継母の忠告〜トアside
玉座の間から遠く離れた静寂の回廊。
足音すら吸い込むほど重厚な石造りの廊下に、冷たい風が吹き抜ける。
トアがその場所に足を踏み入れた瞬間、誰かの気配を感じた。
「久しいわね、トア」
低く落ち着いた女の声が背後から響いた。
振り向いたトアの目に映ったのは──
黒のドレスに身を包んだ、美しいがどこか影を帯びた女性。
彼の継母、レディ・エリシアだった。
「……なぜ、王宮に?」
「王に呼ばれて戻ったのよ。『王妃の席を埋めよ』とのご命令でね」
冷たい口調に隠された真意を読み取ろうと、トアは視線を逸らさなかった。
「君が王妃の座に戻ることは、母が望んだと思うか?」
「その“母”という言葉、軽々しく使わないで」
エリシアの目が一瞬だけ鋭く光った。
そして彼女は、石の窓辺に歩み寄ると、リンドウの咲く庭園を見下ろしながら、ふと呟いた。
「彼女は……本当に、何もかもを知ってしまったの。だから、命を落とした。そういう結末だったのよ」
トアの胸が音を立てて高鳴った。
「何を……知っていた?」
「それを探ろうとしているのなら、やめなさい」
振り返ったエリシアの目には、冷たさと哀しみが同居していた。
「あなたの母は、国を守るために命を捧げたのよ。彼女の選んだ“静かな死”を、無駄にしてはならない」
「それは君の言葉か、誰かに言わされているのか?」
「私の言葉よ。……でも、もし真実を追えば、あなたは母と同じ運命を辿る。
死ぬのは、あなたよ。トア」
沈黙が流れた。
「それでも、知りたい。母が、何を恐れ、何を愛し、何を守ろうとしたのか」
トアの声は、震えてはいなかった。
エリシアはそれを見て、深くため息をついた。
「だったらせめて、味方を選びなさい。間違えれば、あなたの心が壊れる」
そう言い残して、彼女は去っていった。
その背中に、未練も、迷いもなかった。
残されたトアは、母の花咲く庭園を見下ろしながら、拳を握る。
──真実を知るということは、母を殺した者たちの名を呼ぶということ。
それでも彼は、目を逸らさないと決めた。




