侵攻の夜明け
カルミヤ王国の夜は、どこか落ち着かない空気に包まれていた。
皇太子就任式を明日に控えた王宮では、徹夜での飾り付けや警備の見直しが進められている。祝福の光が灯るその裏で、わずかに張り詰めた緊張が漂っていた。
「妙ですね……警備が増えている割には、兵の表情が硬い。まるで、何かを警戒しているような」
ジェヒョンは物陰から兵の動きを見つめながら、ヘヨンに囁いた。
「まさか……この国の中で何かが起ころうとしているの?」
「もしくは、外から何かが迫っている。もしくはその両方だ」
ジェヒョンの目が、闇の奥に光る何かを見ているようだった。
その頃。
カルミヤの南門に近い集落に、一人の農民が叫びながら走り込んできた。
「たいへんだ! 国境付近に見慣れない部隊が――トリカブト王国の紋章が!」
城下町に一気に広がる不安。
だが、王宮にはまだその報せは届いていない。もしくは――誰かが止めているのか。
そして、夜明け前。
ウヨンが率いる小隊が、カルミヤの門の前に姿を現す。
「開門せよ! 我々は正義を執行するために来た!」
その声は静かだが、確かな怒りを含んでいた。
王宮。
「なに……トリカブト軍が南門に?」
国王は目を見開いた。「誰が動かしたのだ。まだ正式な開戦の命は出していないはずだ!」
左大臣が苦々しい顔を浮かべた。
「どうやら……一部の若い将が、独断で動いた模様。しかも皇族関係者である可能性が……」
国王の顔が蒼ざめる。
「まさか……ウヨンか……?」
一方、ジェヒョンはヘヨンを連れて、王宮の裏門へと走っていた。
「ヘヨン様、ここは危険です。避難の準備を」
「逃げたくありません。国の人々が危険なときに、自分だけ安全な場所へ行けません」
彼女の目は、いつも以上に強く、美しかった。
ジェヒョンは黙ってうなずき、彼女の手を握った。
夜が明ける。
カルミヤの空に、トリカブトの旗がなびく。
その旗が「正義」か「侵略」か、誰にもまだ判断がつかないまま。
そして――ウヨンが剣を抜く。
「兄上……僕は、あなたの代わりにこの国を守る。たとえ、あなたを敵に回しても」
その瞳には、涙も、迷いも、もうなかった。




