32.初めての出会い
エドガーは大きな療養施設の庭を散歩していると、広場の方から子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。彼はその声のする方に足を運ぶと、木陰から隠れるように広場を覗いた。
そこには男女問わず同じ病院服を着た小さな子供たちが楽しそうに遊んでいた。
―――またいる・・・。
エドガーは、その中で一人だけ病院服ではない、可愛らしい花柄のドレスを着た女の子をじっと見つめた。
あの子は苦手だ。
この施設に入院しているわけでもないのに、よくお昼になると遊びに来て、夕方になると帰ってゆく。ここの看護婦に自分より小さい子の遊び相手をして欲しいと頼まれていたのを見たことがあるので、それを忠実に守っているようだ。
そして、その小さい子にはどうやら自分も入っているようで、よく一緒に遊ぼうと声を掛けられる。
(僕はもう七歳で、小さい子じゃないのに!)
自分の身体が小さくて瘦せっぽちなことを気にしているエドガーは、彼女に年下認定をされたことに不満を持っていた。しかも不満はそれだけじゃない。
エドガーはその少女に見つからないようにそっとその場を離れた。
一人、池の前のベンチに座って本を読んでいると、
「あ、やっぱりここにいた! ねえ、お嬢ちゃんは、何でみんなと一緒に遊ばないの?!」
近くから声をかけられ、ビックリして振り向くと、例の少女がそこに立っていた。
もう一つの不満はこれ。完全に自分を女の子だと思っている。髪の毛が長いので勘違いしているのは仕方がない。でも、彼女よりずっと幼く、かつ、女の子と決めつけ、年上面して話してくることが、どうにも気に入らないのだ。
(自分だって僕と同じ歳くらいなくせに・・・っ)
エドガーはツンとそっぽを向いた。しかし、少女はそんなことは気にならないようで、エドガーの前に立つと、真上から本を覗いてきた。
「何のご本を読んでいるの?」
いきなり顔が近づいてきたので、エドガーはギョッとして、思わず後ろにのけ反った。隣に座って本を覗き込むなら分かるが、真向かいから本を覗こうとするなんて! なんなんだ、この子は!
エドガーは、本を見開きのまま胸に押し当て、両手で隠すように抱きかかえた。そして再びツンとそっぽを向いた。
「教えない!」
「えー、教えてよ! 私もご本が好きなの!」
少女はプクーッと頬を膨らませると、ストンと隣に腰かけて、エドガーの本を無理やり覗こうとした。
少女の顔が急接近したことに驚き、エドガーはつい両手を緩め、彼女に本を少しだけ見せた。すると、少女の顔はパアっと明るくなった。その笑顔にエドガーの心臓がトクンと鳴った。
少女はさらに体を寄せて本を覗き込むと、中身を読み始めた。
「えーっと、狼が・・・雨の中・・・。あ! 私、知ってるわ、このお話! 山羊と狼のお話よねっ?! 嵐の中・・・」
「違うよ・・・、羊と狼の話だよ・・・」
「へ・・・」
呆れたような顔のエドガーを見て、少女は可愛らしく目をパチクリさせるが、すぐに、勘違いした自分が恥ずかしくなったのか、顔をパッと赤くさせた。それを誤魔化すように、ちょっと拗ねた表情をすると、エドガーの本を奪おうとした。
「わかった! じゃあ、私が読んであげる!」
「ちょ、ちょっと!」
こっちは何が分かったのかさっぱり分からない。エドガーは本を奪われないように必死に押さえた。しかし、自分よりずっと体格のいい少女は腕力もずっと上だった。本はあっさり奪われてしまった。そのまま盗られてしまうと泣きそうになったが、彼女は本を両手でしっかり持ち直し、エドガーと自分に見えるように広げて、本当に朗読し始めた。
「・・・」
そんな彼女に、エドガーは暫く言葉を失い、呆れたように見ていたが、一向に朗読を止める気配が無いので、仕方なく黙って聴くことにした。
大きな本で重たいだろうに、彼女は読み終わるまでその本をずっと一人で支えていた。悲しいお話だったので、最後は読みながらグシグシと泣いていた。
「良いお話だったねぇ・・・。でも、悲しかったわねぇ・・・」
「う・・・ん・・・」
エドガーもすっかり物語の世界に入り込み、気が付いたら一緒に泣いていた。
二人でクスンクスンと泣きながら、ベンチから立ち上がると、手を繋いで歩き出した。もう日は傾きかけていた。
「明日は・・・もっと楽しいご本を読もうねぇ。私、家から持ってくる」
「うん・・・」
そんなことを話しながら、赤い夕陽の中、二人はしっかりと手を繋いで施設の棟まで戻って行った。
これが、エドガーとラリエットの初めての出会いだった。