21.夜会
「わあ!」
アリエルは会場に足を踏み入れたと同時に歓喜の声を上げた。
目の前に広がる煌びやかな景色。侯爵家の広間は我が子爵家とは比べ物にならないほど美しい。天井には豪華なシャンデリアが幾つも並び、眩いばかりの輝きを放っている。まるで宝石のようだ。その下に集うのは、その輝きに相応しい華やかな衣装をまとった紳士淑女たち。軽快な音楽が流れる中、優雅に会話を楽しんでいる。
(なんて素敵なの!)
アリエルは目を輝かせ、うっとりと会場を見渡した。
「アリエル嬢、どうぞ」
エドガーはボーイからグラスを受け取り、アリエルに渡した。
「ありがとうございますっ!!」
「あそこにデザートのテーブルがあるよ。行こうか?」
「はい!」
二人で会場の隅のテーブルに向かう。そこには芸術品のように美しいデザートが所狭しと並んでおり、目を楽しませてくれる。エドガーは慣れた手つきで幾つかのケーキを皿に盛り、アリエルに渡した。
「わあ! ありがとうございます! エドガー様!」
アリエルは夢心地の状態で皿を受け取った。エドガーはにっこりと頷いた。しかし、次の言葉にアリエルは耳を疑った。
「それじゃ、僕は挨拶回りをしないといけないから、失礼するね」
「え・・・?!」
驚いたアリエルは目を皿のように丸めてエドガーを見入った。エドガーはそんな彼女を見ても優しい笑顔を崩さない。にっこりと微笑んだまま続けた。
「さっきも言ったけれど、今日はビジネス上で重要な取引先と会うことになっているんだよ。違う生地で作ったドレスを身に付けている女性を自分のパートナーとして連れてあることは出来ないんだ。しかも、そのドレスの生地、我が家が懇意にしている商会のライバル社のものだよ。あのドレスを提供してくれた取引先に顔向けできない」
「で、でも・・・っ!」
「もちろん、君が悪いわけじゃないんだから、気に病まないでね。パーティーを楽しんで」
「で、でも、一人ぼっちなんて・・・!」
「大丈夫! 君みたいな可愛い子は誰もほっとかないよ。折角だし、ここで新しいお友達を作るといいよ。君にとってもきっとプラスになるはずさ」
「そ、そんな・・・」
「帰りには声を掛けるよ。じゃあ、また後でね」
「ちょっと、待って! エドガー様!」
必死に止めるアリエルに、エドガーは優しい笑顔で軽く手を振ると、サッと踵を返し、会場の人群れに紛れてしまった。
こうして一人取り残されたアリエルは、会場の壁の花になって過ごすしかなかった。最初のうちは、数人の紳士が彼女の可憐な容姿に目を留め、進んで話し相手をしてくれた。しかし、彼女の会話から教養の無さや粗野な育ちが滲み出てしまい、彼らはすぐに離れて行った。
夜会の終わりに、エドガーは約束通りアリエルのもとに戻ってきてくれた。悪びれた様子も見せず、ニコニコと笑顔でやってくると、始まりと同じようにマーロウ家の馬車まで彼女をエスコートしてくれた。
結局、アリエルは夜会で誰にも相手にされなかっただけでなく、一緒に参加しているはずのエドガーの両親や兄に紹介すらされず、一人帰路についたのだった。
☆彡
帰路の馬車の中、アリエルはこの惨めな社交界デビューに怒りで震えていた。そして、この怒りの矛先はラリエットのメイドであるレイラとアリーに向けられた。
「あいつらがいけないのよ・・・っ! ドレスを直さないからっ! あのドレスを着て行ってれば・・・」
こんなに惨めな目に遭わなかったのにっ!
怒りを押さえ込むように膝の上で両手の拳をギュッと握りしめた。それでも、収まることはない。ギギギッと歯を喰いしばる。目の淵には涙も浮かんできた。
「あの二人、許さないから・・・っ! お姉様だって・・・」
悔しさのあまり、自分の愚行はすっかり棚の上―――最上段に置きっぱなしにされ、挙句の果ては、怒りの矛先に異母姉まで加えられた。
その間も、異母妹の怒りなど知る由もないラリエットは、高熱に抗う術もなく、ぐったりとベッドに沈んでいた。
やっと、熱が引いたのは二日後のことだった。
そして、その時に初めて聞かされた事実に、ラリエットは身体が一気に氷点下まで冷え込むほどの衝撃を受けた。
自分の知らない間に、レイラとアリーが解雇され、このマーロウ子爵家から追い出されていたのだ。