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25.婚約破棄

 あれからラリエットは、自分の一番の宝物は毎日身に付けるようにした。それはエドガーから貰った貝で出来た蝶の髪飾り。それと、もう一つ、母から譲り受けたルビーのネックレスも。この二つだけは、絶対にアリエルに盗まれないように肌身離さず身に付けた。


 ティナ対策としては、真珠のブローチを贈ろうとしたが、彼女は受け取りを断固拒否した。あまりにも真面目な態度に、物で懐柔しようとした自分が恥ずかしくなり、それ以上勧めることは止めた。


 ラリエットが回復してから二週間近く経った。その間、ラリエットの懸念通り、宝石は少しずつ消えていった。また、異母妹や母からの嫌がらせもどんどん増えてきた。


 継母はわざと鉢合わせしては顔も見たくないと嫌味を言ってくる。顔を見たくなければ避けてくれればいいのにと、つい正論を口走ってしまいそうになるが、そこはグッと堪える。彼女はどこにも出かけないのにやたらと着飾ってはこれ見よがしにラリエットの前を通り過ぎる。自分がいかに前妻より大事にされているかアピールしたいようだ。


 継母よりも厄介なのは異母妹の嫌がらせだった。彼女はすれ違いざまにラリエットの足を引っかけて転ばせるという古典的な方法から、体当たりしては自ら大げさに転び、ラリエットに突き飛ばされたと喚き、飛んできた父に異母姉を叩かせるという荒業までこなしてくる。継母よりも実害があるのだ。


 その度にフィッツ夫人が助けてくれる。あれだけ放っておいてくれと頼んだのに、正義感の強い彼女は見て見ぬ振りが出来ないらしい。そのため、彼女の立場もどんどん危ういものになっていった。



☆彡



 とうとうその日はやって来た。


 部屋で読書をしていたラリエットのもとにフィッツ夫人がやって来た。その表情はとても暗い。ラリエットは嫌な予感がした。


「お嬢様。お客様がお見えになりました。客間にお越しになるようにと旦那様が仰せです」


「・・・どなた?」


 ラリエットは震える声で尋ねた。


「オブライエン伯爵様です」


「伯爵様・・・? エドガー様は? 一緒じゃないの?」


「はい。伯爵様お一人です」


 なぜ、伯爵が・・・?

 小説では、エドガーがやって来て、既に口裏合わせをしている父と一緒になって婚約者を異母妹に鞍替えすると一方的に突き付けてくるのだ。それなのに、どうして父親である伯爵やって来たのだ?


「分かったわ。着替えないと・・・」


「はい。お手伝いします」


 着替えている最中も胸騒ぎが収まらない。これから起こる悲劇は自分が知っている悲劇と同じなのだろうか? もっと酷いのだろうか? 今までの経験上、小説より酷いことが待ち受けていてもおかしくはない。


 支度を終え、ラリエットは客間に向かった。


「失礼いたします」


 恐る恐る部屋に入る。そこには渋い顔でオブライエン伯爵と少し青い顔の父、緊張した面持ちの継母と異母妹が揃ってソファに座っていた。


「いつまでお待たせするのだ!」


 入って早々父が怒鳴ってきた。驚いて慌てて申し訳ございませんと頭を下げる。すると、父は彼女に駆け寄り隣に立つと、一緒になってオブライエン伯爵へ頭を下げた。


「本当にどうしようもない娘で申し訳ございません!」


 ラリエットはこの状況を飲み込めない。あの父が自分のために頭を下げている。そのことに混乱するが、なぜ謝っているのか理解できない。混乱している中でも、不謹慎ながら、自分のために頭を下げてくれる父に、少しだけ嬉しいと思ってしまう自分がいた。

 しかし、そんな感情はオブライエン伯爵の次の言葉ですぐにかき消された。


「非常に残念だよ、ラリエット嬢。エドガーが贈ったドレスを癇癪で引き裂いてしまうなんてね。君がそんな気性の持ち主だったなんて」


 伯爵の咎めるような低い声に、ラリエットは一瞬頭が真っ白になった。


「あのドレスはね、本当に貴重なものだったのだよ。品としての意味だけじゃない。我がオブライエンのビジネスにおいてもね」


 伯爵は低い声で続ける。


「も、申し訳ございません! 本当に気性の荒い娘でして・・・」


 伯爵の怒りに対し、父はひたすら頭を下げる。ラリエットはまだ頭が追い付かない。思わず顔を上げ、ポカンと伯爵と父を交互に見つめた。


「あの・・・、一体何のお話・・・?」

「お前は何てことをしたのだ!! ドレスを破るなんて!!」


 ラリエットの言葉を父は大声で遮った。


「え? え? 私が・・・?」

「本当に酷い! お姉様!! 自分が着られないからって破くなんて!」


 今度はアリエルが被せてきた。この時になってやっとラリエットは状況を理解した。


(え? もしかして、私がドレスを破ったことになってる・・・?)


 ラリエットは呆然と父と異母妹を見た。いくらなんでも、それはないのではないか? 流石に酷いと思ったラリエットはすぐに否定しようとした。


「いいえ、私・・・」

「ラリエット! 謝りなさい!」

「そうよ! 謝りなさい! ラリエット!」

「謝って! お姉様!」


 しかし、彼女の言葉は父母娘に一斉に遮られる。


「だから、私は・・・」

「くだらない言い訳は止めなさい!!」

「そうよ! 止めなさい! ラリエット!」

「止めて! お姉様!」


 やっぱり大声で遮られる。何も言える状態ではない。ラリエットは口を閉じて目を伏せた。娘のその態度から反論を諦めたと分かったのだろう、隣に立つ父から軽く安堵の吐息が聞こえた。そんな父にラリエットは落胆した。さっき、自分のために頭を下げてくれたのだと勘違いし、一瞬でも喜んだ自分が惨めになった。


「まあ、私も過ぎたことをこれ以上責めるつもりは無い。差し上げた時点でドレスは君の物だ。それを破ろうが焼こうが君の自由と言えばその通り。だがね・・・」


 三人の怒号が止むのを待っていたとばかりに、オブライエン伯爵が再び口を開いた。


「そのような気性の女性をオブライエン家の次男とは結婚させられない。婚約を破棄させてもらいたい」



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