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37.マシュー・ロックマン(最終話)

 今日はとても晴れやかな日だ。空はどこまでも青く、柔らかい風が心地良い。


 そんな気持ちの良い日差しの下、ロックマン侯爵家の庭園で小さいパーティーが開かれていた。

 それは、離れの小さな邸で隠居生活をしているマシューと、その彼を献身的に支え続け、いつしか恋仲になったメイドとの結婚パーティーだった。


 実は、結婚式は先に近くの小さな教会で家族だけでひっそりと行っていた。

 しかし、今日は家族だけではなく、ロックマン家に仕えている使用人たちも全員参加した身内だけのパーティーを行っていたのだ。


 そのパーティーは、主役のマシューとメイドを祝うだけではなく、使用人たちの日頃の労いも兼ねたもので、とても穏やかで心温まる催しだった。


 ロックマン侯爵夫妻は、呪われていると後ろ暗い噂が付きまとうこの家に、嫌な顔一つ見せずに務めてくれる使用人たちに、常に感謝の気持ちを持っていた。噂の原因になってしまったマシュー自身も使用人を大切にしていた。その思いが溢れているパーティーだった。


 ラリエットもこの幸せな空気に完全に酔っていた。

 綺麗なウェディングドレスに包まれている新婦をうっとりと眺めていた。あのドレスの生地はオブライエン家が取り扱っている例の絹織物だ。

 なんて繊細で美しいのだろう。自分もいつかエドガーとの結婚式の時には、あのような素敵なドレスを身に纏いたい。

 そんなことを思い描きながら、新婦に見惚れていた。


 パーティーも終わりに近づき、当主のロックマン侯爵、そして、主役のマシューが感謝のスピーチをした後、おもむろにエドガーが手を挙げた。


「僕からも大切なお話があります」


 そう言うと、ラリエットの手を引き、当主とマシューの前に立った。


「マシュー、そしてお義父様。改めて、今日は本当におめでとうございます」


 エドガーが一礼すると、ラリエットもそれに合わせて礼をした。


「お義父様。お願いがあります。どうか、僕にマシューの名前を引継がせてもらえないでしょうか?」


 顔を上げたエドガーは真っ直ぐにロックマン侯爵の顔を見つめた。侯爵もマシューも驚いて目を見開いた。隣のラリエットも、驚き過ぎて、これでもかと思うほど目を見開いてエドガーを見つめた。そんな彼らを前に、エドガーは話を続けた。


「本当だったら、このロックマン家はマシューが受け継ぐはずでした。それなのに、忌まわしい奇病のせいでそれが叶わなくなってしまった。完治したにも関わらず。そして、他家の僕がこの侯爵家を任されました。奇しくも、同じ病を患った僕が。同じ病気に侵されたはずなのに、実の息子ではなく余所者のこの僕が」


 エドガーは辛そうに自分の胸に手を当てた。


「僕は、マシューがこのロックマン家を誰よりも大切にしていることを知っています。そして、そのために身を引いていることも。そして、僕はそんな彼を心から尊敬しています」


 しんと静まる会場。使用人たちが息を潜めてこの場を見守っている。


「だから、僕はこのロックマン家をマシューの名も一緒に引き継ぎたいのです。ロックマン家が彼に与えた大切な名前です。マシューの名を当主としてロックマン家に残したいのです」


 エドガーの言葉を聞いているマシューの瞳がどんどん潤んできた。隣に立っていた新婦が感動のあまり、車椅子に座っているマシューの首に抱き付いた。そして、感謝を込めた眼差しをエドガーに向けた。


「もちろん、僕自身の名も、両親が付けてくれた大切な名前です。だから、一緒に並べて名乗ることを許してくれないでしょうか」


 エドガーはここで小さく一息つくと、先ほどから握っているラリエットの手をさらに強く握りしめた。

 義父のロックマン侯爵は真っ直ぐとエドガーを見つめた。エドガーもその視線をしっかりと受け止め、逸らさない。さらに一歩前に出た。


「僕は、今後、マシュー・エドガー・ロックマンとして、全力でこのロックマン家を守っていきます!」


 そう宣言すると、頭を下げた。隣のラリエットも一緒に頭を下げた。


「ありがとう。エドガー・・・。君を養子に迎えることが出来て、本当に良かった・・・」


 頭上から侯爵の声が聞こえる。そっと顔を上げると、侯爵の顔は涙でクシャクシャになっていた。

 そこに、横から中年の女性が駆け寄ってくると、エドガーとラリエットを一緒に抱きしめた。マシューの母、ロックマン侯爵夫人だった。


 その瞬間、会場から割れんばかりの拍手と喝さいが鳴り響いた。

 その拍手は、暫くの間、鳴り止まなかった。



☆彡



 エドガーがマシューの名前を引き継ぐ。

 今後、マシューと名乗ることになる。


 ラリエットは突然のことにまだ頭が追い付いて行かない。


 パーティーも終わり、使用人たちが会場を片付け始めても、ラリエットはその様子をぼーっと眺めていた。


「大丈夫? ラリエット?」


 いつまでも呆けている婚約者を案じて、エドガーが水の入ったコップを差し出した。


「ごめんね、ラリエット。君に相談もしないで・・・」


 エドガーは申し訳なさそうに自分を伺っている。ラリエットは無言でフルフルと首を横に振った。


「あ! でも、ラリエットはこれからもエドガーって呼んでいいんだよ!? エドガーだって僕の大切な名前には変わらないんだから!」


 言葉を発しないラリエットに、エドガーは少し焦ったのか、言い訳のように捲し立てた。そんなエドガーをラリエットはじっと見つめた。


 この人はエドガーだけど、マシューで・・・。

 オブライエン家の息子ではなく、ロックマン家の息子で・・・。


「マシュー・ロックマン・・・」


 ラリエットは小さく呟いた。


「え?」


 エドガーは聞き取れなかったのか、首を傾げて聞き返した。

 ラリエットはにっこりと笑って、もう一度首を振った。


 エドガーが、「マシュー・ロックマン」だった。

 奇病を克服した「マシュー・ロックマン」だった。

 小説の通り、自分を幸せにしてくれる「マシュー・ロックマン」だったのだ。


 ずっと、傍にいたのだ。

 ずっとずっと前から。

 ずっと傍にいてくれたのだ。


 笑っているラリエットの瞳からポロポロと涙が零れだした。


「え?! ど、どうしたの?! ラリエット!!」


 そんなラリエットを見て、エドガーは慌てふためいた。まずは手にしているコップをどこかに置こうとキョロキョロしていると、ラリエットはコップごとその手を握りしめた。エドガーは一瞬混乱したように瞬きした。


「エドガー様・・・。あなたは、私の運命の人です・・・」


 ラリエットは涙で声が掠れてしまった。小さくなってしまった声の代わりとばかりに、エドガーの手をさらにギュッと握りしめた。


「私を見つけ出してくれて、ありがとう・・・! エドガー様」


 その言葉に、エドガーは優しく微笑んだ。そして、ラリエットの額にキスを落とした。


「君こそ、僕の運命の人だよ、ラリエット」


 熱の籠った目で可愛い恋人を見つめる。ラリエットは瞳を閉じた。

 繰り返される優しい口づけに、ラリエットは今までにないほどの幸せを感じた。そして、この幸せと絶対に守っていくと心に誓ったのだった。




番外編に続きます。

あと一話お付き合いください!

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