十二話 運命を変えるための一歩 下
二人は変わらずカフェの奥まった席で向かい合っていた。
リリカの真剣な雰囲気に押されてテリオラが防音の魔術を施してくれたので外へ話が漏れる危険はない。
概要を話し終えたリリカはほっと息をついた。吐息には微かな恐怖と、口に出して言えたことの開放感が含まれていた。胸のつかえがとれたようだ。
一方でテリオラは頭を抱えるように顔を伏せた。俯く瞳は動揺に激しく揺れていた。
「つまりなんだ……リリカ・マグノロスは処刑されるまでの一年を繰り返した結果自暴自棄になって怪しい術であんたに自分の人生を押しつけた。それであんたは処刑される運命を回避しようとリリカの評判を塗り替え、いざという時のために自由にできる金銭と社会的地位が欲しいって……?」
「まとめるとそういうこと」
「勘弁してくれよ……まじで言ってんの?」
「本気。私はリリカの運命を変えて彼女にこの人生を返したいの」
これについてなにか知らないか、とリリカは鞄からあの奇妙な文様の書かれた紙を広げて見せた。
「もしかしてこれがその怪しい術の……?」
「そう。多分魔術だと思うんだけど」
「魔術の術陣なんて文献でいくつか見たことあるだけだけど……これは――」
「知ってる?」
「見たことあるような……?」
「本当!?」
眉をひそめて深く考え込んだテリオラに、思わず身を乗り出した。期待したリリカの視線を振り切ろうとテリオラは大きく首を振る。
「いやなんとなく見覚えがある気がしただけだ……なんも分かんねえ」
そもそもこうして術を記載して魔術を発動する方式はずいぶん昔に廃れていて、今じゃほとんど伝承されていないらしい。
「古代魔術の本か歴史書で似たようなものを見たんだと思う。でもそれだけだ。これがなにを表してるのか俺には分からない」
「リリカはこれで呼びだしたなにかに願いを伝えて、結果として私がこの世界にやってきてリリカに憑依したの。そうしたら元のリリカはどこへ行ったと思う?」
「さあ……そのまま消滅した、逆にあんたの元の身体に入っているか……それともそのなにかの元にいるか。考えられるのはそんなとこか」
「じゃあ、リリカがどこかにいるとして元に戻すことはできる?」
「魂の肉体の移動なんて想像もつかないけど……すでに一回できたんだから戻るのもできるんじゃね?」
「ほんと? ――なら、よかった」
可能性がある。今はそれだけでもいい。
ほっと安堵するリリカに、テリオラが苦い顔をした。
「疑問なんだけど、なんでそんなに頑張るんだ? そもそもあんたはリリカ・マグノロスじゃないだろ。それなら聖女の殺害なんて犯さないだろうし、処刑を心配するなんてしなくてもいいんじゃんか。それにリリカは何度も繰り返して、けど毎回処刑されたってことは反省もせずに毎度聖女を殺そうとしたってことだ。自業自得じゃん」
「……反省もしないっていうのはちょっと違うかな」
テリオラにとってリリカ・マグノロスは世間と同じように癇癪持ちで家の権威で好き放題するお騒がせの災害みたいなもの。けれど、彼女の内面まで知る茜にとっては違う。
「私にとってリリカは可哀想なぐらい献身的な女の子なの」
悪女と評されるリリカ・マグノロスは、家族に対してはどこまでも献身的で健気な少女だった。
小さな子どもが盲目的に親の背中を追いかけるように、彼女にとっては家族が全てだ。
リリカは家族に声を荒げたこともなければ我が儘を言ったことはない。外で騒ぎを起こすのも、そうすれば家格を落としたくない両親が後始末をしてくれるからで、そんな両親の姿に自分もマグノロス家の一員なんだと実感する――そんな歪んだ思想のせい。
聖女への殺害を企てるに至った嫉妬心や憎しみも、家族への執着から来ている。
そっと目を閉じて記憶を振り返った。
きっかけはリーベがシャリテに惚れ込んだことから始まる。
世間からの評価もうなぎ登りで両親や兄の視線すら奪った女。リリカにとってシャリテとはそういう女だった。
けれど、リリカはリーベの恋心を聞いても、両親が聖女を褒めちぎってリーベの恋を応援しようと、憎らしく思いはしてもシャリテに危害を加えようとはしなかった。
むしろ、リーベがシャリテと結婚するなら神殿との繋がりができる。それならば自分は両親が望んでいた王族との結婚を叶えようと王太子へ必死にアプローチしていたほどだ。そうすれば、両親や兄は自分を見てくれると信じていた。
まあ結果は散々である。
シャリテは王太子の関心すら奪い、リリカの嫉妬心が最高潮になったころにそれを目撃してしまう。――家族三人とシャリテが話をしているところを。
――うちの娘も聖女様のように民心を思ってもらいたいものです。あの子は周囲に迷惑ばかり掛けていて……。
――私たちの育て方が悪かったんでしょう。どうしてあんなに他人を思いやることも出来ない子になってしまったものか……。
聖女様のように、と口々に望む両親の声、賛同する兄の声。
つぎはぎだらけでどうにか形を保っていたリリカの心は、そこで限界に達したのだ。
そのときの痛みは色褪せることもなくリリカの記憶に焼きついている。それを知っておいてどうやって疎むことが出来るだろう。家族からの愛情が欲しかっただけのたった十六歳の少女を。
「……公女様も苦労なさってたんだな」
静かに聞いていたテリオラにふと憐れみが浮かぶ。内心でリリカは同意を示した。
(そうなの。リリカはどこまでも耐え切って……でもそれは十六歳の少女が抱え込むには重たすぎた)
結局抱えきれず、最悪な形で発露されてしまったのだから。
(でもテリオラの言うことも理解はできる……)
最初の人生では仕方がなかったとしても、その後の繰り返しではリリカだって処刑に至る罪状は理解していたはずだし、死にたくないと願う彼女なら憎しみを抑えて聖女と関わらない道だって選べたはずだ。
(リリカが家族への執着を捨てられなかったというのも分かるけど、それでも死ぬよりは良かったんじゃない……?)
死ぬことも構わないと嫉妬心に身を焦がした? だが、そんなふうに振り切っていたなら茜がこうしていることがおかしい。彼女の行動は矛盾していることになる。
まるでその道筋しかないように、過程は異なっても全ての人生でリリカは聖女シャリテへ危害を加えようとした。その先は全て同じ結末だ。
「で? あんたは公女様が可哀想だからって関係ない女を苦労して救ってやろうとしてるわけだ」
「救ってあげようなんてたいそうなことは思ってないよ。――でも、十六歳の女の子が死にたくないって一人で泣いていた。助けたいと思うのなんてそれだけで十分でしょ」
断言したリリカに迷いや戸惑いは一縷も存在しなかった。それが正しいと信じて真っ直ぐにテリオラを見据えている。リリカの燃えるような煌々とした瞳に、テリオラが息を飲むのは必然だった。それほどリリカ――茜の意志は眩しく、思わず胸を震わせるほど強かったのだ。
「……分かった。あんたの計画に乗るよ」
「信じてくれたの?」
「あんたの目は嘘をついてるようには見えないからな。よろしく。仮の公女様」
差し出された手に、リリカは喜び勇んで両手で応えた。




