十一話 運命を変えるための一歩 上
リリカからの提案に、テリオラは詳しい話も聞かずにそれはもう苦い顔をしたものだ。
胡散臭い者でも見るような視線は心外である。違うんだと、リリカは首を振った。
「実は魔術で作りたいものがあるの。でも私じゃ知識や技術が足りないからあなたとの共同研究をしたいんだけど……」
アカデミーでは卒業までに自身の専攻についての研究が必須とされている。もちろん複数人での共同も認められているし、今回の提案も魔術の効率的運用方法だの新たな利用様式だの言えばアカデミー側には十分に認められるだろう。
なにより、これの実用が可能であれば国からの覚えもめでたく周囲への悪評も払拭、かつ新たな事業として儲けも出てウハウハ――というのも夢じゃない……と思っている。
「それでなにを作りたいんだよ」
世間知らずなお嬢さんの戯言だと思ってるんだろう。あからさまにテンションの下がった顔で訊かれ、リリカは綺麗な笑顔の下で青筋を立てた。しかし今頼りになるのはテリオラしかしないのだ。
(深呼吸よ……深呼吸)
苛立ちを抑えながらリリカは紙を取り出した。苦手ながらも四苦八苦して図を描くと、テリオラの目にきらりと興味が宿った。
「なんだこれ……馬車? いや、でも馬がいない」
「魔石機関車ってあるでしょ? あれと同じ理論で魔石の魔力エネルギーを使って車輪を動かす馬のいない馬車――車を作りたいの」
魔石機関車の存在を知ったのは、アカデミーからの書信を待つ間に手当たり次第に本で情報を収集していたときのことだ。茜の世界にもあった蒸気機関などと作りはほぼ同じ。その動力源は魔力を持つ鉱石――魔石だ。
魔石機関車は主に物資の運搬に使われている。客車もあるが上等な内装で整えられたその料金を払えるのは貴族ぐらい。そもそも停車駅が少なく、長距離の移動には便利だが近距離のちょっとした移動には使えないのだ。
そこでリリカが思いついたのは「自動車」の開発だった。そう。この世界には機関車はあっても車はまだ開発されていない。
「たしかに理屈で言えば魔石で動かすことは可能だな……馬車みたいに馬の管理や世話を気にしなくてもいいし、それに馬車より速度も出せる」
「そうなの。学生の身じゃ支援でもらえる魔石の量も多くはないし、エネルギーが必要な大型のものは難しいだろうから一人か二人が乗っても動くような小型のものをひとまず試作したいなって思って」
イメージで言えば屋根のあるバイクに近いだろうか。といっても慣れてないこっちの世界の人に二輪タイプは危険が大きいので三輪か四輪にして転倒リスクなどは軽減したい。
「でも一人か二人って、要は乗る人間が自分で操作するってことだろ? こんな魔石を使った装置なんてどうしたって値段はつり上がるし、かといって貴族が自分で操作するとは思えねえけど」
「それは追々改良を重ねて大きくして人も乗れるように、そして荷台の作ったものも作りたいと思ってるわ」
そうすれば地方の農民たちにも受け入れられやすい。一家に一台……と行かずとも、共同での所有を促したって良いのだ。各領主にアピールして配布してもらう手もある。
一番大事なことはこの車の基礎となる原型、そして動力部分の設計を誰よりも早く国に認知してもらうことだ。
「どう? 一緒に作ってみない? もちろんあなたの知識を大きく借りることになるから利益はあなたの納得の行く形で分配するわ」
アカデミーの卒業研究もこなしつつその後の事業発展もある。
なによりテリオラは探究心が強いんだろう。
リリカが提示した自動車という新たな発想に、青い瞳がきらきらと好奇心で輝いている。それでも彼の口許はへの字に曲がって悩ましそうだ。果たしてなにが決め手にかけるのか。
素直に訊いてみると、テリオラはちらりとリリカを窺い見てから居住まいを正した。強張った身体には緊張が見える。……そんなに言いづらいことなんだろうか。
「いい話だとは思う。発想も面白いしやってみたいと思う。けど、不安がある」
「なに?」
「……公女で金なんて腐るほど持ってるだろうあんたがわざわざ開発っていう苦労する道を選んでまで金儲けをしようとしてること。その相手が貴族でもなんでもない平民の俺ってこと。しかもしっかり利益は分配するなんてこっちに都合が良すぎること」
怪しむなって言うほうが無理だろ、とテリオラは虚勢を張るように肩を竦めて芝居がかったように言った。リリカを見る瞳にはかすかな怯えが見える。
(……ああ、そっか)
とにかく必死で忘れていたが、リリカが不安なようにテリオラだってリリカを信用できないのだ。
しかも悪女だなんだと悪評のある公女様相手ときたら裏を探るのも仕方がない。なにより貴族と平民――身分という見えない壁がある。
一呼吸の間にリリカは心を決めた。
「ねえ、テリオラ。あなた口は堅い?」
「まあ軽くはないと思うけど……そもそもアカデミーには俺みたいな平民なんかと口をきくやつはほとんどいないしな。公女様の秘密を知って俺が話したところで信じる奴はいないと思うぜ」
「わかった。ちなみにこれを話すのは決してあなたのことを侮っているわけでも軽んじているわけでもないから。一緒にやっていく上で、信用して欲しいから話すの。それで助けてもらえたらと思う」
どこまでも強く真摯な赤い眼差しで言い切った。射抜かれたテリオラは知らぬ間に息を止めてその瞳に呑まれていた。




