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聖剣をへし折った悪役令嬢は、最強の騎士団長を筋肉で溺愛させる  作者: 月雅


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第一話:筋肉は裏切らない

あけましておめでとうございます!

昨年は沢山の方に作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!

これからも続きを読みたいと思ってもらえる作品を目指して執筆頑張ります!

今年もよろしくお願いします!


広背筋が悲鳴を上げていますわ。


わたくし、マリアンヌ・ド・ラ・フォルス公爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーの会場で、冷や汗を流しながら立ち尽くしておりました。


今夜のわたくしは、純白のシルクに最高級のレースをあしらったドレスを身に纏っています。

デコルテを綺麗に見せるオフショルダーのデザイン。

ウエストはコルセットで限界まで締め上げられ、スカートはふわりと広がっている。


周囲の方々の視線を感じますわ。

「なんて儚げで美しいのだろう」

「今にも倒れてしまいそうだ」


ええ、聞こえています。

皆様のその心配そうな囁き。


でも、違うのです。

わたくしが震えているのは、病弱だからではありません。


気を抜くと、背中の筋肉でドレスの縫い目が弾け飛んでしまうからです。


今のわたくしは、さながら薄皮一枚で包まれたゴリラ。

呼吸をするたびに僧帽筋が盛り上がり、布地がピキピキと小さな悲鳴を上げるのが聞こえます。


お父様、お母様。

わたくし、今夜ばかりは皆様の期待通りの「淑女」でいられる自信がありません。


すべては、わたくしが前世の記憶を思い出した五歳の日に始まりました。


ここは乙女ゲームの世界。

そしてわたくしは、物語の悪役令嬢。

ゲームの結末でわたくしを待っているのは、身に覚えのない罪による処刑エンドのみ。


「死にたくない」

その一心でした。


魔法?

いいえ、魔法防御を無効化されたら終わりです。

権力?

革命が起きたら意味がありません。


最後に頼れるのは、己の肉体のみ。

そう悟ったわたくしは、その日から貴族の令嬢としての教養を学ぶ傍ら、血の滲むようなトレーニングを開始しました。


腕立て伏せ。

スクワット。

腹筋。

走り込み。


早朝の森で大木を相手にタックルの練習をし、夜は寝室で重りを入れた鞄を持ち上げる日々。

食事管理も徹底しました。

脂っこい肉料理は避け、高タンパク低脂質の鶏肉と豆類を中心に摂取する。


その結果が、これです。


見た目は深窓の令嬢。

中身は物理攻撃力カンストの筋肉ダルマ。


まさかここまで育ってしまうとは、自分でも計算外でしたけれど。


「……遅い」


わたくしは扇子で口元を隠しながら、小さく呟きました。


パーティー開始の鐘が鳴ってから、すでに三十分が経過しています。

わたくしの婚約者である王太子アルフレッド殿下が、まだ姿を見せないのです。


エスコートの約束だったはずですが、放置されています。

まあ、それは構いません。

殿下が他の女性、この世界の「ヒロイン」であるリリィ男爵令嬢に現を抜かしていることは知っていますから。


問題なのは、待ち時間の長さです。


立っているだけというのは、意外と筋肉に負担がかかりません。

つまり、負荷が足りないのです。


わたくしはドレスの下で、こっそりと踵を浮かせました。

カーフレイズ。

ふくらはぎの筋肉、下腿三頭筋を刺激するトレーニングです。


イチ、ニ。イチ、ニ。


誰にも気づかれないよう、数ミリ単位の上下運動を繰り返します。

地味ですが、美脚作りには欠かせない運動ですわ。

血流も良くなりますし、むくみ防止にもなります。


「あの方、緊張で震えていらっしゃるのかしら」

「殿下が来ないから……可哀想に」


周囲の令嬢たちが、同情の眼差しを向けてきます。

いいえ、違いますのよ。

これはパンプアップのための予備動作です。


その時でした。

会場の扉が大きな音を立てて開かれたのは。


「マリアンヌ!」


よく通る声が、ホールに響き渡りました。

わたくしは踵を下ろし、優雅に振り返ります。

もちろん、上半身の筋肉はリラックスさせたまま。

ここで力を入れると、背中のファスナーが武器のように弾け飛んでしまいますから。


そこに立っていたのは、金髪碧眼の美青年。

この国の第一王子、アルフレッド殿下です。


そしてその腕には、小柄で可愛らしい少女がしがみついていました。

リリィ男爵令嬢。

ピンクブロンドの髪を揺らし、怯えた子兎のように震えています。


「まあ、殿下。随分とお早いご到着ですこと」


わたくしは嫌味の一つも言いたくなりましたが、ぐっと堪えて淑女の礼をとりました。

膝を曲げ、背筋を伸ばす。

ここでも体幹の強さが活きます。微動だにしない完璧なカーテシーです。


「白々しいぞ、マリアンヌ! よくもぬけぬけと僕の前に顔を出せたものだ!」


アルフレッド殿下は、わたくしを指差して叫びました。

その指先が小刻みに震えているのが見えます。

前腕の筋肉が不足している証拠ですわね。

剣の稽古をサボっているのが丸わかりです。


会場の音楽が止まり、静寂が訪れました。

ざわめきすら消え、全員の視線がわたくしたちに集中します。

これぞまさに、断罪イベントの始まり。


「殿下、一体何のお話でしょうか? わたくしには心当たりがございませんわ」


「しらばっくれるな! 君がリリィに対して行ってきた数々の嫌がらせ、すべて調べがついているんだぞ!」


殿下は顔を真っ赤にして捲し立てます。


「リリィの教科書を破り捨てただろう!」

「階段から突き落としたそうじゃないか!」

「お茶会で彼女のドレスにワインをかけたことも知っているぞ!」


根も葉もない冤罪です。


教科書を破る?

紙ごときを破るのに、わたくしの握力を使うのはエネルギーの無駄です。

もし本気を出せば、教科書どころか机ごと粉砕してしまいますわ。


階段から突き落とす?

そんな危険なことをして、もし彼女が受け身を取り損ねたら大怪我をします。

人命に関わるような雑な暴力は好みません。

やるなら、関節を極めて動けなくする方が平和的です。


ワインをかける?

貴重なブドウの糖分を無駄にするなんて、トレーニーとしてあるまじき行為です。


「殿下。そのような非効率的な嫌がらせ、わたくしの美学に反しますわ」


「なんだと? 非効率だと……?」


「ええ。もしわたくしがリリィ様を排除しようと思ったのなら、証拠も残さず、悲鳴を上げる間もなく処理いたしますもの」


つい本音が漏れてしまいました。

周囲の貴族たちが「ヒッ」と息を呑む音が聞こえます。

おっと、いけませんわ。

か弱き令嬢設定を守らなくては。


「ひどいですぅ、マリアンヌ様……! 私、怖かったですぅ……!」


リリィ様が殿下の胸に顔を埋め、嘘泣きを始めました。

殿下は彼女を庇うように抱き寄せ、わたくしを睨みつけます。

その姿勢、猫背気味ですわよ殿下。

それでは腰を痛めます。


「見たか、この怯えようを! これが何よりの証拠だ!」


殿下は勝手に納得し、声を張り上げました。


「マリアンヌ・ド・ラ・フォルス! 心の醜い女め! 僕は今この時をもって、君との婚約を破棄する!」


婚約破棄。

その言葉が放たれた瞬間、会場にどよめきが走りました。


わたくしは扇子の下で、口角が上がるのを必死に抑えました。


やった。

やりましたわ。


これで、あの地獄のように厳しい王妃教育から解放されるのです。

毎日何時間も拘束され、刺繍だのダンスだの、筋肉の役に立たないことばかり強要される日々。

トレーニングの時間を確保するために、どれほど睡眠時間を削ったことか。


これからは自由です。

好きなだけプロテインを飲み、好きなだけバーベルを持ち上げられるのです。


ありがとう、殿下。

ありがとう、リリィ様。

あなたたちの愚かさが、わたくしに自由を与えてくれました。


「謹んで、お受けいたしますわ」


わたくしは満面の笑みを浮かべないよう注意しながら、静かに頭を下げました。

その潔さが気に入らなかったのでしょうか。

アルフレッド殿下の顔が、怒りでさらに歪みます。


「なんだ、その態度は! 少しは反省の素振りを見せたらどうなんだ!」

「反省と言われましても。やっていないことを認めるわけにはいきませんので」

「まだ言うか! 往生際の悪い!」


殿下は苛立ちを隠そうともせず、パチンと指を鳴らしました。

すると、会場の四隅に控えていた近衛騎士たちが、一斉に剣を抜いて駆け寄ってきます。


「この女を捕らえろ! 地下牢に放り込んで、罪を認めさせるんだ!」


あら、穏やかではありませんね。

地下牢なんて湿気が多い場所は、筋肉によくありません。

カビや雑菌は免疫力低下の原因になりますし、何より食事が粗末でしょう。

タンパク質が不足すれば、一日で筋肉が分解され始めてしまいます。

いわゆる「カタボリック」の状態。


それだけは絶対に阻止しなければなりません。


わたくしを取り囲む騎士たちは、総勢十名。

全員が武装し、殺気立っています。

普通のご令嬢なら、この威圧感だけで失神してしまうでしょう。


ですが、わたくしの目には違った情報が映っていました。


右の騎士、重心が左に偏っている。右膝に古傷があるのかしら。

正面の騎士、剣の構えが大振りすぎる。初動が見え見えですわ。

後ろの騎士、呼吸が浅い。スタミナ不足ね。


全員、トレーニング不足です。


「マリアンヌ、覚悟しろ! 抵抗しても無駄だ!」


殿下が勝ち誇ったように叫びます。

リリィ様も、意地悪な笑みを浮かべてこちらを見ています。


抵抗?

いいえ、わたくしは抵抗などいたしません。

ただ、身を守るだけです。

降りかかる火の粉を払う程度の、軽い運動ですわ。


「皆様、あまり手荒な真似はなさらないでくださいませ」


わたくしは扇子を閉じ、そっと溜息をつきました。


「わたくしのドレス、とても繊細な生地でできておりますの。もし破けたりしたら……」


中身が露出してしまいますから。

背中に刻まれた、鬼の顔のような筋肉が。


「問答無用だ! やれ!」


殿下の号令と共に、騎士たちが一斉に飛びかかってきました。

四方八方からの同時攻撃。

逃げ場はありません。


一般的には。


わたくしは一瞬だけ、全身の筋肉に意識を集中させました。

ドレスの縫い目さん、頑張ってくださいまし。

これから少しだけ、無理をさせますわよ。


スローモーションのように見える騎士たちの動き。

わたくしはスカートの裾を軽く持ち上げると、優雅なステップで最初の一撃をかわしました。


さあ、ダンスの時間ですわ。

ただし、リードするのはわたくしですけれど。


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