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31.記憶

 蛙の子は蛙。

 策士の子は策士?

 「策士」と書いて「エドガー」と読む?


 ラリエットはポカンとエドガーを見つめていた。


 それにしても、自分の知らないところでこんな盛大なプロジェクトが動いていたとは・・・。しかも自分を助けるために・・・。


 ラリエットはそんな事実を知り、改めて感謝の想いが溢れてきた。それが涙となって頬を伝う。


「本当に・・・ありがとうございました・・・。私なんかのために・・・」


「君のためなら、こんなこと、どうってことないよ」


 エドガーは優しく微笑みながら、人差し指でラリエットの涙を拭った。

 キラキラと美しく光るラリエットの瞳。感動と感謝のこもったその瞳は美しく、エドガーは吸い寄せられるように、彼女の額に唇を当てた。


「!!!」


 ラリエットは驚いてカチンと固まってしまった。エドガーは無意識だったようで、彼女の額に唇を押し当ててから数秒後に己の行動に気が付いた。


「わっ! ごめん! ラリエット!!」


 慌てて離れて謝るが、ラリエットは目を見開いたままカチーンと固まっていた。


「嫌だった・・・? ラリエット?」

「イイエ。ソンナコトハ」


 上目遣いで伺うようにラリエットを覗き込むエドガーに、ラリエットは片言で答えるのが精一杯。マリオネットのようにぎこちなくキコキコと首を横に振った。


「じゃあ、もう一回キスしていい?」

「ハイ。・・・て、え・・・?」


 これもまた、人形のようにコクンと頷いた。すぐに我に返ったが、その時には額にエドガーの唇が触れていた。


「~~~!」


 ラリエットは思わず首を竦めるが、そのキスは一回だけで終わらず、二、三回と繰り返される。柔らかい感触に、ラリエットの心拍数と体温はどんどん上がっていく。これ以上は心臓が持ちそうにない。だが、エドガーのキスは止まらない。額から頬に移った時、ラリエットはとうとう堪らず叫んだ。


「あ、そ、そうだ! エドガー様! そう言えばっ、さっき、私との婚約って自分で掴んだって言ってましたけど、あれって・・・」


 その言葉に、今度はエドガーの方がカチンと固まった。


「?」


 ラリエットが首を捻ったと同時に、エドガーはバッと体を離した。その顔は耳まで真っ赤だ。それを隠すように両手で覆うと、膝の上に頭を突っ伏してしまった。


「私は、母が親戚を頼って結んだ縁談だって聞いていたのですけど・・・」


「・・・」


「エドガー様はその前から私を知っていたのですか?」


「・・・うん・・・」


エドガーは顔を両手で覆ったまま頷いた。


「いつから・・・?」


「七歳・・・くらいの時から・・・」


「七歳・・・?!」


 かれこれ十年前か・・・。エドガーと婚約が成立したのは十五歳の時。では、その八年前もから知り合いだったことか? ラリエット自身には記憶がない。もちろん、小説の中にもそんな記述はない。


 一体いつ―――?


 ラリエットが軽くパニックになっていると、エドガーは自分を落ち着かせるように大きく深呼吸してから顔を上げた。そして、姿勢を正してソファに座り直すと、神妙な面持ちでラリエットと向かい合った。


「黙っていてごめんね、ラリエット。婚約の顔合わせをした時、初めましてなんて言ったけど、本当は僕たちずっと前に知り合っていたんだよ」


「でも・・・、ごめんなさい。私は覚えていません・・・」


 ラリエットの方も、申し訳なさそうにエドガーを見た。


「知らなくて当然なんだ。あの時の僕は、君に名前を偽っていたし・・・。君も僕を女の子だと思っていたから」


「はい?」


 ラリエットはエドガーの言っている意味が解らず、目が点になった。


「覚えている? ラリエット? 君が小さい頃、毎年夏は君の叔父さんの別荘に来ていたでしょう? その近くに大きな療養施設があったのを覚えていない? そこに入院していた子と遊んでいたでしょう?」


「!!」


「君のお母さんがよく君を連れて、入院している子供たちと遊ばせていたよね。きっと慰問も兼ねていたんだろうね。君の叔父さんとお母さんはその施設に寄付をしていたって聞いたから」


 エドガーの言葉にラリエットの薄れていた記憶が少し蘇ってきた。

 叔父の別荘。近くにある大きな療養施設。その広大な敷地の中にあった茂みや池。小さな花畑・・・。そこで遊んでいた子供たち・・・。


「あそこで一番君に懐いていた子を覚えていない? 一緒によく本を読んでいた子。その子にたくさんの本を読んでくれたよね」


 薄れていた記憶が少しずつ濃くなっていく。ぼやけて灰色がかった記憶に徐々に色が差していき鮮やかに蘇ってゆく。


「ボサボサだった長い髪の毛を綺麗に梳いてくれて、三つ編みやポニーテールにしてくれた・・・」


 ラリエットの脳裏に、一人の小さな女の子がぼんやりと浮かんできた。


「よく花冠も作ってくれて、その子に被せて『お姫様』にしてくれたよね。エミリーって言う名の女の子・・・」


 ラリエットの身体が微かに震えてきた。


 覚えている―――。


 とても小さくて瘦せっぽちの女の子・・・。まるで顔を隠すように長く伸ばした髪はボサボサで・・・。

 そういえば・・・。隠していた顔には小さい緑の痣があったような・・・。


「あの時の『お姫様』は僕だよ。ラリエット」


 ラリエットは目を見開いて、エドガーを食い入るように見つめた。


「僕は七歳から九歳まであの施設にいたんだ。例の奇病で・・・。その三年間、毎年、君が来る夏が楽しみだった。君と過ごした夏は今でも忘れてないよ」



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