1.新しい家族
(とうとうこの時が来てしまった・・・)
ラリエットは不安な気持ちを押さえようと無意識に胸に手当てて、屋敷の入り口の扉を見つめた。
今日は彼女の運命の日だった。
なぜなら、父の愛人とその娘が我が家にやってくる日だから。
昨年、父とは折り合いの悪かった母が病気で亡くなった。一年の喪が明けたので、父は長年囲っていた愛人を正式に迎えることになったのだ。
エントランスでは、彼女たちを迎えるべく、父を始め、執事と使用人たちが列を成して待っている。ラリエットも父の隣にひっそりと立っていた。
ラリエットは父の顔をそっと盗み見た。その顔はとても嬉しそうな満面の笑顔だ。その笑顔を見て彼女の胸はズキンッと痛んだ。なぜなら、ラリエットにはそんな笑顔を彼から向けられた記憶が無いからだ。彼女の母にも向けられたところを見た覚えもない。
ラリエットは、父が外に愛人を作っていることは知っていた。子供もいることも知っていた。彼女たちを自分たち母娘よりも愛していることも知っていた。
知っていても、ここまではっきりと表情に表されると、とても虚しくて惨めな気持ちになる。母に対しても同情の念が湧き上がる。
切ない思いが溢れてくるせいか、ラリエットは幸せそうな父の顔をジッと見入ってしまった。
父はそんな視線に気が付き、チラッと娘を見た。娘と目が合うと、幸せそうな顔から途端に無表情になった。そして、小さく溜息を漏らすとすぐに顔を背けてしまった。
ラリエットはそんな父の態度にさらに胸の痛みが増した。彼にとって自分は浮かれた気持ちを瞬時に萎えてしまう存在のようだ。
「何度も言っているが、これから迎えるエリザベスとアリエルには礼を欠くことの無いように。お前の新しい母親と妹なのだからな」
低く冷たい声で父が言う。
「はい・・・」
ラリエットは素直に頷いた。
☆彡
邸の扉が開くと、華々しいドレスを身に纏った妖艶で美しい女性が入ってきた。隣には自分と同じ歳頃の娘もいる。こちらも柔らかで可愛らしいドレスで着飾った美しい少女だ。
「待っていたよ!! 愛しいエリザベス! そしてアリエル! 私の可愛い娘!」
父は嬉しそうに両手を広げた。
「あなた!」
「お父様!!」
その父に向かって駆け寄ってきた母娘の勢いに、ラリエットは思わずたじろぎ、一歩身を引いた。父は二人を愛しそうに抱きしめた。
「これからはずっと一緒にいられるのね?! お父様!」
アリエルと呼ばれた可憐な少女は父に抱き付いたまま尋ねた。
「ああ! そうさ! ここがお前たちの家だよ!」
父は喜ぶ娘の頭を愛しそうに撫でた。
「うふふ! 素敵! ね? 母様?」
「ええ! 本当に素敵! これからはここが私たちの家よ!」
母も嬉しそうに頷く。仲睦まじい親子三人の光景。傍にいるラリエットのことなど目に入っていないようだ。
「さあ、二人とも疲れたろう。まずは部屋に・・・」
父が使用人に指図しようと振り返った時になって、やっともう一人の娘の存在を思い出したようだ。
「ああ・・・そうだ。ラリエット、新しい母と妹に挨拶をしなさい」
父は両手で妻と娘の肩を抱き、ラリエットと向かい合った。
「お久しぶりね、ラリエット。これからは母としてよろしく」
「お姉様。よろしく!」
本格的にこの屋敷に移り住む前に何度か顔合わせもしている母娘。頭も下げず、親し気に挨拶をする彼女達。親密になろうと敢えて砕けた態度を取っているのかもしれない。しかし、にっこりと微笑んでいる笑顔が妙に馴れ馴れしく感じてしまい、ラリエットは返って彼らの間に距離を置きたい感情が生まれてしまう。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
つい、客人に対するように礼儀正しく頭を下げた。二人はそんな彼女の小さな反発心には気が付いていないようだ。娘の方はすぐに父に振り返った。
「ねえ、お父様! 私のお部屋は? 早く自分のお部屋を見たいわ! 前にお願いしたお部屋にしてくれた?」
「ああ。お前の希望通りの部屋だよ」
「嬉しい!!」
「でも、本当にあの部屋でいいのか? もっと日当たりの良い部屋があるのに・・・」
「あの部屋が良いの!!」
はしゃぐ娘に急かされるように、三人は並んで歩き出した。そして二階に上がる階段を上り始める。ラリエットはどうしたものかと考えたが、自分も一度自室に戻ろうと、彼ら三人の後を追うように、階段を上り始めた。
三人が途中の踊り場を上り終えた時だった。
「ラリエットお姉様! お部屋のこと、どうもありがとうね!!」
突然、アリエルが嬉しそうに両手を大きく広げなら、ラリエットに振り返った。その時、彼女の手がラリエットの顔に勢いよく当たった。
(え・・・?)
ラリエットの身体は後ろに傾いた。
「危ない!! お嬢様ーっ!!」
階下から使用人たちの叫ぶ声が聞こえる。その中をラリエットは背中から階段を落ちていった。落ちる時に異母妹の顔が目に入った。驚くことに、彼女の顔は醜く笑っていた。
その顔を見た瞬間、ラリエットの脳裏を走馬灯のように一つの物語が過った。
(私、知ってるわ、この光景・・・)
階段を落ちながら、ラリエットは階段の上から自分を見下ろす異母妹を見つめた。そして、その両隣りに立つ継母と父も。彼らはただ驚いた顔をしているだけで、落ちる娘を助けようと手を伸ばすことをしない。
(私、たぶんヒロインだ・・・! あの小説の・・・題名なんだっけ・・・)
次の瞬間、階段に身体を打ち付け、ゴロゴロと転がるように階下まで落ちていった。
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