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33.約束

 次の日、エドガーは約束通り池の前のベンチに来ていた。少女には苦手意識があったのに、どうしてか来てしまった。

 しかし、暫く待っていても彼女は来ない。エドガーはガッカリしてしまった。どうしてだろう。苦手だったのに・・・。


 約束だと思っていたのは自分だけだったのかと思うと、途端に寂しくなり、じんわりと目頭が熱くなってきた。


「あー! よかったぁ! いた!」


 目じりから涙が零れそうになった時、大きな声が聞こえた。慌てて振り向くと、少女が満面の笑みを湛え、脱兎のごとくこちらに向かって走ってくる。

 その様子に、エドガーの涙はヒュッと引っ込んだ。


 少女はエドガーの隣にトスンッと乱暴に座ると、切れた息を整えながら、にっこりと微笑んだ。そして、持っていた籠のバッグからブラシを取り出した。


「ね、お嬢ちゃん。今日はご本を読む前に髪を綺麗にしてあげるね!」


 そう言うと、クルリとエドガーを後ろに向かせ、髪の毛を梳かし始めた。


「ちょ、ちょっと!」

「可愛くしてあげるね! リボンも持ってきたの!」

「まってよ! やめ・・・っ!」

「ちょっと! 動かないで!!」

「はい・・・」


 体の小さいエドガーは少女の力には敵わない。後ろから両肩をグッと押さえつけられ、大人しくジッとすることにした。


 でも、優しくブラッシングされてると、どんどん心地よくなってきた。暫らく髪の毛なんて手入れをしていなかった。とにかく、伸ばして伸ばして・・・。顔が隠れればそれでいいと思っていた。父も母もそれではダメだと言っていたけど、ほっといてもらった。


「はい、できた!」


 気が付くと、顔を隠すようにしていた前髪も綺麗に分けられており、視界が広くなっていた。

 少女は、エドガーの顔を覗き込み、満面の笑みを見せた。


「うん! すっごく可愛い!!」


 目の前にある太陽のような笑顔に、エドガーは暫く言葉が出なかったが、すぐに我に返り、顔を伏せた。


「いやだ! 見ないで!」


「何で? すごく可愛いよ? 三つ編み嫌だった?」


 少女は困ったように、エドガーの顔を覗き込もうとした。エドガーは両手で顔を隠した。


「だって! 痣があるんだもん!」


 その言葉で、少女は何かに気が付いたようだ。慌てて謝った。


「ご、ごめんね! じゃあ、前髪は下ろそう! もっと可愛くしてあげる! 痣を隠してあげる!」


「本当・・・?」


「うん!」


 そう言ってエドガーを宥めると、また髪の毛を弄りだした。


「ほら! 見て! これで見えないよ!!」


 少女はカバンから手鏡を取り出すと、エドガーに見せた。

 鏡の中には、ピンクのリボンで可愛らしく飾った三つ編みのおさげの五歳くらいの女の子がいた。額の際にあるはずの緑色の痣は前髪で綺麗に隠されていた。


 手鏡の向こうにはドヤ顔の少女がいる。


「ふふっ! これからも可愛くしてあげるからね!」


 少女はそう言うと、今度はバッグから一冊の絵本を取り出した。


「さあ、今日もお姉さんが読んであげる!」


 そして、エドガーの隣にピッタリとくっ付くように座ると、膝の上に本を広げて、朗々と読み始めた。


 この日、少女は三冊も絵本を持ってきていた。全ての絵本を朗読し、感想を言い合っていると、あっという間に時間が経ってしまった。


 昨日と同じように二人で手を繋いで施設の棟まで歩いている時、少女が思い付いたように尋ねてきた。


「そうだ。お嬢ちゃん、お名前は? あはは! すっかり聞くのを忘れていたね! お姉さんはね、ラリエットって言うの」


 エドガーは言葉に詰まってしまった。


 どうしよう。彼女は自分をすっかり女の子と思い込んでいる。

 今ここで本当のことを打ち明けようか? 自分は男の子だって。でもそうしたら、嘘つきって思われるかもしれない・・・。

 それに、こんな風に女の子の格好をさせられても、怒らなかった自分を変だって思われるかも・・・。


 どうしよう。折角、仲良くなり始めたばかりなのに・・・

 どうしよう。折角、友達になれそうなのに・・・


 そんなことが頭の中をグルグルまわり、すぐには返事が出来なかった。


「? どうしたの? お嬢ちゃん?」


 ラリエットはキョトンとした顔でエドガーを見つめた。エドガーはどんどん焦りだした。

 そして思わず、口をついて出てしまった名前――。


「・・・エミリー・・・」


 エドガーはボソッと呟いた。


「エミリー? 可愛い名前ね! よろしくね、また明日も遊ぼうね!」


 ラリエットはにっこりと笑った。


「明日も・・・? 明日も来てくれるの・・・?」


 エドガーは嘘がバレないかドキマキしながら、伺うようにラリエットを見上げた。ラリエットは笑顔で大きく頷いた。


「もちろん! 明日はね、もぉーっと可愛くしてあげる! お花の冠作ってあげるね! エミリーを絵本の中のようなお姫様みたいにしてあげる!」


(どっちかと言うと王子様なんだけど・・・)


 そう思うも、もう、とても本当のことを言う勇気はない。ラリエットの満面な笑みを前に、口を噤んでしまった。


 施設の入り口まで来ると、ラリエットは別れを告げて駆けて行ってしまった。


(本当に、また明日来てくれるかな・・・?)


 エドガーは彼女の後姿を見えなくなるまで見送っていた。



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