17.油断
なぜラリエットがこんな目に遭っているかと言うと、昨日のアリエルの罠に嵌ってしまったからだ。
アリエルに可愛らしく散歩に誘われ、訝しみながらも付いて行くと、庭園内の奥まで来てしまった。そこには普段使われていない物置小屋がある。その小屋はとてもボロボロで近い内に取り壊す予定なのだ。アリエルは「冒険ごっこしましょ」などと言いながら、その小さな小屋に入る。もちろん、ラリエットは止めるが、アリエルは聞く耳を持たない。仕方なく異母妹の後を付いて小屋に入った。
少しの間、小屋内を観察した後、突然、アリエルは大切なイヤリングを片方落としてしまったと騒ぎ出した。慌てて二人して四つん這いになってイヤリングを探し始めるが、これはアリエルの真っ赤な嘘。いつの間にか彼女は小屋の外に出ており、ラリエットがハッと気が付いた時にはもう遅かった。小屋の扉は閉められ、外から閂が降ろされた。
「何をするの?! アリエル!」
閉じ込められたラリエットが小屋の中から叫ぶと、
「楽しかったわね、お義姉様! 冒険ごっこ!」
外からアリエルの楽しそうな笑い声が聞こえた。
出してくれと懇願しても笑うだけだ。そして、いつの間に用意したのか、小屋の小窓からバケツの水を浴びせてきたのだ。しかも、ご丁寧に三回も。
すっかりびしょ濡れになったラリエットに向かって、小窓から醜く笑った顔が覗く。
「お義姉様がエドガー様とパーティーに行くなんて狡い!! 絶対行かせないから!!」
アリエルはそう叫ぶと、ラリエットを小屋に閉じ込めたまま走って消えてしまった。
(やられた・・・)
ラリエットはびしょ濡れのまま呆然と立ち尽くした。
ゆっくりと周りを見渡す。手が届かない高さに小窓が二つある。例え届いたとしても、抜け出せるほどの大きくない。仕方がないので、大声で叫ぶが、生憎近くに人がいないようだ。
ラリエットは大きく溜息を付くと、その場に座り込んだ。すっかり油断してしまった自分が情けない。
(そう言えばあったな、こんな件・・・)
ボーッと小説の内容を思い起こす。ラリエットはアリエルから妬まれ、夜会に出席できないように幾度となく妨害されるのだ。確かに今回のように人気のいない小屋に閉じ込め、水を浴びせられた挙句、長い間放置され、風邪を引くという件があった。今更思い出しても後の祭りだ。
小説を読んでいた時は「世のヒロインって、みんな大抵こういう易い手口に引っ掛かるよね。純真ってことになっているけど、実際は只のお間抜けさんなだけでは・・・?」などと思っていたのに、自分はすっかり騙された。しかも、事前情報を持っているはずの自分が・・・。
(最近、心ここに非ずだったから、油断しちゃった・・・)
小説の通りだと助け出されるのは夜だ。夕食を持ってきたレイラが部屋にラリエットがいないことに気が付く。アリーとフィッツ夫人と執事のロバートが必死になって探してくれるのだ。だが、その時には濡れた体は冷え切っており、その晩から体調を崩し、翌日から暫く高熱が続き、夜会まで体調は戻らず、夜会に行けなくなるのだ。
(そして、結局、代わりにアリエルが行くのよね・・・)
ラリエットは再び溜息を付いた。小屋の隙間から風が入り込む。びしょ濡れの体に当たり、ブルブルッと震えた。ラリエットは出来るだけ風の当たらない場所に移動して、膝を抱えて丸くなった。
それにしても、三回も水をかけるなんて。やり過ぎじゃないか。小説だって一回だ。わざわざ先にバケツの水を三つも用意していたのか? そうだとしたら、ご苦労な事だ。
アリエルが一人でえっちらおっちらと重たいバケツの水を運んでいる姿を覆い浮かべると、ちょっと滑稽で笑いが込み上げてくる。しかも、それを三回も繰り返すなんて。
最初はそんなことを思うゆとりがあった。しかし、次第にそんな余裕はなくなってきた。
ボロボロの小屋では隙間風を避けるのは限度がある。風は濡れた体に容赦なく吹き付け、体温を奪ってゆく。びしょ濡れの服を脱ぎ捨て、下着姿になるが、既に冷えた肌に風が直接当たることになるだけ。ブルブル震えながら辺りを見回し、汚い麻布を見つけてそれに包まった。
小さく丸まりながら、小屋の小窓を見上げる。差し込む日差しがどんどん小さくなり、薄暗い闇に包まれていく中、ラリエットは寂しくて空しくて情けなくて涙がどんどん溢れてきた。暗闇に一人取り残され、惨めな気持ちでいっぱいだった。
いつまで経っても誰も助けに来てくれない。きっと自分は誰にも見つけてもらえず、ここで一人死ぬのだとイジイジと絶望感に浸っていると、小屋の扉がガタガタと音がした。
ラリエットが顔を上げると、乱暴に扉が開き、ランプの光が目に飛び込んできた。
「お嬢様あぁぁ!!」
レイラとアリーが飛び込んできた。やっと助けに来てくれた二人の顔を見ると、ラリエットは安堵から気を失ってしまった。