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3.思い出したストーリー

(しっかりするのよ、ラリエット! とにかく頭の中を整理しなきゃ!)


 ラリエットは両手で軽く自分の頬をパンパンッと叩いた。そして、アリーがお茶とケーキをセッティングしてくれた窓際のテーブルに向かおうとソファを立ち上がった時、右足首に激痛が走った。さっき階段から落ちた時に捻ったことを忘れていた。思わず歯を喰いしばる。


(確か、小説では捻挫しかしていない表現だったけど・・・)


 ラリエットは捻った足首以外に、腕も脛も酷く擦り剥いてしまった。傷口にはグルグル包帯を巻かれた様は何とも痛々しい。

 しかし、階段から落とされたとあれば、足を捻る以外に怪我をしても不思議ではない。小説に書いていなかっただけで、実際は足を捻る以外にも怪我を負ったということか。


(ん・・・? でも、落とされた場所が違う気がする・・・。小説では二階から途中の踊り場までだったはず・・・。でも、実際に落とされたのは踊り場から一階だった・・・)


 邸のエントランスにある大階段は途中に踊り場がある。二階からその踊り場までの段数と、踊り場から一階までの段数はかなりの差がある。実際に彼女が落とされた後者の方がずっと高さがあり、段数が多い。二階から踊り場へ落とされるよりも遥かに危険なのだ。小説通りだったら捻挫だけで済んだかもしれない。

 

―――もしかして、現実は小説より危険度増してやいないか?


 タラリと額に嫌な汗が流れる。ラリエットは不安を振り払うように頭をフルフルと振った。


「と、とにかく、しっかりと内容を思い出すのよ! 対策を考えないといけないわ!」


 そう自分を鼓舞すると、痛い足を庇うようにヒョコヒョコ歩きながら窓辺のテーブルに向かった。



☆彡



 メイドの淹れてくれた紅茶を飲みながら、ラリエットは小説の内容を必死に思い返してみた。


 この小説は、主人公「ラリエット」のシンデレラストーリーだ。


 母の死後、父と継母と異母妹に蔑まれ、散々虐められる。好きだった婚約者も異母妹に奪われ、とうとうメイド扱いにまで落ちる。そして最後は、巷で「醜く冷徹で呪われた男」と噂されているロックマン侯爵家へ売られるように嫁に出されてしまうのだ。

 しかし、実際、嫁いで見ると、夫となった侯爵は醜くなんてない。それどころか相当男前! お約束の嬉しい大誤算!

 とは言っても、冷徹さは噂通り。最初のうちはラリエットにまったく心を開かずに彼女を冷遇するのだが、彼女の優しさや誠実さに、いつのまにか凍っていた心は溶かされていき、彼女を信じるようになった途端、溺愛モード一直線、ハッピーエンドという王道ストーリーなのである。


 どうして夫となるロックマン侯爵令息のマシューが「醜く冷徹な呪いの子」と噂されていたのかと言うと、それは彼の生い立ちにある。彼は子供の頃に、身体中にコインほどの大きさの斑点が無数にできる奇病に侵されており、常に顔から爪先まで包帯で巻かれていた。この病気には日光浴が良しとされ、出来るだけ外に出るようにしていたことが仇となった。邸の庭園内を散歩していただけなのだが、気が付かないうちに柵越しに外部の人の目に触れていたのだ。その時のマシューは病気のせいで髪の毛にまで栄養が行き渡らなかった。とてもボサボサでな上に量は本当に僅かで、頭皮がほとんど見えていた。その頭皮さえも緑の斑点が透けて見える。


 この姿を偶然に見た者たちが、街中に話を広めてしまった。残念な事だが噂というものはどんどん湾曲するものだ。侯爵家には「醜い子供がいる」から「呪われた子供を隠している」と囁かれるようになり、領地内で侯爵家は「呪われた城」と完全に定着してしまった。


 もちろん、知識層の上級階級ではこれは病の一つであり、呪いではないことは周知されていた。しかし、この病気は伝染すると誤解した貴族たちが多かったのだ。それ故に、ロックマン侯爵家を訪れる者たちはほとんどおらず、彼らは社交界から孤立していた。

 ロックマン侯爵は侯爵家存続のために、長い時間と莫大な金額を掛けて息子を治療した。その甲斐あって奇跡的に完治する。侯爵は、成人し、健康体になった息子を社交界へ送り出すが、病を正しく理解していない周囲は彼に冷たかった。伝染するのではないか、そうでなくても、遺伝性があるのではないかと懸念する貴族たちから奇異な目で見られた。奇病の後遺症で少しだけ小さく残ってしまった顔の痣も、その懸念に拍車を掛けた。彼は年頃の令嬢たちにとって忌み恐ろしい存在でしかなかったのだ。

 只でさえ、子供の頃に辛く苦しい病気に侵された上に「醜い」と噂されて心に傷を負っていたというのに、その傷にさらに塩を塗られ、マシューは完全に心を閉ざしてしまった。


 そこに現れたのがヒロイン「ラリエット」である。誰も嫁ぎたがらないロックマン家に、マーロウ家が援助欲しさに娘を嫁に出したのだ。


 自分の心の弱さを見せたくないマシューは、家族にさえ隙を見せない。完璧で冷徹な紳士となってしまった彼が、いきなりやってきた嫁にすぐに心を開くわけがない。しかし、そこは物語の「ヒロイン」。ラリエットはヒロインならではの粘りっこい根性で夫の心を溶かすというわけだ。

 ラリエットも、最初のうちは、捨てられて実家に戻るのは絶対に嫌だったので、打算的に愛嬌を振り撒いていた節がある。しかし、夫の心の傷を知った時、痛く同情する。そして、マシューの冷遇内に垣間見る彼自身ですら気が付かない優しさに触れ、いつしか同情が愛情に変わり、心から夫に尽くすようになる。その誠実な想いが彼に届き、最終的に心を開いてくれるのだ。



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