9.提案
ラリエットが懸念していた通り、紹介が終わってもアリエルは席を外さなかった。
そりゃそうだ。「仲良くなりたい」と言って部屋に入ってきたわけだから。
(とは言っても・・・。いきなりこう来る?)
ラリエットが面食らうのも仕方がない。アリエルは挨拶を済ませたかと思うと、迷うことなく、エドガーの隣に腰を下ろしたのだ。
「未来の義理のお兄様になるんですね! 仲良くしてください!」
自分の婚約者に対し、合わせた両手を頬に沿え、可愛らしく首を傾げてにっこりと笑って見せる異母妹に、ラリエットは呆れると同時に下腹の方から嫌悪感が湧き上がってきた。隣の座るエドガーを見ると困惑しきりの表情をしている。彼はラリエットに見つめられていることに気が付き、呆れたように小さく肩を竦める仕草を見せた。そんな自分にだけ見せるサインのような仕草に、ラリエットは少しだけ溜飲が下がった。
暫くの間、当たり障りのない会話をしながら三人でお茶を楽しんでいた―――楽しんでいたのは若干一名だが―――。アリエルは礼儀に反しないよう丁寧に自分と会話をしてくれるエドガーに、早くも親しくなれたと思ったようだ。急にこんな提案をしてきた。
「今日は天気もいいですし、お庭をお散歩しませんか!?」
名案とばかりに弾んだ声をあげ、顔の前でパンッと手を叩いた。そして、
「いかかですか? エドガー様?」
可愛らしくコテッと首を横にしてエドガーに微笑んだ。
「それはいいね。気持ち良さそうだ」
エドガーはにっこりと頷いた。
「じゃあ、行きましょう!」
アリエルは嬉しそうに立ち上がると、まだ座っているエドガーの腕を引っ張った。そして、ラリエットに振り向くと、
「お姉様も早く・・・って、あ! そうだわ! お姉様は足を怪我しているのだったわ。では無理ね・・・、やっぱり止めましょ・・・」
と、とても残念そうな顔をして俯いた。
(すごっ・・・。清々しいほど白々しい・・・)
ラリエットは思わず目を丸くして彼女に見入った。
チラチラッと上目遣いにラリエットの顔を伺う異母妹。
『私のことは気にしないで二人で散歩してきたら?』
そんな言葉を待っていることは一目瞭然。きっと、小説のラリエットなら、主人公ならではの寛大さと鈍感さと純真さでこのようなセリフを言うはずだ。
しかし、実際のラリエットは違う。小説のラリエットより寛大さも純真さも若干、いいや、大いに欠けているところがある。そして、何よりも転生者で、この異母妹の腹黒さを十分に知っているのだ。
呆れた思いもあるが、無意識に意固地になっているのかもしれない。アリエルの望んでいる言葉をどうしても発することができない。
困った顔のまま黙っていると、エドガーが立ち上がった。そして、事もあろうに、
「止めることはないよ。行こう」
そう言ったのだ。
☆彡
「止めることはないよ。行こう」
エドガーの言葉にラリエットは耳を疑った。
まさか、エドガーがそんなことを言うなんて。今の私が長時間歩けないって知っているのに。一緒に散策なんてできないって分かっているはずなのに・・・!
ラリエットは自分の体温がサーッと冷めていく感覚に陥った。
(こんなにもあっさりと陥落されてしまうのね・・・)
あまりにも早いエドガーの心変わりに、怒りより虚しさと悲しみが湧き上がる。
目頭が熱くなってきたので、慌てて顔を背けて、
「そうよ、二人で行ってらっしゃい! 楽しんできて!」
誤魔化すように無理やり明るく言った。待っていましたとばかりにアリエルの顔がパアっと明るくなった。
「いいの!? お姉様!? それじゃ、行きましょう! エドガー様!」
アリエルははしゃぐように返事をすると、再びエドガーの腕を取った。しかし、エドガーはそっと彼女から腕を引き離すと、ラリエットの方に近づいてきた。
「君もだよ、ラリエット」
そう言ってラリエットの手を差し出した。
「え?」
ラリエットはポカンとエドガーを見上げた。
「さあ」
呆けているラリエットにエドガーはさらに手を近づけた。
「で、でも・・・、私は足を捻っているので・・・」
ラリエットはこの想定外の申し出にオロオロしていると、たまりかねたアリエルが割って入ってきた。
「そうよ! お姉様は歩けないのよ! ねえ? お姉様? だから、エドガー様、二人で行きましょう!」
しかし、エドガーはにっこりと微笑むと、
「車椅子があるじゃないか。ねえ? レイラ?」
部屋の隅に控えていたラリエットのメイドに声を掛けた。アリエルの言動に怒りで歯ぎしりをしていたレイラだが、いきなりエドガーに声を掛けられ、ビシッと姿勢を正した。そして、見る見る笑顔になると、
「はいっ! ただいまご用意いたしますっ!!」
叫ぶように返事をすると、部屋から飛び出していった。