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28.新天地

「・・・それにしても、展開が早いんですけど・・・」


 ラリエットは馬車の中で、取り返した宝物をそっと撫でながら、軽く吐息を吐いた。ふと窓の外の景色に目を向ける。見慣れた景色がどんどん遠くなる。今さらながら、本当に自分はこの地を離れてしまうのだと実感する。新天地はどんなところだろう。


 自分を温かく迎えてくれるだろうか。

 本当に小説のように幸せな未来が待っているのだろうか。

 本物のマシュー・ロックマンってどんな人だろうか。


 そんなことを考えながら、外の景色を眺めていた。



☆彡



 二日がかりでやっとロックマン侯爵領に到着した。

 道中に用意された宿は一流で、ラリエットは手厚い扱いを受けていることを実感した。この様子なら、実家よりはずっと居心地よく過ごせるだろう。肝心な婚約者であるマシューと打ち解けるまで時間が掛かるとは思うが、非人道的な扱いを受けないだろうと予測がついた時点で、気持ちは晴れやかだった。


 旅の道中は、そんな風に穏やかな気持ちで過ごせたが、実際に侯爵邸に到着すると、思っていた以上に緊張した。

 

 馬車からの窓から見える大きな屋敷がどんどん近づいてくる。それに比例するように心拍数も上がってきた。邸の大きな門の前に到着し、門番が重厚な扉を開く。その中を馬車はゆっくり進んで行く。


「き、き、緊張してきた・・・」


 無意識のうちに前世の記憶が頭を過ったのだろう。ラリエットは気付くと手のひらに「人」という字を書いて何度も飲み込む仕草をしていた。


 やっとマシュー・ロックマンに会える―――。


 小説の通りなら、彼は醜いどころか相当な男前のはず。でも、非常に冷徹な青年。

 果たして、そんな青年に本当に自分が好かれるのだろうか? 小説のラリエットもかなり苦労していたが、現実のラリエットは彼女よりもずっと根性なしで、優しくもない。そんな自分に氷のように冷たい男の心を溶かすことが出来るのか・・・?


「う・・・、出来る気がしない・・・」


 ラリエットはお守りのようにずっと手にしているリボンをグッと握りしめた。そして、そんな自分にハッとした。そして、頭に付けている蝶の髪飾りに手をやる。


 元婚約者からの贈り物を未練たらしく後生大事に持っている女ってどうなのだ? 別の男への恋心を抱いたままなんて、新しい婚約者に失礼じゃないか?


 ラリエットは大きく深呼吸すると、意を決したように蝶の髪留めを外した。そして、リボンも綺麗に丸め、髪留めと共にポケットの中にそっとしまった。


 それとほぼ同時に馬車が停まった。ラリエットの緊張はさらに高まる。馬車の扉が外から開かれるのをじっと待つ。

 カチャッと馬車の扉が開いた。外から男性の手が差し出された。


「ようこそ! ラリエット!! 待っていたよ!!」


 ラリエットは耳を疑った。聞いたことのある声だ。

 差し出された掌から沿うように、腕、肩、顔を見た。そして、仰天し過ぎてカチンと固まってしまった。


「待っていたよ! ラリエット! さあ、おいで!!」


 男性はさらに手を差し出す。


「エ、エ、エドガー様・・・?」


 そこには太陽のように明るい笑顔の元婚約者が立っていた。



☆彡



「え? エドガー様? 何で、エドガー様がここに・・・?!」


 軽くパニックになっているラリエットに、エドガーはさらに手を近づけた。


「何でって、僕がここの次期当主で、君の新しい婚約者だからさ」


 にっこりと笑うエドガー。


「??????」


 そんな満面な笑みのエドガーを見ても、頭の中でクエスチョンマークが幾つも飛び交い、彼の言っている意味が全く理解できない。


「あはは! すぐに理解できないのは仕方ないよ。とにかく降りておいでよ」


 エドガーはステップを一段登ると、失礼と言いながら、呆けているラリエットの腰を掴み抱き上げた。


「っ!」


 ラリエットは思わずエドガーの両肩にしがみ付くように手を掛けた。お互いの顔が近づき、ラリエットの顔がポッと赤くなった。その様子を見て、今度はエドガーの頬がカァーと赤く染まった。


「ご、ごめん、ラリエット、急にっ!」


 エドガーは急いでラリエットを地面に下ろすと、真っ赤な顔を隠すように明後日方向を向いてしまった。


「あはは! 本当に仲が良いんだな。見ているこっちが照れてしまうよ」


 男性の声が聞こえた。ラリエットは慌てて周りを見ると、そこは大邸宅のエントランス前。たくさんの使用人がずらりと並び、こちらに向かってお辞儀をしていた。

 そして、その先頭に、車いすに乗った一人の青年がいた。青年は左側の顔半分を仮面で隠していた。


 男性は車椅子を自ら動かして、ラリエットに近づいてきた。


「初めまして。ラリエット・マーロウ子爵令嬢。遠路はるばるようこそ、我がロックマン家へ」


「は、はい! は、初めましてっ! ラリエットと申します」


 ラリエットは慌てて、ドレスの裾を持ち上げて、膝を曲げて礼をした。まだ動揺が収まらないラリエットは声が裏返ってしまった。そんな自分に恥ずかしくなり、更にカーッと体の温度が上がるのが分かる。


「ラリエット。彼がマシュー・ロックマンだよ」


 隣でエドガーが笑顔で紹介した。


 え? マシュー・ロックマン?

 あれ? じゃあ、この人が新しい婚約者?

 え? でも、さっき、エドガーは自分が新しい婚約者と言ってたけど?


「?????」


 ラリエットの頭の中でまたクエスチョンマークが踊り出す。


「えっと、では、貴方様が私の婚約者ですよ・・・ね・・・? えっと、その、不束者ですが、末永くよろ・・・」

「ちょっと! ラリエット! 何言っているの! 婚約者は僕だよっ!」

「はへ?」


 挨拶をしかけたラリエットをエドガーは怒ったように遮った。

 その様子を車椅子の青年は可笑しそうにクスクス笑いながら見ている。


「混乱しているよね、ラリエット嬢。これからきちんと説明をさせてもらうよ。とにかく中へ。長旅で疲れたろう。まずはゆっくりしてくれたまえ」



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