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26.まるで蚊帳の外

「え・・・? 今、何と・・・?」


 オブライエン伯爵の提案に、父は目を丸くした。


「婿入りする分際で何をほざいているのかとでも言いたそうですなぁ、子爵殿」


「い、いや・・・、そんなことは・・・」


 静かだが、怒気を含んだ伯爵の言葉に父はたじろいだ。


「我が家の事業にも大きな影響が出てましてなぁ・・・」


「そ、そんな・・・」


「まあ、慰謝料請求とまでは言いませんよ。その代わり、婚約破棄させてもらう」


 伯爵の厳しい言葉に父は青くなった。マーロウ家にとってオブライエン家との縁組はとても重要な事だった。亡き妻が結んだ縁組だったが、領地経営の下手な父のせいで子爵家の資産は減る一方だったので、資産家であるオブライエン伯爵家の縁組は有難かったのだ。その上、今はさらに散財癖のある妻がいる。どうしてもオブライエン家を逃したくない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、


「こちらとしたって、この婚約破棄は大きな損害ですよ。良いご縁と思っておりましたからな」


 伯爵は肩を竦めて溜息を付いた。その言葉を聞いて、父はまだチャンスがあると踏んだ。


「では! それでは、この娘はいかがですか!? このアリエルは? 可愛いでしょう?!」


 そう叫んだ。父の言葉に継母は目を輝かせた。


「そうですわ! 我が娘はいかがでしょう?!」


 一緒になって叫んだ。アリエルもキラキラと目を輝かせて両親を見た。


「でも、彼女は次女でしょう? マーロウ家を継ぐのはラリエット嬢では?」


 急に輝きだした父母娘を伯爵は怪訝そうに見つめた。そんな伯爵に父は大きく首を横に振ってみせた。


「何を言っているのです! ラリエットはこの場で後継者から外しますよ! こんな性悪娘はマーロウ家の後継者には相応しくありません! このアリエルにマーロウ家を継がせます!」


「お父様!!」


 叫ぶ父にアリエルは嬉しそうに抱き付いた。


「・・・なるほど?」


 伯爵は目を細めた。子爵は娘を抱きしめて頭を撫でならオブライエン伯爵を見た。


「いかがでしょう? 伯爵。このまま子供たちの婚約続けては? 是非オブライエン家のご子息を我が家にお迎えしたいのです! どうか我が家をご子息に継いで頂きたい!」


「そうですか・・・。そこまでオブライエン家の次男を望んでくれますか」


「もちろんですとも! オブライエン伯爵家以外考えられません。お前もそうだろう? アリエル?」

「はい!! お父様!」


 考えこむような伯爵に畳みかけるように捲し立てる。ラリエットはこの光景を呆然と眺めていた。


「しかし、何ですな・・、このままこの邸に元後継者が居座るというのはどうでしょうなぁ・・・。次男にとっても居心地が悪かろうと思うのですが?」


 伯爵は承服できないとばかりに顎を摩って、チラリと子爵を見た。


「それはすぐに対処しますよ! すぐに邸から追い出します! 遠縁の家にでも! 嫁に出してもいい!」


 慌てたように叫ぶ父。当のラリエットが傍にいるにも関わらず、彼女の存在などどうでもいいとでも言うように。ラリエットは言葉が出なかった。最早、この男性は父親には見えなくなっていた。只の知らない中年男性が騒いでいるだけのように見えた。


「遠縁・・・、嫁か・・・。そうだ、丁度いい嫁ぎ先がありますぞ。それこそ我が家の遠縁ですが。いかがでしょうかな? それも、我が家より格式の高い侯爵家です」


「「侯爵家?!」」

「うそっ!」


 思いもよらない高い爵位に父も継母も声が裏返った。アリエルも目を丸めた。


「そうです。ロックマン侯爵家の息子です」


「ロックマン・・・侯爵家・・・」


 今まで興奮気味に叫んでいた父が、急に凍り付いたように固まった。顔も少し引きつっている。そんな父の変化に継母と異母妹は首を傾げた。


「ええ。ロックマン侯爵家の息子のマシューです。もう結婚してもおかしくない年齢なのですがね、どうにも良いお相手が見つからないようでしてな。侯爵も困っているのですよ」


「でも・・・、ロックマン家のご子息と言ったら・・・」


 子爵はか細い声で何かを言おうとした。その声は少し震えている。継母と異母妹は不思議そうに顔を見合わせた。


「ははは。確かにマシューは病弱ですがね。見た目も、まあ、世間ではいろいろ噂されているようですが。でも、格式高い侯爵家。家柄に不足はないでしょう? マーロウ()()


「っ」


『子爵』と強調されて父は口を悔しそうに噤んだ。その顔に満足したように伯爵は少し口角を上げた。


「侯爵はすぐにでも婚約者が欲しいと言っておりましたな。準備金はいくらでも生家に支払う。逆に持参金は一切要らないと。花嫁は身一つで来てくれるだけで十分、全てこちらで用意するとまで言っていましたよ。よほど、来手に困っているのでしょう」


 父はその言葉に見る見る顔を明るくさせた。一瞬で不安が吹き飛んだようだ。


「いかがですかな? 子爵殿。受けて下さるなら、我が家の次男との婚約はラリエット嬢からアリエル嬢へ変更として続行しましょう。ビジネス上の損害の慰謝料も請求しない。そちらにとって悪い事ではないと思いますがね」


「はい。喜んでお受けしましょう!」


 オブライエン伯爵は父の返事に満足したように頷くと、ゆっくりとソファから立ち上がった。そして父の前に来ると右手を差し出した。父は両手でその手を固く握った。


 ラリエット本人のいる前で、彼女などいないかのように話が決まってしまった。まったくの蚊帳の外だった。


 ラリエットはただただボーッとそこに立っているだけだった。四人が部屋を出て行った後も、ボーッとそこに立ち尽くしていた。


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