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2.私はヒロイン?

「大丈夫ですか? お嬢様?」


 自室で手当てを終えたラリエットに、メイドのレイラが心配そうに声を掛けた。


「ええ。大丈夫よ、レイラ。手当てありがとう」


 ラリエットソファに座り、包帯で巻かれた腕を摩りながらレイラにお礼を言った。彼女は軽く首を横に振ると、寂しそうに俯いた。


「旦那様は酷いです・・・。どう見たってあの娘の手が当たったせいでお嬢様が落ちたのに・・・。お嬢様の不注意のせいにして、あの娘はお咎めなしだなんて!」


 レイラは悔しそうにスカートを握りしめた。ラリエットは硬くなった彼女の拳にそっと手を添えた。


「『あの娘』なんて言ってはいけないわ。彼女は新しいマーロウ家の家族なのだから」


「私はあんな娘、認めたくありません! マーロウ家のお嬢様はラリエット様だけです!」


 そう涙声で叫ぶレイラに、ラリエットは胸が少し熱くなった。自分の事に親身になってくれる人物がいるというのは本当にありがたいことだ。

 そこに、扉をノックする音が聞こえた。ラリエットが返事をすると、もう一人のメイド―――アリーがティーセットと豪華な菓子の乗ったワゴンを引いて入ってきた。それを見たレイラの顔が引きつった。


「・・・お嬢様は足を痛めたから、お茶はお部屋に運ぶようにと旦那様が・・・」


 アリーも暗い顔をして、申し訳なさそうに顔を伏せた。


「そんな酷い! お嬢様を除け者にするなんて! 今日はあの方達がいらした初日よ?! 到着したら皆で一緒にお茶をする手筈になっていたじゃない! そのケーキだって、お二人の為にお嬢様が吟味して選んだ一品なのに!」


「でも・・・旦那様が・・・」


 カッと叫ぶレイラに後輩アリーは顔を伏せたまま肩を窄めた。ラリエットは添えていたレイラの手をキュッと握った。


「レイラ、アリーに怒ったって仕方がないでしょう? お父様の命令だもの」


「そうですけど・・・っ」


「親子三人水入らずで楽しみたいのよ、きっと・・・」


 ラリエットは寂しそうにフイッと顔を背けた。そんな主人の手をレイラは強く握り返した。それに気が付いたラリエットは慌てたように顔を上げると、無理やり笑顔作ってみせた。


「私は大丈夫よ!」


「お嬢様・・・」


 ラリエットは心配そうに見つめているレイラの腕を優しくポンポンと叩くと、笑顔のまま、アリーに振り向いた。アリーも今にも泣きそうな顔をしていた。


「アリーもそんな顔をしないで。私は大丈夫。窓際のテーブルにセットしてちょうだい。私も一人でじっくり思い出したいことがあったから、返ってよかったわ」


「思い出したいこと・・・?」


 レイラは不思議そうに首を傾げた。それを見てラリエットは慌てて首を横に振った。


「う、ううん! 何でもないわ! えっと、その、一人でゆっくりしたいなって。ほ、ほら、私、昨日から緊張しっぱなしだったでしょう? 今日のお茶だって上手にお相手できるか心配だったし。ここで一人気持ちを落ち着かせるわ、うん! ほら、一緒の晩餐も控えているしね。心の準備をするには丁度いいのよ!」


 先ほどの悲壮感はどこへ行ってしまったのか。突然、慌ただしく話し出したラリエットに、レイラは不思議に思ったが、悲しそうにしているよりもよっぽどいいと思い直し、にっこりと頷いた。そして、お茶のセッティングを終えたアリーと共にラリエットの部屋を後にした。



☆彡



 ふうぅぅぅ~~~~~~・・・・。


 二人のメイドが出て行った後、ラリエットの口から長い安堵の息が漏れた。腕で軽く額の汗を拭う。そして今度は、


 はあぁぁぁあ~~~~~~・・・。


 と、これもまた吐息と同じくらい長い溜息を漏らし、両手でグシャグシャと頭を掻きむしった。


「ちょっと、頭の中を整理しないと・・・」


 ラリエットは頭を掻きむしりながら呟いた。


 さっき階段から落ちる刹那、その一瞬の間に脳裏を駆け巡ったあの景色。

 一人の成人の女性像が浮かんだ。中年とまではいかず、とは言え、うら若い女性とも言えない細身の地味な女性。その女性が読んでいたらしい膨大な小説の内容が効果音のように頭を過る。そして、その中の一つの物語だけがはっきりと浮かび上がり、頭に残ったのだ。


「きっと、あの地味な女の人は私だわ・・・。きっと前世の私よ・・・」


 ラリエットは頭を掻きむしるのを止め、両手で顔を覆った。一生懸命思い出そうとするが、自分であるその女性の名前を思い出せない。その女性の生涯もぼんやりとしか思い出せない。小説や漫画、そして乙女ゲームやパズルゲームを嗜み、それを友人と共感し合って楽しんでいる様がふんわりと浮かんでくるだけだ。

 それよりも、一つの物語の方が強烈に頭に残っているのだ。


「きっと、前世の私が読んだ小説よ・・・。でも、題名が思い出せない・・・」


 前世の自分自身の記憶よりも鮮明に思い出せる小説の内容。読みまくったライトノベルの一つ。当時は同時に同じような話を幾つも読んでおり、中身がごちゃ混ぜに記憶していても変ではないのに、この一つ小説だけはどうしてかはっきりと思い出せる。さして特別の思い入れがあるわけでもない。普通にお気に入りに登録し、読んでいたweb小説の一つ。そんな小説の内容がなぜに自分の前世の記憶以上に鮮明に思い出せるのか・・・。


 そして何故、その小説の主人公の名前と自分の名前は同じなのか・・・。

 それだけではない。周りの登場人物の名前さえも、今の自分の周りに生存する人物と同じだ。それはなぜ・・・。


「つまり・・・、その小説に転生したってことよね・・・。しかもヒロイン・・・ラリエット・マーロウ子爵令嬢に・・・」

 

 ラリエット・マーロウ―――この物語の主人公で、今現在、この身体を成している女・・・。

 

 ラリエットは顔を覆っていた両手をゆっくり話すと、その手のひらをまじまじと見た。


(と言うことは・・・、私はこれから数年間、非道で不条理で無情な虐めに苦しむことになるの・・・?)


 ラリエットはガックリと肩を落とした。


「うわぁ~・・・、気、重っ・・・」


 そう呟くと、再び顔を両手で覆った。



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