叶わない恋を始めてしまった〜ヘヨンside
朝の光がカーテン越しに静かに差し込む。ヘヨンはベッドの中で目を覚ましたけれど、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような気持ちが広がっていた。今日は、自分の誕生日なのに――。
廊下を歩く父の足音が聞こえる。けれど、父は忙しそうに書類を手にしているだけで、振り返ることもなかった。誕生日の言葉は一言もなかった。
父上は変わってしまった。
王になる前は、家族4人で毎年お祝いしていたというのに。
もうあの時の父上は、ここにはいない。
私のことを政治に利用する道具として見ている。
そして母上も。
「母上、おはようございます。」
「ヘヨン、おはよう。あ!待ちなさい、ドヒョン。」
母上は、毎日ドヒョンの皇太子教育に追われている。
私の世話をしている暇などない。
「今日は、私の誕生日なのに…誰も私におめでとうと言わない…」
気づくと、自分の部屋の前にいた。
淡い光が、大理石の床に長く伸びた影を落とす。
広々とした玄関ホールには、重厚なシャンデリアが静かに揺れ、無数の鏡が壁一面を覆っている。
静寂が支配する廊下は、長く続き、両側には豪華な油絵や繊細な彫刻が並んでいる。
だが、その美しさはどこか冷たく、訪れる者の心までも凍らせるようだった。
大広間の高い天井は青く塗られ、巨大な窓からは手入れの行き届いた庭園が一望できる。
けれど、誰もその庭を楽しむ者はいない。
風に揺れる葉音だけが、寂しげに屋敷の中に響いていた。
だが自分の部屋は、そんな冷たい空間の中にありながら、唯一あたたかみを残す場所だった。
木製の窓枠からは柔らかな朝日が差し込み、花の香りをそっと運んでくる。
「ヘヨン様…こちらにいらっしゃったんですね…探したんですよ…」
朝日の向こうから見える1筋の光…ジェヒョンだった。
「どうしたの?そんなに慌てて。」
「どうしたのって…今日は、ヘヨン様のお誕生日じゃないですか。あの…その…大したものではないのですが…」
どこか恥ずかしげな彼の姿。
私は、思わず目に涙を浮かべてしまう。
「え?ヘヨン様、どうされたのですか?…あ、こんな草原から取ってきた汚い花なんて嫌でしたよね…」
ジェヒョンは、私の目の前に出した手を引っ込めた。
「ち、違うわ。覚えていてくれたのね…」
「当たり前じゃないですか。ヘヨン様の大切な日を忘れるなんてあり得ませんよ。」
「ジェヒョン、ありがとう」
私の涙は、止まることを知らない。
「こちらの花は、エリンジウムというんです。淡い青色がヘヨン様に似合われると思って…」
「ありがとう。大切にするわ。」
この日を境に、私は、彼のことを好きになったのだと思う。
叶わない報われないそんな悲しい恋をこの時始めてしまった。




