27.取り返したリボン
こうして、ラリエットのロックマン家への嫁入りが決まった。
小説の通り、ロックマン家へ売られるように嫁い出されることが決まったが、小説のように、我が家の使用人になる期間はゼロだった。
しかも、驚いたことに、一週間も経たないうちにロックマン家からの迎えが着て、マーロウ家を出ることになった。
そして今、ロックマン侯爵家の立派な馬車に揺られて、侯爵家の領地に向かっている。
「・・・それにしても、展開が早いんですけど・・・」
ラリエットは一人馬車の中でポカンとした顔で座っていた。ゆっくり手に握ったリボンに目を落とす。それはエドガーから贈られたライラックの花が織り込まれた可憐なリボン。家族との別れ際に、勇気を出して取り戻したのだ。
☆彡
父は、オブライエン伯爵が言った「身一つで嫁入りすればよい」という言葉を真に受け、本当に何も用意してくれなかった。それはいくら高位貴族とは言え『呪われた侯爵家』を見下しての所業のようだ。ロックマン家が社交界から孤立していることは有名だ。味方のいない彼らに不敬な態度を取っても何ら問題ないと高を括っているのだろう。
しかし、相手は腐っても侯爵家。その気になれば子爵家などに潰すことなぞ容易いことなのに。ましてや資産家でもないマーロウ家など赤子の手をひねるようなものだろう。愚かな父だ。ラリエットは去る身でありながらも実家の将来を少々案じてしまう。父や継母や異母妹はどうでもよいが、ここには大好きな母と祖母の墓がある。それなりの楽しく美しい思い出もある。せめて御家取り潰しなどにならないことを遠くから祈るだけだ。
家を出る時、門まで見送りに来てくれたのはフィッツ夫人と執事のロバートとティナだけだった。手を固く握ってくれるフィッツ夫人にラリエットは今までの感謝を伝えた。ラリエットの瞳から溢れる涙をフィッツ夫人はハンカチで優しく拭いてくれた。
「お元気で、お嬢様。これで私も心置きなくマーロウ家を去れます」
その言葉にラリエットは目を丸くした。
「ふふ、実はもう次の勤め先は決まっています。ロバートさんには引き留められましたが」
そう言って少し申し訳なさそうに微笑みながら隣に立つ老いた執事を見た。執事は残念そうに軽く首を振った。
「優秀なフィッツ夫人が辞めてしまうのは痛手ですが、仕方がございません」
ロバートは溜息を付いた。
「あら、お姉様? まだいたの?!」
そこに可愛らしい声が聞こえた。振り返ると意地悪そうに笑っているアリエルが立っていた。
「お姉様の門出ですもの。折角だからお見送りに来てあげたわ」
まだいたの?って言いましたよね?と突っ込みたくなるところをグッと押さえる。異母妹の登場に一気にシラケた気持ちになってしまった。
「ふふふ、お父様から聞いたわ、お姉様。ロックマン侯爵家って呪われた家なんですってね! しかも息子は化け物って言われるほど醜いって! あーはは! 惨めね~!」
(大丈夫・・・? この子・・・?)
とても愉快そうに高笑いする異母妹を見て、ラリエットは怒りが沸くよりも、この娘の精神が心配になってきた。
「侯爵家だからって、ぜーんぜん羨ましくないわぁ! それに比べて、私は婚約者のエドガー様! とっても素敵な人! 冴えないお姉様より、私の方がずっとお似合いよね!」
そう言うと、異母姉よりもずっと高級なドレスを自慢するかのように、スカートの裾を広げて、可愛らしくクルンと一回りして見せた。その時、ハーフアップしている彼女の髪を飾っているリボンが目に入った。それは、エドガーから贈られたあのライラックのリボンだ。
それを見た途端、ラリエットはシラケた気持ちが瞬時に怒りに変わった。
スッと異母妹の傍に近寄ると、リボン裾を勢いよく引っ張り、一気に引き抜いた。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ! お姉様!」
突然、髪型が解かれ、リボンが取られたことに気が付いたアリエルは、ラリエットからリボンを取り返そうと手を伸ばした。ラリエットはすぐに一歩下がり、背中にリボンを隠した。
「これは私のリボンよ、アリエル。いつの間にか盗んでいたのね。悪いけど返してもらうわね」
「な! 何よっ! そんなに可愛いリボン、お姉様にはもったいないわよ! だから私がもらってあげたの! 返してよ!」
アリエルはキーッと叫んでラリエットに飛び掛かろうとした。しかし、フィッツ夫人とロバートがラリエットを庇うように間に立ち塞がった。
「ちょっと! 何よ、あなたたち! 邪魔しないで!」
目の前の家政婦長と執事を睨みつけるが、二人は無言のまま退かない。アリエルは舌打ちをすると、二人の背に庇われている姉に向かって叫んだ。
「そのリボン気に入っているの! 返しなさいよ!」
「私も気に入っているの! だから、あげない!」
ラリエットも叫んだ。異母姉の叫ぶところを初めて見たアリエルは目を見張った。
「それにね、アリエル。これは私がエドガー様から貰った物よ。それなのにエドガー様の前で身に付ける気? 彼に盗んだってバレちゃうわよ?」
その言葉にアリエルの顔は見る見る青くなっていった。既に夜会でこのリボンをしているところを見られている。しかも、これは父から贈られた物だと言ってしまったのだ。
「・・・そんな・・・」
アリエルが固まっている隙に、フィッツ夫人とロバートはラリエットに馬車に乗るように促した。
「お元気で。お嬢様。これからはきっと素敵な日々が待っているはずです。幸せをお祈りしています」
窓の外でフィッツ夫人か優しく微笑んだ。彼女の目の淵にも涙が光っている。
「ありがとう、フィッツ夫人。ロバートさんも! ティナも最後にお世話をしてくれてありがとう! さようなら!」
家政婦長と執事、そして一人のメイドが見送る中、馬車は走り始めた。アリエルはいつの間にかいなくなっていた。
ラリエットは窓から三人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。