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16.頻繁に訪れる理由

 ドクンドクンとラリエットの心臓が激しく波を打つ。息が止まりそうだ。

 ラリエットは思わず片手でギュッと胸を押さえた。同時にリボンが手からこぼれ、ゆっくりと床に落ちていった。しかし、ラリエットはそれに気が付かずに、窓の外を凝視していた。


 ベンチに仲良く腰掛けていた男女は、おしゃべりが終わったのか、二人同時に立ち上がった。そのまま帰るのか思いきや、二人が一緒に歩き出したのは門扉の方ではなく、庭園の奥。まだ散歩を続けるようだ。


 ラリエットは見ていられなくなった。部屋に振り返り、後ろ手でカーテンをシャッと乱暴に閉めた。そして、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


 やっぱり―――。


 ラリエットの中で絶望感が広がる。


 あの人は異母妹を選ぶのだ。私を捨てて―――。

 こんなにも頻繁に我が家を訪れていたのは、私に会いに来ていたのではなくて、きっと彼女に会いに来ていたのだ。折角来ても、私と会う時間が僅かだったのはこのせいだったのか。


(バカみたい・・・、そんなことに気が付かなくて、一人で浮かれて・・・)


 そう思うと、瞳の奥がどんどん熱くなってきた。


『良かった・・・。怪我が増えてなくって・・・』


 あの言葉が聞こえた時、もしかしたら、自分がこの家で虐待を受けていることに気が付いて、それを心配してこんなにも頻繁に足を運んでくれていたのかもしれないなどと、一瞬でも期待した自分が滑稽に思える。


 霞んだ視界の中、足元に落ちているリボンがぼんやりと見えた。ラリエットはそれを力なく拾った。可愛らしい薄紫の小花が散りばめられたリボン。いつの間にかボタボタと流れ落ちる涙でその愛らしい模様が見えなくなった。


(こんなに悲しいなんて・・・、私ってエドガー様のことがこんなにも好きだったんだな・・・)


 本当の自分の気持ちに改めて気付かされる。ラリエットはこの宝物を守るように胸に抱きしめた。



☆彡



 招待された夜会の日までまだ二週間近くあった。その間にもエドガーは数回マーロウ子爵家を訪れた。やって来てもラリエットとの時間は僅かだった。忙しいからと言い、一杯のお茶だけ付き合うと、そそくさと帰って行く。


 その時に、さりげなくラリエットの全身を確かめるように見ているのは気のせいだろうか。今まで見たことのない厳しく観察するような視線とぶつかると、エドガーはパッと表情を変え、いつもの優しい笑顔に戻る。

 ラリエットはこの視線に気が付かないふりをした。いいや、気のせいだと思いたかった。


 恐らく、徐々にアリエルとの距離を縮めてきているエドガーは、彼女からラリエットについて、ある事無いこと吹き込まれているはずだ。きっと今は、それが本当かどうか確かめようとしているのかもしれない。本当にラリエットが自分の婚約者に相応しいか値踏みをしているのかも・・・。


 しかし、まだ心の底で婚約者を諦めきれないラリエットは、そんなことで彼の心が離れないと信じたい気持ちが強く、エドガーの視線を感じる度に、気のせいだと自分に言い聞かせていたのだ。


 だが、それは毎回すぐに裏切られる。


 短い逢瀬の時間を終えて、急いで帰宅するエドガーだが、実際は帰っておらず、アリエルとマーロウ家の庭園で落ち合っているのだった。仲良くおしゃべりしている姿が婚約者の部屋から丸見えだとも知らず。


 小説のラリエットは捨てられる直前までエドガーとアリエルの関係を知らなかった。彼女は亡き祖母の部屋を自室としていたし、その部屋の窓の前には大きな大木がある。そのせいで彼らの密会は隠されていたのだろう。だから、彼女は最後まで婚約者に自分を捨てないで欲しいと懇願していた。惨めなまでに。


 しかし、現実のラリエットの部屋からは彼らの密会は丸見えだった。


 その光景を見る度に、悲壮感に襲われた。そして、覚悟を決めなければと自分を叱咤する。惨めに婚約者に縋るのは止めようと言い聞かせるのだ。


 信じては落胆する・・・。

 悲しいが、毎回、そんなことの繰り返しだった。



☆彡



 夜会を迎える三日前になって、エドガーからドレスが届いた。


 思わずため息が漏れてしまいそうな繊細な織で描かれた模様の絹地に、更に、その上にビーズを使った細かな刺繍があしらわれており、とても手が込んでいる。可愛らしい模様は、あのリボンと同じ薄紫の小花。愛らしくも大人びた仕上がりになっている。


「なんて素敵なドレス・・・!」


 ハンガーに掛けたレイラが感嘆して呟いた。


「ご覧になって下さい! お嬢様! きっとお嬢様にお似合いです!」


 そう声を弾ませるレイラだが、どこか悲しそうな顔をしている。努めて明るく見せているようだ。

 ラリエットはその美しいドレスをベッドに横になったまま、ボーッと眺めた。


「そうね・・・。綺麗だわ・・・」


 力無く答えるラリエットに、レイラは目が赤くなった。ベッドに駆け寄ると、ラリエットの手を握りしめ、


「お嬢様! 大丈夫ですよ! 夜会まであと三日あります! お熱は下がりますわ! 頑張って治しましょう!!」


 そう主人を励ました。


 実はラリエットは高熱を出して寝込んでいたのだった。

 熱のせいで頭がクラクラする。本当のところドレスもよく見えていない。クラクラ歪んで見える。


(よく見えない・・・。きっと素敵なんだろうなぁ・・・。着ることはないけど・・・)


 ラリエットは焦点が合わない目でぼんやりとドレスを見つめていた。



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