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03.出発の前に2

03.出発の前に2


 ●


 ────一時間後。

 あれからシュテルンと店主の心遣いというデザートの数々に感謝し、食べきったブランシュは家へと戻って。

「うっ……」

 と、苦しそうに声を出した。甘味は甘味。美味しいとはいえ、甘い食べ物を連続で食べたブランシュは頭がクラクラしたが何とか家に辿り着いた。

 家はあまり寄り付かないこともあってこじんまりとした集合住宅の一室だ。最低限の生活と物置きができるぐらいの広さである。ブランシュは先ず冷えたコップに、同じく冷えた水を注いで飲んだ。頭が冷えたところで、二人がけのソファーに座った。

「ふう…………」

 一息吐いて、ブランシュは思い出す。

 ソファの前に置かれた背の低いコーヒーテーブルの上に置かれた一通の手紙。何日もかけて配送業者に運ばれた手紙に視線をやって、ブランシュはソファから手を伸ばして手紙を手に持った。南大陸から、ここ西大陸まで運ばれて来た手紙。

 柄も特に入っていない真っ白な手紙の封筒にはブランシュの住所と、送ってきた人物の住所が書かれていた。

 文明が発達した今の時代では手書きの文字を書ける者は少ない。上流階級の嗜みになってしまった手書きの文字。年々、上質な紙やインクの値段が上がっているのだが、まだ彼と手紙でのやり取りが続いている。

「…………」

 無言でブランシュは封を解く。紙の音が懐かしい。ブランシュは封筒から紙を取り出す。

 紙の音、匂い、それは遠い昔の情景を思い出させる。

 ブランシュは折り畳まれていた紙を広げ、書かれた文字を目で追って読む。

「ブランシュへ──、」

 紙に書かれた文字は丁寧で、相変わらずだな、とブランシュに思わせる。

 ブランシュへ、と書かれた文字を声に出す。内容は近況報告と、ブランシュやブランシュの仲間たちへの気遣い。変わったことはないか、困ってはいないかといつものように心配してくれる言葉が数枚に渡って書かれている。

「…………変わらないなあ。なんて返事しようかな」

 ブランシュは紙を暫く眺める。眺めた後は、部屋のどこかにしまってある紙とインク、レターセット一式を探そうと思い、ソファから立つ。

 部屋の隅に置いてある収納棚へ向かい、ブランシュは引き出しの取っ手に手をかける。

 ……ここだよね。

 大雑把な性格が災いし、片付けはするが整理整頓はきちんとしていないブランシュは記憶を頼りに手紙のセットをしまった場所を当てる。ここにしまうのだと、自分で決めて守ればいいのだがブランシュの性格的に難しいようだ。

 自分の記憶頼みな収納はやめたほうがいいとブランシュもいい加減に思っている。

「…………」

 引き出しを開けれて真っ先に視界に入ったのはレターセットだった。記憶通りで良かったとブランシュは安堵した。

 真っ白なレターセットとインクを手にしようと思ったが、手を止めてやめておくことにした。

 ブルーシアの話を聞いてからにしようと思ったのだ。

「……あれやこれやと語るには、その方がいいかもね」

 ブランシュは開けた引き出しを閉めて、部屋の壁面クローゼットの前に歩いていきクローゼットの扉を開ける。ブランシュはクローゼットの中を見て、眉を下げた。

「…………いつか、これを着る時が来るのかな」

 ブランシュは呟き、クローゼットの扉を閉めた。

 逃げ出した自分だが、もう一度戦える時が来るのだろうか。

 ブランシュは眼を閉じて、過去の記憶を思い出す。目を開けて、クローゼットの扉に手を当てた後、溜め息を吐いた。

「……準備、しなきゃね」

 誰が聞いているわけでもないが、ブランシュは旅支度の準備を始めることにした。


 ●


 ────ブランシュへ。

 元気にしているか、変わったことはないかと相変わらず訊きたくて手紙を出した。

 こっちではいつもの日常を送っている。忙しい、といえば忙しいが仲間もいる。

 お前のところはどうだ?

 フレーチェ、セレエルは息災か?

 ブルーシアは……ヴェルに無茶を言ってるだろう。ノエルは姉と仲良くやってるのは訊かなくても分かっている。

 ロシュはいつも通りか。

 お前の妹は元気か? プテたちも元気でやってくれていると嬉しい。


 最近、空間の歪みをよく見かける。魔界の欠片や魔界の残滓に注意してくれ。

 そして、あいつらにも。

 俺の手が届かない場所ではお前に頼るしかない。


 また、返事を。


 ●


 ────ブランシュは簡易な旅支度をして、この町ソルローアルの自警団の拠点に訪れていた。

 ブランシュを待っていたブルーシアが腕を組んで立っている。

「……ノエルから聞いたわ」

 ブルーシアの言葉にブランシュは自分の後頭部を撫でた。先程のシュテルンの店で振る舞われたデザート祭りのことだろう。

「遅くなってごめん……」

 怒っている様子ではないが、ブランシュは謝った。謝罪されたブルーシアは眉を吊り上げた。

「……仕方ないわ。魔法を使った後は甘いものが一番なんだから」

 ブルーシアはそう言った後に咳払いをし、話を続けた。

「……さて、あなたが捕まえて来た連中の話をしましょうか」

「……あ、うん。そうだった」

 配送業者を襲っていた連中。ブランシュは連中の身のこなしを見て、素人だと素直に感じた。長らく、盗賊まがいのことをしているならそれなりに動けているだろう。

 ついこの間、盗賊になりました。そうブランシュに感じさせるぐらいには彼らの動きはそれほどに、お粗末で制圧しやすかった。

 何があって盗賊崩れになったのか。

「うちは山に囲まれた辺境の町。下へ降りていくとそれなりに町があるわよね?」

「そうだね」

 西大陸の奥の方で山に囲まれた町ソルローアル。山から降っていけば、下の方にはそれなりに町はある。移動手段も。

 山に囲まれた場所に引っ込んでいる、この町がワケありっていうのもあるのだが。

 ブルーシアは唇に指を当てる仕草をした。

「どうも、彼らは下の方の町に住んでいて、それなりに真面目に働いていたみたいなの」

 ブルーシアの話をブランシュは黙って相槌を打って聞く。

 話の裏どりはまだいい。ブランシュはブルーシアの話の続きを待つ。

「彼らの住んでいた町はうちに比べたらかなり近代的みたいなの。まあ、そこはいいとして。町に、ブラッディロードが現れたのよ」

 ブルーシアから出たブラッディロードという言葉にブランシュは大きなため息を吐いた。

 ブラッディロードとは強大な力を持つ種族。不老長寿で長い時を渡って生きている。その強い力故に、ブラッディロードは世俗から離れて時としてこういう問題を起こす。彼らは己の欲望のままに生きる個体が多い。

 ブランシュとて、長い時を生きている身。ブラッディロードと戦った経験はある。

「…………ブラッディロード、ね」

 町の占拠など、ブラッディロードには軽くやれることだ。軍を動かそうにもブラッディロードの力は国軍では対処出来ない。彼らの住む町は軍にも見捨てられ、ブラッディロードの支配下になっているのなら同情の余地はあるだろう。

 そして、ブルーシアの言っていた旅支度、というのは彼らの住んでいた町へ行く、ということだろう。調査し、可能であればブラッディロードを撤退させる。

 …………シュテルン達のデザート、食べておいてよかった。

 ブランシュはこれから起きるであろう戦いの予測を頭に描いて、シュテルンに感謝した。

「同行者はセイアだけ?」

 ブラッディロードが相手なら、ブランシュ独りでもやれなくはないが怪我は避けられないだろう。なるべくなら、他の戦える者に同行してもらいたい。

 セイアと二人は少し、不安なのだが……、とブランシュが言いたげなのはブルーシアも感じ取ったらしく。

「フランにも来てもらうわ」

 ブルーシアの答えにブランシュは喜びの表情を浮かべる。

 それなら分散の状況になっても切り抜けられるだろう。ブランシュは安心して行けるな、と思った。

「状況によっては私も介入するし。とにかく先遣隊として、その町に行って欲しいのよ」

 ……ああ、そういうことね。と、ブランシュはブルーシアの言葉を聞いて納得する。

 先遣隊として町に入って様子を見てくる。状況次第ではブルーシア達に援軍を頼む。

 先ほどの魔界の残滓といい、戦い続きだがまあいいだろうとブランシュは心の中で思う。昔よりは平穏。それに平穏を長続きさせたいのであるなら努力を惜しんではならない。

「……さて、すぐにでも発とうかな。二人は準備出来てる?」

「出来てると思うわ。……それより、檻に突っ込んだ連中の話聞かないの?」

「……戻ってきたら聞こうと思う。もし、彼らの言っていることが本当なら一刻も早い対応が必要だからね」

「そういうところ、昔と変わってないわね」

「そうかな?」

 ブランシュは自分の髪をいじる。左前髪は長く伸ばして巻いているので、自分で触っても何だか不思議な感触がある。

 昔と変わっていないという評価が良いものなのかどうかは考えものではあるが、ブランシュはセイアとフランと共に調査へ行くこととなった。

 杞憂であればそれでいいのだが。


 ────ソルローアルの町の出入り口付近。

 ソルローアルの町は外敵からの侵入を防ぐために高い石壁で町を丸ごと囲んでいる。勿論、結界魔法や防御魔法を町に仕込んであり侵入者を感知できるようにしている。町の出入り口にはカメラも仕掛けており、自警団が確認できるようにしているなどセキュリティ面では最新のものを使うなど資金を投入している。

 町の平穏のための投資だ、仕方ない。

 さて、その町の出入り口付近に集まった三人の女性。名前はブランシュ、セイア、フラン。

 時間は日が沈んで、空に夜闇が広がった頃。

 セイアは銀色の長い髪をロール巻きにしているお嬢様のような容姿の女性だ。ロール巻きのせいか髪がボリュームあるように感じる。金色の瞳を細めて、セイアは優しく微笑む。

「よろしくお願い致します、ブランシュ。フラン」

 丁寧なセイアの挨拶にブランシュはニコッと笑みを浮かべ、元気よく返事したのがフランだった。

「よろしくね! 二人とも!」

 明るい笑顔を見せたフランは二人に向かって手を左右に力強く振る。フランは元気な子で優しく、とてもいい子だ。

 赤みかかった茶髪に金色の瞳。髪には可愛らしい花の飾りをつけている。

 セイアもフランも戦いには慣れており、ブラッディロードが相手でも果敢に挑むタイプだ。

「この三人で行くなら特に決め事もなくていいかな」

 ブランシュは過去が過去なだけにこういうところは真面目できっちりしている。死……はこの三人の実力的にないだろうが、油断は命取り。自由勝手に動くことは時として命を落とす。といって、柔軟な判断が出来ない頭では戦場は生き残れない。

 臨機応変も大事だ。

 だが、この三人で組むのは珍しいことでもない。全員、武闘派だし。昔からの仲でもある。

「そうだね。通信機は常時つけておく感じでいいかな」

 フランが言って前髪を指で上げて自分の片耳を見せる。綺麗な赤色の石がついた耳飾り……ではなく、通信機が耳たぶからぶら下がっている。

 分散する形になっても大丈夫だろう。

 ブランシュは自分の内側にいるプテに声をかける。

「プテ、移動魔法の準備をお願い」

《ふわ〜、うん……いいの?》

「……ああ、剣を抜くことは出来ればしたくないからね」

《はーい》

 ブランシュの内側から透明な状態のプテが外に出てくる。プテは数分後には実体を持つようになり、いつものマシュマロふわもちボディーになった。

 プテはふよふよとブランシュの横に浮いている。すぐにプテの足下に紋章陣が出現する。

「場所は下降りたとこだからそんなに遠くないわよね? 列車とか使って数時間?」

 フランが自分の頬に指を当てる。フランの疑問に答えたのはセイア。

「一、二時間程度ではいけませんよ。最短、七時間ほどでしょうか」

「あら〜、結構下の方ね。西の大陸の国軍は何してるのかしら。十二闘将っていう強い人達がいるんじゃないの?」

「…………そういえば、そうでしたね。我々は奥地に引っ込んでいる故か世情に疎いので何か軍を向けられない事情でもあるのでしょうか」

 フランとセイアの世間話を黙って聞いていたブランシュは自分の顎に指を当てて考える。

 西の大陸には他大陸とは違う部分がある。世界を守る力があるとされる姫たちと彼女らを守護する十二闘将と呼ばれる猛者がいるらしい。

 遠い昔に、隠れ住むようにブランシュ達は西大陸の奥地へ引っ込んだ。

 世情についてはよく分からないが、十二闘将が見捨てた町に何かがあるのか。それとも、占拠したブラッディロードが手強い相手なのか。

 …………今考えても仕方ないか。

 ブランシュは先遣隊として調査に行くのだ。今はそれに集中しようとプテを見る。

 プテは短い手を挙げた。

「行くよ〜! 移動魔法! ぷっきゅう〜!」

 プテの声の後に紋章陣は広がって、紋章陣の光が三人を包み込む。光は一瞬、眩いほどに強くなって三人を包んだまま消えた。


 ●


 ────遠い昔の話だ。

 小さな女の子が泣いていて、自分は女の子を助けたかった。

 どうしたの、と聞けば女の子は言葉すらまともに話せなくて。どうして、って。

 女の子は自分と同じぐらいの年齢なのに。どうして言葉が話せないのだろう。

 文字すら教わっていなかった女の子は言葉も教わっていなかったんだ。

 …………どうして?

 だって、彼女は平民じゃない。貴族よりも……。

 自分はその頃、母親に、父親に様々なことを教わっていたから知識があった。学びに時間を割いて、暫く女の子に会っていなかった。

 少し、時間が経ち久しぶりに女の子に会ったら女の子は言葉を知り、文字を知っていた。

 誰に教わったんだろう?

 やっぱり、高貴な身の彼女だ。教師がついたのだろうと思った。

 だが、彼女は眉を下げて言った。

『私は望まれていない子だから……。教えてくれたのは、家とは関係ない男の子だよ』

 この時、初めて周囲への不信感が生まれたのはよく憶えている。

 …………だって、君は…………。

 自分が見えている彼女は王になれる器だ。いや、君こそ王に立てる存在なのに。

 何故、彼女から奪ったの……?


 ●


 ────ソルローアルの町。

 町の長でもある彼の家は他の家よりも大きく、広い。本人はここまで大きく造る気はなかったのだが、大きく立派に造られてしまった。

 離れも大きく造られ、正直なところ何に使えば、と困惑したのも懐かしい。今はその離れを活用し、町に住む者の声を聞く場所となった。部屋の奥に豪華な椅子が置かれており、離れの入り口から奥にある椅子までの距離は十数メートル。

 本当に当初は使い道に困った造りの離れの家だ。

 夜も深くなり、何もなければ本宅に戻る頃だがそうは出来ない。

「…………旅立ったか」

 大きな窓から外を眺めていた。ブランシュ達が移動魔法を使ったことを確認した彼は窓から離れる。

「うわ────ん‼︎ ブランシュに置いてかれたあああっ!」

 傷ついたよ〜! と、嘆きながら泣くのはピンク色の髪の少女だ。後ろは短く切り揃えているが、前髪はお腹に届くほど長く伸ばしたピンク色の髪、ほんのりと青みがかかっていて不思議な印象を与える。大きな金色の目から大粒の涙を流して本当に泣いているのはフレーチェという女性。

 フレーチェはわんわん泣き、町の長である男性は戸惑いながらフレーチェにハンカチを渡す。

「ルーニオざまっ! ありがどうございまず……! ぐすっ。ひどくないですか? フレーチェ、置いてかれました……!」

「お前を思ってのことだろう……」

「私のこと思ってるなら連れてけ! このヤロー! です!」

 フレーチェは渡されたハンカチを受け取ると握り締めてブランシュへ届かない文句言った。

 …………涙を拭いてくれ。

 ソルローアルの町の長・ルーニオは思ったが口には出さなかった。

 側に控えていたルーニオの妹・セレエルが苦笑と共に呟く。

「私も置いてかれましたので……」

 ルーニオから見れば妹も置いていかれたことが不満そうだと感じ取れた。

「お前達は大人しく出来ないのか……」

「うう……、分かっていますう……。町の警備もありますけども、でもぶっちゃけ町の警護ってブルーシアちゃんとセレエルちゃんいれば良くないっすか?」

「……フレーチェ」

「は、はい、ルーニオさま……」

 ルーニオの銀色の長い髪が揺れる。ルーニオは窓から見える夜空と月を見つめる。

「あの事件を忘れたのか、フレーチェ」

 あの事件、とルーニオに言われたフレーチェは頭を横に振る。

「忘れておりません、ルーニオさま。すみません……」

 フレーチェは謝罪し、頭を下げる。ルーニオはフレーチェの頭に手を置いて撫でる。

 撫でられ、フレーチェは目を閉じた。頬に涙が伝って、涙は床に落ちる。

 …………どうか、あの子らの歩む道に祝福を…………。

 願ったのはフレーチェ。それは過去から現在へ、そして未来へと変わらず。

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