婚礼式
重厚な扉の向こうから、かすかに太鼓の音が聞こえてくる。
祝祭のはじまりを告げる、荘厳で切ない響きだった。
ウヨンは長い廊下の途中で足を止めた。胸の奥がざわついていた。
義父が振り返り、焦った声をあげる。
「ウヨン、急ぐんだ。婚礼式が始まってしまうぞ」
ウヨンは会場へと急いだ。
黄金のしつらえが施された大広間には、光の粒が降るような明かりが灯っていた。
中央では、金と紅の衣装をまとったダンサーたちが、火花のように舞う。
背後の階段からは、シンガーが祝杯の歌を高らかに響かせる。
トリカブト国王と王妃、重厚な衣をまとった右大臣・左大臣、そして各国の貴族たちが整然と並び、
誰もが神聖なこの瞬間を見守っていた。
音楽が止まり、空気が一瞬静まり返る。
壇上に立つ役人が、朗々と声を上げた。
「皆様。トリカブト皇太子・トア様と、王女へヨン様のご登場でございます」
再び音楽が鳴り、二人の姿がゆっくりと現れる。
白銀の刺繍が施されたへヨンのドレスが、まるで月光のように舞台を照らす。
その長く引く裾を、控えめに、しかし丁寧に支えているのはジェヒョンだった。
「なんとお美しい……」
「まさに理想のご夫婦ね……」
侍女たちの声がひそやかに交わる。
トアはへヨンの手を取り、やさしく微笑んだ。
「へヨン。これは政略結婚かもしれない。だが、君に出会えたことが——僕の人生の奇跡だ」
ジェヒョンの指が、へヨンのドレスの裾を握る力をわずかに強める。
彼の視線は俯いたまま、どこか遠くを見つめていた。
へヨンはトアの言葉に一瞬だけまぶたを閉じた。
胸の奥で、小さな痛みがじんと広がる。
「……それでも私は、あなたに恥じぬよう、王妃として尽くします」
トアは微笑みながら、静かにうなずいた。
「ありがとう。これから僕たちには困難が待っているだろう。けれど、君となら——乗り越えていける」
「……はい」
答えながらも、へヨンの目は、そっと後ろにいるジェヒョンを一瞥していた。
彼のまなざしと、一瞬、触れた。
けれど、それはすぐに切り離された。
彼の手はドレスの裾から静かに離れ、ゆっくりと後ずさるように距離を取る。
(ジェヒョン……)
心の中で名を呼んでも、それが声になることはなかった。
王女として、王妃として、もう二度と口にしてはならないと、わかっていた。
祝福の鐘が鳴り響く中、へヨンの指先が、震えていた。