13.想定外の来訪
気を取り直して図書室でのんびりと過ごしているうちに気が付いたら夕方になっていた。
そろそろ部屋に戻ろうかと思っていた時だった。レイラが図書室に駆け込んできた。
「お嬢様、まだここにいたのですね!」
「? どうしたの、レイラ? そんなに急いで」
侍女の慌てた姿にラリエットは首を傾げた。
「エドガー様が急遽お見えになりました! お嬢様にお会いしたいと」
「はあ?!」
ラリエットは目を見開いた。
何故、エドガーが?! 今日は何の約束もしていないはず!
「街に御用があったそうで、その帰りにお寄り下さったみたいです。どうしましょう?! お嬢様?」
困った顔で主人の指示を待つレイラ。そんな侍女にラリエットも困惑してしまう。
「どうしましょうって・・・。困ったわ、こんな顔じゃ、会えないわ・・・」
叩かれた左頬をそっと触る。やはりまだ腫れている。一日冷たいタオルを当てていたからってそう簡単に引くわけがない。
「申し訳ないけど、具合がすぐれないとか適当な理由を付けてお帰り頂けないかしら・・・?」
「でも・・・」
レイラはとても言い辛そうに、首を竦めて上目遣いにラリエットを見た。
「ロバートさんの話だと、お嬢様にお渡ししたい物があるそうです。どうしても直接お渡ししたいとおっしゃっているって・・・」
渡したい物って何? まさか、また花束? 律儀過ぎやしないか?
「それに、『体調不良』なんて理由は、今のエドガー様には逆効果ではないでしょうか? もっと心配されてしまうかも」
「・・・確かに・・・」
ラリエットは溜息を付いた。
会いに来てくれたこと自体に不満なんてない。むしろ嬉しいくらい。しかし、今は顔が酷く腫れあがっているのだ。こんなに醜い顔を好きな人に見られるなんて耐えられないと思うのが、花も恥じらう乙女の当然の心情ではないか。
でも、折角来てくれたのに無下に追い返す事にも気が引ける・・・。
「お嬢様・・・、どうしましょう・・・?」
レイラはオロオロと主の様子を伺っている。ラリエットは再び軽く吐息を吐くと、レイラに頷いた。
「客間にお通しするようにロバートに伝えて」
☆彡
「お待たせ致しました。エドガー様」
「ラリエット、ごめんね、突然に・・・って、どうしたんだ?! その顔!!」
部屋に入ったラリエットを見るなり、エドガーは真っ青になって叫んだ。ラリエットはそんなエドガーを落ち着かせるように、腫れた左頬を手で隠すように包むと、ニコッと微笑んだ。
「大したことないのです。驚かせてごめんなさい」
「大したことないって!? 何言っているんだ?! ラリエット!」
エドガーはラリエットに駆け寄ると、頬を隠している彼女の手をそっと退かして、腫れた頬に見入った。その目は吊り上がっており、瞳の奥にキラリと怒りの光が見えた。
「一体誰なんだ・・・! 君にこんな事をしたのは・・・!」
喉奥から絞り出すような声。そんな婚約者の怒りの声にラリエットは自分が怒られたわけでもないのにビクッと震えた。
「あ、え、えっと・・・、誰でもない・・・です・・・、その、転んだ・・・みたいな?」
さすが実父に殴られたとは言い難い。しかも、折檻の理由にはエドガーも一枚絡んでいるのだ。素直に話すのは気が引ける。自分のせいだと責任を感じてしまう筈だ。
「転んで頬がこんな風に腫れあがるわけがないだろう?! 叩かれたのかい?! 誰に? もしかして、子爵・・・?」
「いいえ! 本当に転んだのです! ほら、私、足を捻っているでしょう? 躓いて顔から床に倒れて込んでしまったの!」
ラリエットはエドガーの言葉を遮るように捲し立てた。
エドガーに自責の念を追わせたくないという美しい気持ちだけではない。ましてや、父を庇う気持ちなどない。そこには実父に虐げられている惨めな自分を隠したいという思いもあった。
「本当です! それにね、見た目ほど痛くないの! だから、心配しないで下さい。本当に大丈夫ですから!」
必死に訴える婚約者にエドガーは黙ってしまった。彼の怒りの顔が少し和らいだが、その代わり少し寂しい顔をになった。
「わかった・・・。君が言いたくないのなら、無理に聞かないよ・・・」
エドガーは納得していないようだが、小さく頷くと、ラリエットの左頬にそっと手を添えた。
「本当に痛くない?」
「ええ。本当に痛くないです」
ラリエットは優しく微笑んだ。