十話 初めてのアカデミー 四
場所を変えて魔術科の校舎内にあるカフェスペースである。
生徒の憩いの場としてそれなりに繁盛している場だが、リリカが赤い髪を翻して現れた途端に空席だらけになった。
さすがに店の者が可哀想だったので多めにチップを渡し、声が聞こえないように奥まった席につく。
目の前には死刑を言い渡された罪人のような顔色の男が小さくなっていた。
「そんなに緊張しないで。まず名前を聞いてもいいかしら」
「……テリオラです。ド庶民なもん名字なんて高貴なものは持ち合わせてません」
「テリオラね。よろしく。知っていると思うけど私はリリカ・マグノロス」
「ハイ。よく存じ上げております」
ずいぶんカタコトだ。まあ市街内でも店を閉店に追い込んだりと暴れていたので市民にも悪評が知れ渡っていても仕方がない。
そんな悪印象を吹き飛ばそうとリリカは咳払いとともに努めて穏やかに笑った。
「実はお願いがあるの」
「お願い、ですか」
「そう。お願い。――それよりそのとってつけたようなカタコトな敬語はやめましょう。べつに咎めたりしないから楽に話して」
「はあ……じゃあ遠慮なく」
半信半疑な相づちに反し、テリオラは「で、お願いって?」とすぐに順応して見せた。小心者なんだか怖いもの知らずなんだかよく分からない男だ。しかし、リリカにはそういうところが好印象だった。
「魔術のね、使い方を教えて欲しいの」
訊くやいなやリリカは時が止まったような錯覚を覚えた。テリオラが両目を目一杯開いて硬直したままぴくりとも動かないのだ。
しばらく観察していれば、青い虹彩がふらりと宙を見た。そうして「もしかして魔術の使い方を教えて欲しいって言いました?」なんて言ってのけた。
「一語一句違わず言ったわ」
「あ、夢じゃなくてまじだったんだ。え、でも公女様だって魔術師だからこっちに転科してきたんすよね? 魔術って生来のもんだし直感で分かりません?」
本来のリリカならばそうだったかもしれないが、茜である今のリリカは全くこれっぽっちも分からないのだ。
使えたら役に立ちそうだなと思って訊いてみたが、これでは望みは薄いかもしれない。
そんなリリカの落胆とは裏腹に、テリオラは難しい顔をしつつも鞄から教材を出して一番最初――いわゆる基礎となるページを開いて見せてきた。
「俺は感覚派なんで教えるのは上手くないけど、一般的に言われてるのは体内、もしくは外部の魔力を感じ取って見えない手でこねくり回す……ような感じ?」
「魔力を感じるってどうしたらいいの」
「さあ? 生まれた時からなんとなく分かってたんでなんとも言葉にしづらいな」
少し考えてからテリオラが言った。
「目を閉じて身体の中に意識を集中させるとなにかが動いているのが分かるんだ」
その言葉を信じてリリカは瞳を閉じた。意識を自分の身体へと向ける。
すると、なんとなくこれかなと思う不思議な感覚を見つけた。だが、これを一体どう操るというのか。
「あのさ、見えない手ってなに?」
「そのまんま実在しない手のこと。魔力が分かったなら意識の中で触るような感じ。体内のものを使うときは身体の中からこう……引っこ抜くような感じ」
つまり体外へだすことでエネルギーとして消費するということか。
言われたまま手をイメージして意識の中で魔力を手を伸ばす。そのままイメージ上では掴んで引っ張ってみようとしたのだが――。
「い、ったい――!」
思わず自分の手を見た。いま、弾かれた……?
魔術に触れる直前、まるで拒むように電気が走ったように感じたのだ。その感覚をそのまま伝えてみると、テリオラはさらに難しい顔になってしまった。
「えー……そんなの聞いたことねえ。なんで魔力はあるのに使えないんだ?」
外部のエネルギーならばいざ知らず、体内の魔力を使うのは自分の手足を操るようなもので、まず使えないという感覚が理解出来ないという。そういったケースも見たことはないそうだ。魔力を持っていることと魔術を使えることは必ずイコールで繋がるのだと。
ふとリリカは呟いた。
「……中身が違うから」
「え? なんか思い当たることでもあるんですか」
最初の怯えはどこへやら。今は目の前の謎を解き明かそうとテリオラは積極的に身を乗り出して来る。少し考えてからリリカは答えた。
「……魔術や聖力は、神の加護と呼ばれているでしょ。もし、中身が別人になっても肉体が同じなら変わらず魔術は使えると思う?」
「一般的に魔術師とそうでない者の身体構造は一緒だって言われてるし、それ以外の部分――いわゆる魂に加護が宿ってるんじゃないかって通説だ。その理論で行くと多分中身である魂が変わってしまうと加護も消えると思う」
リリカから茜に変わっても魔力自体はあるので加護が完全にないわけじゃない。いや、もしかしたら魔術とされる加護の定義が間違っているのか。
ひとまず今のリリカに魔術が使えないことは確認できた。そうなれば次の段取りに移りたい。
不意にちらりとテリオラを見た。
(この人で大丈夫かな……)
今後の計画に誰かの協力は必要不可欠。そしてリリカへの色眼鏡が強い貴族相手ではそれが望めないことも分かっている。かといって会ったばかりのテリオラをどこまで信用してもいいだろう。
(あからさまに顔に出るし隠し事ができるタイプじゃない。クラスでも孤立してたところを見ると貴族にすり寄るようなことはしてなさそうだし野心があるようには見えない)
それならば賭けたい。どうせ処刑が言い渡されるまで一年もないのだ。
無人の広いカフェスペース――しかも奥まった一席じゃ聞くものなんていやしない。だが、リリカは自然と身を乗り出していた。生真面目な顔のリリカにつられて自然とテリオラも息を止めた。
「テリオラ。あなたお金儲けに興味はない?」




