王都の夜明け
重く荘厳な空気が漂う王宮の謁見の間。その奥に佇むトリカブト国王は、王位の象徴である漆黒のマントを羽織り、静かにその言葉を口にした。
「トア。カルミヤ王国の王女と結婚することが決まった」
国王の言葉に、ひざまずいていた若き皇太子・トアはわずかに目を見開いた。
「それは……誠でございますか?」
トアの声は平静を装っていたが、どこか芯に微かな揺らぎがあった。国王はその反応を見逃すことなく、重々しく頷く。
「だが条件がある。カルミヤ王国は、“侵略しない”ということを交換条件に出してきた」
トアの眉がわずかに動いた。
「父上は、それを了承されたのですか」
「ああ」
即答する国王。その瞳には確固たる意思が宿っていた。
「我が国は、領土も兵の数も、カルミヤ王国に及ばぬ。今、戦を仕掛ければ敗北は避けられぬ。だが──」
国王は玉座から立ち上がり、トアへと歩み寄る。
「王女を人質に取ることで、戦の猶予を稼げるのだ。時が経てば、我が軍も力をつけよう。トア、お前もこの婚姻を受け入れてくれるな?」
トアは静かに目を伏せた。内心に渦巻く複雑な思いを封じ、王族としての使命を口にする。
「当然でございます。父上と共にこの国を大きくするためならば、どのようなことも、受け入れる所存でございます」
その答えに、国王は満足そうに頷いた。
「そうか。頼もしいぞ、我が息子よ」
そして、国王は玉座の横に控えていた大臣へと目を向ける。
「大臣、今週末、婚礼式を執り行うことにした。それに向けての準備を、ただちに始めてくれ」
大臣は頭を深く下げ、静かに答えた。
「かしこまりました」
その言葉とともに、トリカブト王国の運命は大きく動き始めた。戦か、平和か──その鍵は、まだ見ぬカルミヤの王女の手に委ねられていた。