8.婚約者と異母妹の初対面
エドガーが帰ってから間もなく父達が帰ってきた。
なかなか帰ろうとしないエドガーに、ラリエットは内心ひどく気を揉んでいたが、今回は異母妹と鉢合わせることなく済んだ。
(小説の通りだったら、エドガー様とアリエルが初めて顔を合わせるのは二日後のはず。今日お見舞いに来てくれたっていう事は、明後日はきっと来ないわ・・・)
ラリエットはホッと少しだけ胸を撫で下ろした。
無駄に足掻いたところで、二人はいずれ顔合わせすることになる。婚約者である以上、自分の新しい家族を紹介するのは当たり前。しかし、それでも、出来るだけ二人を引き合わせたくないと思ってしまう。往生際が悪いと言われようと我儘と言われようと、やはり想い人が別の女性に恋に落ちていくところは見たくない。出来る限り先延ばしにしたいと逃げたくなるのが心情。
「せめて、もう一度、街でデートしたいなあ。最後の思い出として・・・」
ラリエットは捻った自分の足を見つめた。もしこの怪我が早く治ったら、一回ぐらい一緒に出掛けるチャンスはあるかもしれない。彼がアリエルに出会う前に・・・。
ソファに腰掛け、そんなことを思いながら捻った箇所をそっと摩った。
しかし、ラリエットの願いは叶わなかった。
なぜなら、二日後―――小説の予定通り―――もう一度、エドガーが尋ねてきたのだ。
☆彡
客間では、エドガーが体半分あるのでは?と思うほど大きな花束を抱えて待っていた。ラリエットが入るとエドガーは恥ずかしそうでありながらも少し得意気に花束を差し出した。
ギョッとするほど大きな花束に、ラリエットは喜ぶよりも若干引きかけたが、素直に受け取った。
「あ、ありがとうございます、エドガー様。すごい・・・、こんなに立派な花束・・・」
「一昨日は手ぶらで来てしまったから、挽回のつもりなんだ」
エドガーは恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。その仕草に、ラリエットはホワッと気持ちが柔らかくなった。嬉しくて花束をギューッと抱きしめた。
「嬉しいです! エドガー様」
「・・・っ!」
ラリエットに嬉しそうな笑顔を向けられ、エドガーの顔はボワッと赤くなった。可愛い顔を正視できないとばかりに、プイッと顔を背けてしまった。
エドガーは、大胆な言動を取る割には、急に赤面して顔を背けてしまう癖がある。そんな彼の照れ隠しの癖は知っている。なので、彼に顔を背けられても嫌な気持ちはしない。それどころか、彼もまた自分と同じ気持ちなのだと安堵と嬉しさが沸き上がってくる。
そんな幸せな気持ちに浸っていたのもわずかな時間だった。
二人でお茶を始めて間もなく、元々開いている客間の扉をノックする音が聞こえた。振り向くと、そこには少し遠慮がちに中を覗いているアリエルがいた。
来た―――!
ラリエットの体中に戦慄が走る。
「あ、あの・・・。お姉様のお友達・・・? 私もお知り合いになりたいです・・・。ご挨拶してもよろしいですか?」
アリエルは扉の横でモジモジと恥ずかしそうに可愛らしく首を傾げて尋ねた。そんなはにかんだ姿に、部屋の隅に控えているレイラは一瞬ケッと吐き出さんばかりの顔をしたが、慌てて顔を元の澄まし顔に戻した。
ラリエットは自分を落ち着かせるように長く息を吐いた。そして、立ち上がると、
「どうぞ、入って、アリエル」
そう言って、彼女に向かって手を差し伸べた。それを合図に、アリエルはトトトッと可愛らしく異母姉の傍に駆け寄った。
「エドガー様。ご紹介します。父が再婚しましたので、私に妹が出来ました。アリエルといいます。そして、アリエ・・」
「初めまして! アリエルです!」
アリエルはラリエットの紹介を遮って、エドガーに向かってにっこりと微笑んだ。早速食い気味の異母妹に呆れる。小さく溜息を付くと、
「アリエル、こちらはエドガー様。オブライエン伯爵家のご子息で、私の婚約者よ」
そう続けた。
「え? 婚約者?!」
途端にアリエルは落胆した表情になった。
「ええ。婚約者よ」
ラリエットは力強く答えた。自分の男だから手を出すなと牽制の意味を込めて。そんなことをしても無駄なのに・・・。無意識に運命に抗いたい気持ちが表れてしまったのかもしれない。
「初めまして。ラリエットの婚約者のエドガーです。よろしく」
エドガーも立ち上がると、礼儀正しくアリエルに挨拶した。その紳士的な姿にアリエルの落胆した表情はすぐに消え、キラキラと目が輝き始めた。すっかりエドガーに魅せられているアリエルを見て、ラリエットはさっきの牽制は無意味だったと分かり、再び溜息が口から洩れた。