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聖剣をへし折った悪役令嬢は、最強の騎士団長を筋肉で溺愛させる  作者: 月雅


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4/10

第四話:デートという名の合同演習


鉄と土、そして男たちの汗の匂いが風に乗って漂ってきます。


わたくし、マリアンヌは今、人生で最も心躍る場所に立っておりました。

王宮の裏手に広がる、第一騎士団専用の演習場。

高い石壁に囲まれ、一般人はおろか、貴族でさえも立ち入りを許されない聖域です。


「どうだ、マリアンヌ嬢。気に入ってくれただろうか」


隣に立つレオナルド様が、誇らしげに腕を広げました。

今日の彼は、動きやすい革の鎧姿。

上腕二頭筋の膨らみが、革のベルトを押し上げていて大変魅力的です。


わたくしもまた、今日の日のために特注した「戦闘用ドレス」を着ています。

一見すると上品な紺色の外出着ですが、生地は伸縮性に優れた魔獣の皮を使用し、スカートの中はスパッツ仕様。

いつでもスクワットが可能です。


「ええ、素晴らしいですわ! 見てください、あの丸太の山! それに、あちらにあるのは鉄球でしょうか?」


わたくしは扇子で口元を隠しつつ、興奮で声を上擦らせました。


普通の令嬢なら「野蛮だわ」「臭いわ」と眉をひそめるところでしょう。

ですが、ここはわたくしにとって遊園地以上の楽園パラダイス

そこら中に転がっている訓練用具のすべてが、わたくしの筋肉を刺激しようと待ち構えているのですから。


「君ならそう言ってくれると思った」


レオナルド様は満足げに頷き、わたくしの手を取りました。


「今日は貸し切りにしてある。団員たちは全員、外周のランニングに出した」


「まあ、お気遣いありがとうございます。では、思う存分……」


「ああ、二人きりで楽しもう」


彼の言う「楽しむ」とは、もちろん合同トレーニングのことでしょう。

わたくしたちは見つめ合い、頷き合いました。

言葉はいりません。

筋肉と筋肉が惹かれ合っているのですから。


「まずは準備運動ウォーミングアップから行こうか」


レオナルド様が案内してくれたのは、巨大な岩がゴロゴロと置かれたエリアでした。

攻城戦を想定した、障害物撤去訓練用の岩場です。


一番小さな岩でも、大人の男性が二人掛かりでやっと動かせるサイズ。

一番大きなものは、馬車ほどの大きさがあります。


「私が手本を見せよう」


レオナルド様は手近な中くらいの岩の前に立ちました。

推定重量、二百キロ。

彼は軽く呼吸を整えると、腰を落とし、岩の下に手を差し入れます。

完璧なデッドリフトのフォーム。


「ふんッ!」


短い気合とともに、巨岩が宙に浮きました。

僧帽筋と広背筋が服の上からでも分かるほど隆起し、首筋に美しい血管が浮き上がります。

彼はそのまま岩を頭上まで持ち上げ、数秒キープしてから、ドスンと地面に置きました。


「……君の前だ、少し張り切りすぎたかな」


彼は爽やかに汗を拭いながら微笑みました。

なんて……なんて素敵なんでしょう。

無駄のない筋肉の連動性。

爆発的なパワー。


わたくし、胸の高鳴りが止まりません。


「素晴らしいですわ、レオナルド様! 脊柱起立筋の使い方が芸術的でした!」


「そうか? 君に褒められると、優勝した時より嬉しいな」


「わたくしも挑戦してよろしいでしょうか?」


「もちろんだ。だが、無理は……いや、君なら大丈夫だな。一番大きいのをやってみるか?」


彼は迷わず、一番巨大な岩を指差しました。

推定五百キロ。

普通の令嬢に対する提案ではありません。

ですが、わたくしにとっては最高の愛の言葉に聞こえます。

「君の実力を信じている」と言ってくれているのですから。


「はい、喜んで!」


わたくしはドレスの裾をまくり上げ(スパッツ着用済み)、巨大な岩の前に立ちました。

ひんやりとした岩肌の手触り。

ずっしりとした質量の予感。


足幅を肩幅より少し広めに。

腹圧を高め、体幹を固定。


(行きますわよ、大腿四頭筋!)


「ふっ!」


わたくしは一気に地面を蹴り上げました。

全身のバネを使い、岩を持ち上げます。

重い。

けれど、心地よい重さです。

筋肉繊維の一本一本が、「生きてる!」と叫んでいるのを感じます。


ゴゴゴゴ……


岩が持ち上がりました。

レオナルド様の頭よりも高い位置まで。


「ブラボー! 素晴らしいフォームだ、マリアンヌ!」


レオナルド様が拍手喝采しています。

彼は目を輝かせ、興奮した様子でわたくしの周りを回りました。


「重心が全くブレていない。ドレスを着たままこれほどの重量を扱えるとは……やはり君は、私の運命のパートナーだ」


「レオナルド様こそ、的確な補助スポッティングの気配、背中で感じておりましたわ!」


わたくしは岩を投げ捨てました。

ズドン!!

地面が揺れ、土煙が舞い上がります。

普通のデートなら大惨事ですが、ここではこれが祝砲です。


その後も、わたくしたちの甘い時間は続きました。


二人並んでの丸太担ぎスクワット。

鎖で繋がれた鉄球を投げ合うキャッチボール。

演習場の端から端まで、タイヤを引きずってのダッシュ競争。


「ハア、ハア……いい汗かきましたわね」

「ああ……最高だ。こんなに充実した時間は初めてだ」


夕暮れ時。

わたくしたちは芝生の上に座り込み、肩を並べて呼吸を整えていました。

体は疲労していますが、精神はこれ以上ないほど満たされています。


レオナルド様が、革の水筒を差し出してくれました。

中身はもちろん、特製プロテインです。


「ありがとう存じます」


「どういたしまして。……マリアンヌ、君の汗は美しいな」


彼はハンカチを取り出し、わたくしの額の汗を優しく拭ってくれました。

その距離が近くて、心拍数が有酸素運動時並みに跳ね上がります。


あれ?

おかしいですわね。

トレーニング後のクールダウン中なのに、どうして脈が下がらないのでしょう。

これが、噂に聞く「高強度インターバルトレーニング(HIIT)後のアフターバーン効果」でしょうか?


「また、来てくれるか?」


レオナルド様が、少し不安そうに尋ねてきます。

その表情が、捨てられた大型犬のようで、キュンとしてしまいました。


「もちろんですわ。会員登録(結婚)したのですもの、毎日でも通います」


「本当か! ……嬉しい。屋敷の改築を急がせよう」


わたくしたちは夕日の中で見つめ合い、笑い合いました。

ああ、幸せです。

筋肉を理解し、高め合えるパートナーがいるということが、これほど素晴らしいなんて。


しかし。

そんなわたくしたちの平和な時間を、どす黒い視線が見つめていることに、わたくしは気づいていませんでした。


演習場の入り口にある物陰。

そこに、貴族院の制服を着た人影がありました。


「……なんだ、あれは」


アルフレッド王太子です。

彼は双眼鏡を握りしめ、ガタガタと震えていました。


「なんなんだ、あの二人は! 岩を放り投げて笑い合っているだと!? 正気じゃない!」


彼の横には、同じく顔面蒼白のリリィ男爵令嬢がいます。

彼女は「ゴリラ……ゴリラの求愛行動ですぅ……」と譫言うわごとのように呟いています。


「許せない……僕をコケにして、あんなに楽しそうにしやがって……!」


アルフレッド殿下のプライドは、ズタズタでした。

自分が捨てた婚約者が、国一番の英雄であるレオナルドと結ばれ、しかも自分には理解できない世界で幸せそうにしている。

その敗北感が、彼の歪んだ心を刺激しました。


「見ていろ、マリアンヌ。そしてレオナルド」


殿下は双眼鏡を下ろし、暗い笑みを浮かべました。


「僕が味わった屈辱、倍にして返してやる。……そうだ、ちょうどいい『道具』があるじゃないか」


彼は懐から、一枚の羊皮紙を取り出しました。

それは、裏社会のギルドへの依頼書。


「フィジカルで勝てないなら、数で潰すまでだ。……精鋭のゴロツキどもを集めろ。マリアンヌを襲わせるんだ」


「えっ、でも殿下、あの方は……」


リリィ様が止めようとしますが、殿下は聞く耳を持ちません。


「所詮は女だ! 不意打ちで囲めばイチコロに決まっている!」


浅はかな計画。

それが、眠れる獅子ならぬ、目覚めたゴリラの鼻先を撫でる行為だとも知らずに。


わたくしとレオナルド様の「合同演習」の第二ラウンドが、街中で始まろうとしていました。


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