と怯えられ、ダンスに誘えば「骨を折られる」と敬遠されるでしょう。
何より不安なのは、隣に座るレオナルド様のことです。
彼は騎士団長。
国の英雄であり、貴族社会の模範となるべき方。
そんな方の妻が、ドラゴンを手懐ける筋肉ダルマだなんて。
外聞が悪すぎます。
「……マリアンヌ?」
レオナルド様が、心配そうにわたくしの顔を覗き込みました。
彼は怪我も完治し(クッキーのおかげで驚異的な回復力でした)、凛々しい正装に身を包んでいます。
隣にいるのが申し訳なくなるほどの輝きです。
「顔色が悪いが、プロテインが足りていないのか?」
「いえ、栄養は十分ですわ。ただ……」
わたくしは膝の上で拳を握りしめました。
言うなら今しかありません。
結婚式の準備が本格化する前に、彼を解放してあげなければ。
「レオナルド様。わたくしとの婚約、白紙に戻していただいても構いませんのよ」
「……何?」
レオナルド様の表情が凍りつきました。
沿道の歓声がかき消えるほどの、静かな威圧感。
「どういう意味だ。私が君に不満を持っているとでも?」
「不満だらけでしょう? ご覧になって、この民衆の反応を。『ゴリラ』ですわよ? 騎士団長たるあなたの隣に立つには、あまりにも品がなさすぎます」
わたくしは一気にまくし立てました。
言葉にするほど、胸の奥(大胸筋のあたり)がズキズキと痛みます。
筋肉痛ではありません。
これが……心痛というやつでしょうか。
「わたくしは、ただの筋肉好きの女です。ドレスの下はムキムキですし、ドラゴンを殴るような野蛮人です。あなたのような高貴な方には、もっと……守ってあげたくなるような、本当の意味で可愛らしい女性がお似合いですわ」
言い切った瞬間、涙が出そうになりました。
嫌だ。
本当は離れたくない。
この人となら、最高のトレーニングライフが送れると思っていたのに。
レオナルド様は沈黙したまま、じっとわたくしを見つめています。
ああ、やはり。
彼も心のどこかで、わたくしの異常さに引いていたのでしょう。
これで終わりです。
わたくしが目を伏せようとした、その時でした。
「……バカなことを言うな」
レオナルド様が、わたくしの手を強く握りしめました。
痛いくらいの強さで。
「品がない? 野蛮? 誰がそんなことを決めた」
彼は声を荒げました。
その瞳には、怒りと、それ以上に深い熱情が宿っています。
「君は、自分の力で運命を切り開き、国を、そして私を救ってくれた。その強さのどこが恥ずかしいと言うんだ」
「でも、世間の目が……」
「世間などどうでもいい! 私は……!」
レオナルド様は、わたくしの肩を抱き寄せ、耳元で囁きました。
熱い吐息がかかります。
「私は、君のその筋肉に惚れたんだ」
「えっ」
「君の上腕二頭筋の張り、広背筋の広がり、そして何より、それを鍛え上げた君の鋼の意志。その全てが、私にとっては世界で一番美しい」
彼はわたくしの手を取り、その手のひらのマメに口づけました。
「君がゴリラと呼ばれるなら、私はゴリラの夫で構わない。いや、最強のメスゴリラの番になれるなら、これ以上の誉れはない!」
「れ、レオナルド様……!」
なんて……なんて重い愛なのでしょう。
ゴリラ呼ばわりを全肯定されるとは思いませんでしたが、その言葉の端々から、嘘偽りのない本心が伝わってきます。
彼は本当に、わたくしの筋肉ごと、わたくし自身を愛してくれているのです。
「それに、守られるだけの女など求めていない。私は君と並び立ちたいんだ。君となら、最強の家庭を築けると確信している」
「最強の家庭……」
素敵な響きです。
夫婦でベンチプレス。
子供ができたら、家族みんなでスクワット。
庭にはドラゴン(ポチ)がいて、いつでもスパーリングができる。
想像しただけで、ドーパミンが溢れ出してきます。
「……ふつつか者ですが、一生ついていきますわ。レオナルド様」
「ああ。離さない。絶対に」
わたくしたちは馬車の上で見つめ合い、抱き合いました。
民衆からは「ヒューヒュー!」という冷やかしと、「いいぞ! 最強カップル!」という祝福の声が上がります。
背後では、ポチが空気を読んで「グルルン(お幸せに)」と鳴きました。
わたくしの不安は、プロテインのようにシェイクされて溶けていきました。
もう迷いません。
この人と共に、筋肉の道を突き進むのみです。
ただ、一つだけ誤算がありました。
わたくしたちの愛が深まったことで、レオナルド様の「結婚式への気合」が変な方向へ暴走し始めたのです。
「マリアンヌ。式場のヴァージンロードだが、負荷をかけるために沼地にするのはどうだろう?」
「ケーキ入刀は、オリハルコン製の斧で行うか?」
……前途多難ですわね。
でも、それもまた筋肉への試練。
望むところですわ!




