34.お姫様
エドガーの不安を余所に、ラリエットは翌日も療養施設にやって来た。
そして、施設内の花畑にエドガーを引っ張って行くと、芝生の上に座らせ、昨日のように髪を梳き始めた。簡単なハーフアップにすると、今度は、いそいそと花を摘み始め、何やら作り出す。本当に花冠を作っているようだ。
エドガーはそれを見ても止めるように言うことは出来ない。ただ黙って隣で彼女の作業を見守っていた。
「でーきたっ!!」
ラリエットは嬉しそうに出来上がった花飾りを天に掲げた。そして、笑顔でエドガーの頭に飾った。
「ほら! 素敵! 見て見て、エミリー、すごく可愛い!」
興奮気味に話しながら、手鏡でエドガーを映した。そこには、確かに可愛い女の子が映っている。額の隅にある醜い斑点も見えない。
「ふふふっ! 本当にお姫様みたいよ!」
ラリエットは無邪気に笑った。そんな彼女の笑顔を見て、エドガーも嬉しくなった。彼女がこんなに笑ってくれるなら、自分が着せ替え人形のように扱われても構わないとまで思った。
「次は私の分!」
ラリエットは再びモクモクと花冠を作り始めた。そして、出来上がると、自ら被ってみせた。
「どう? 私も似合う?」
エドガーに向かってにっこりと笑うラリエット。その笑顔にエドガーは息を呑んだ。言葉に詰まって何も答えられないでいると、そこに数羽の蝶が飛んできた。蝶は二人の周りをヒラヒラと舞う。一匹がエドガーの花冠に止まった。
「わぁ! 蝶々が止まった!」
ラリエットはその光景に目を輝かせた。しかし、次には他の二羽がラリエットの花冠に止まった。
「ラリエットにも止まってるよ」
「え? 本当?!」
ラリエットは蝶が逃げないようにピタッと動きを止めた。ラリエットが固まっていると、他の蝶も寄ってきた。ラリエットの頭に三匹の蝶が止まった。大きく派手な蝶で、花冠よりも存在感があった。
「どう? 蝶々、まだいる?」
ラリエットは自分の姿が見えない。蝶が飛んで行かないように、動かずに小声でエドガーに尋ねた。
「うん。まだいるよ。髪飾りみたい。とても綺麗だよ」
「ふふふっ! 本当?」
零れるような笑顔のラリエットをエドガーは眩しそうに見つめた。
(君の方がずっとお姫様みたいだ)
☆彡
それからもラリエットはほぼ毎日、療養施設にやって来た。彼女はエドガーだけではなく、他の小さい子供たちの遊び相手もしていた。ただ、ほぼ半分はエドガーが彼女を独占していた。彼の希望に反して大勢で遊ぶことになってしまった時は、常に彼女の隣をキープしていた。
ラリエットはエドガーに会うと、最初に必ず彼の長い髪を梳かした。そして、今度はその髪を結い始める。三つ編みにしてみたり、編み込んでみたり。さらには自分のお気に入りのリボンで飾ったり、花冠を作っては飾ったりして、暫くエドガーの髪の毛で遊ぶ。エドガーも、黙って彼女の好きにさせていた。
エドガーの髪形が決まると、やっと、本を読んだり、虫を観察したり、身体に無理のない程度に駆けっこしたりして遊び始めた。
そんなひと夏を過ごし、秋に入る頃に、ラリエットは本当の家に帰ると言い出した。
泣きそうになるエドガーに、ラリエットは必ず来年も来ると約束をした。
「本当に来年も来る・・・?」
「うん! もちろん!」
そうして、約束通り、翌年の夏もラリエットはやって来た。
去年と同じようにほぼ毎日二人は一緒に過ごした。そして、秋に入る頃、ラリエットは帰って行った。
この間に、エドガーの体調は見る見る良くなっていった。例の奇病に侵されてはいたが、元々軽度であったせいか、回復し始めると、身体や顔にできた緑の斑点もどんどん薄くなっていった。
三年目には退院できるまで回復した。春には退院する予定だったのだが、夏にラリエットと過ごしたいと思ったエドガーは、両親に頼んで夏の終わりまで療養施設に滞在することを許してもらった。
その三年目の夏。またラリエットと同じように過ごした。最後の夏なので、お別れの時は本当のことを打ち明けようと思ったのだが、結局、言えずに終わってしまった。
翌年、十歳になったエドガーは完治までとはいかないが、すっかり元気になった。身長も一気に伸び、体重も増えた。周りの十歳の男の子と変わらない体型に追い付いた。
夏を迎えると、一緒に過ごした病気の子供たちのお見舞いと称して、療養施設に遊びに来た。
きっと、今年もラリエットが来ているはず。
今日こそ本当のことを伝えよう。
エドガーは緊張しながら施設に入る。廊下を歩いていると、窓ガラスに映る自分の姿が目に入った。
一目で上流階級と分かる立派で清潔感のある出で立ち。
長い髪をぱっさりと切り、男の子らしく短髪になった自分の姿。
エドガーは、自分の身なりが変ではないか、窓ガラスを見ながら一通りチェックした。
元気になった自分を見て、彼女は何て言うだろう。
最初はきっと自分だって気付くまい。本当のことを知ったらとても驚くだろう。
でも、黙っていたことを怒るだろうか? それで、嫌われたらどうしよう・・・。
不安と期待と、そして緊張でドキドキする気持ちを押さえて、施設の看護婦にラリエットのことを尋ねた。すると、思ってもみなかった答えが返ってきた。
ラリエットの母の体調が思わしくなく、今年は来ていないと言われたのだ。
そして、恐らく今後も来ることはないだろうと。
エドガーは暫くの間、呆然とその場に立ち尽くしていた。