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Second Flight/Sheen004〈嵐の海へ〉 

「ロアン、私が行くわ。許可を頂戴」


 パイロットスーツの具合を確かめる美鈴は、既に自分が行く気のようだ。

 すぐにでも飛び出しそうな彼女の様子にロアンが慌てた。


「待て待て美鈴(めいりん)。たった今、救助隊の編成を始めたところだ。それにお前が行くと言ってもよく考えろ、ブレイバーはこのところまったく稼働していないだろう。点検整備するだけでも時間がかかるんだ」


 海上都市ゆりかごが機能し始めた頃、ブレイバーは残敵である無人装甲兵セラフィムの駆逐や野盗狩りで活躍していた。

 しかしここ数年はゆりかご周辺の情勢も落ち着いていることから、美鈴が率先して出撃する機会は減っていた。


「この緊急時に何を寝ぼけたこと言っているの? 救助隊の編成には時間が掛かるって言ったわね、それなら私が先行する」


 そこで美鈴は妙案があるとばかり艶然(えんぜん)と微笑む。


「ゆりかごには、毎日のように飛んでいる装甲兵があるじゃない」


 黒曜石の瞳がきらりと輝いた。


「新型で出ればいい、それが一番早く救助へ向かう方法よ」


「何を言うんだ美鈴。救難信号の発信源は、旧ヴィラノーヴァ管理海域なんだ、稼働しているセラフィムでもいたらどうする!」


 確かに新型機『VXR-F型』は毎日のようにテスト飛行を繰り返しているが、まだ開発途上の機体である。

 従来型と機体型式の名称こそ同系列ではあるが、フレーム、装甲、機関部、すべての構成部品において新たに設計されている。

 ブレイバーと同形式の名称を使用するのは験担(げんかつ)ぎだ。

 しかし未だ実戦を経験している機体ではない、ロアンの懸念はもっともだ。


「さっきから言っているでしょう。そんな可能性があるのなら、尚更(なおさら)早く助けに行くべきよ」


 そんなことは承知の上とばかりに、美鈴はリスティへ優しい微笑みを向けた。


「大丈夫よね」


 形の良い唇が力強い言葉を紡ぐ。


「あなたが造ったんだもの」


 その言葉からは、強い信頼が感じられる。


「新型で出るのなら、僕も行くよ」


 美鈴の視線を受けて、何やら考えに耽っていた様子のリスティは腕に抱いた飛鈴を抱き直すと、小さな体を優しくあやした。


「何を言い出すのよ、リスティ!」


「僕が一緒なら、機体にどんなアクシデントが起こっても対処することが出来る」


 リスティは美鈴の抗議をやんわりと止めた。もう議論をしている時間は無いのだ。


「もう……。でも、そうよね」


 納得が行かない様子の美鈴だったが、そこは夫婦だ。お互いにパートナーの性格はよく知っている。


「仕方がないわ、すぐに出る」


「パパ、ママ……?」


 子供ながらに司令室内の緊張した空気を感じているのだろう。

 目を覚ました飛鈴が指をくわえ、大きな碧色(へきしょく)の瞳が不安そうに揺れている。


「飛鈴ちゃん。パパとママはお仕事なの。お姉ちゃんと一緒に、少しの間だけ待っていようね」


 リスティの腕から飛鈴の体を受けとったオペレーターのフレアが、その小さな体をぎゅっと抱きしめる。


「おやすみなさい飛鈴、ちょっとお仕事を済ませてくるわね」


 優しく微笑んだ美鈴は、愛する娘の頬へ唇を寄せて優しくキスをした。


「すぐに帰るからね」


☆★☆


「ついに新型の出番だ! 準備はいいなっ!?」


「もたもたするなっ! 尻を蹴り上げるぞ!」


「救助用キットを装備させるんだ、忘れるなよ!」


「命がかかってんだぞ!、気合いを入れろっ!」


 喧騒(けんそう)が渦巻く格納庫のあちらこちらで、激しく怒号(どごう)が飛び交っている。

 整備士たちは汗まみれの顔を(ぬぐ)(ひま)もなく、肩をぶつけ合いながら忙しなく駆け回る。


「ようし踏ん張れ! あと少しだ!」


「こいつ。大丈夫ですよね……」


「馬鹿野郎! 俺たちが仕上げたんだ、当たり前だろう!」


 気弱そうな整備員のヘルメットを叩いた整備班長が力強く励ます。


 点検ランプの赤色が緑色に変わるたびに、誰かがホッと息をつく。誰もが一刻も早くこの機体を空へ送り出そうと必死なのだ。


 支度を済ませたリスティと美鈴は新型機の足元に立ち、真新しい機体を見上げる。

 どこかぼんやりとしているリスティの様子に、心配そうな表情をした美鈴が彼の肩にそっと手を置いた。


「顔色が悪いわよ、どうしたの?」


「ん、大丈夫だよ」


「無理しないで。戦闘じゃないんだし、私なら一人でも大丈夫だから」


「戦闘と同じだよ、人の命がかかっている」


 リスティの意志は()るがない。

 

「それに新型機なんだ。精一杯、造り込んだつもりだけど。どうにもならない(かせ)が色々とあってね」


「知ってる。初期の設計段階から出力が不足しているのでしょう。私もテスト段階から感じていたもの。でもそれは仕方のないことだと思う」


 美鈴は苦笑と共に肩をすくめてみせる。


「平和な世界を目指しているんだものね、破壊兵器は必要ない」


「うん、そうだね」


 肩に触れる美鈴の体を抱いたリスティは強く頷く。


「発進準備、完了しました!」


「ありがとう、お疲れ様」


「お二人ともお気をつけて!」


 汗だくで勢いよく敬礼する整備班長に、リスティと美鈴も敬礼で答える。


「急ぎましょう」


「うん、そうだね」


 もう猶予(ゆうよ)はない。

 救助用の装備を(たずさ)えた新型機のフライトユニットは、すでに翼を広げている。


「救助隊に先行して発進する。ロアン、発信地点からの通信に注意して、天候データの監視と転送をよろしく!」


 そう言い置いた美鈴は、リスティと共に新型機へ乗り込む。

 フライト・ユニットは既に臨界状態だ。コクピット内の計器が指し示す値を確かめる美鈴がマイクのスイッチを入れた。


「発令所へ、こちらVXR-F型、主搭乗者は美鈴、複座席にリスティ。機体の状態は良好、直ちに発進する。目的地は洋上、救難信号発信地点。フレア、以降のサポートをお願い」


『発令所よりVXR-F型へ、サポートはお任せください。お二人ともお気を付けて!』


「フレア、頼りにしてるわ。行ってくる!」


 美鈴とリスティを乗せたブレイバーの後継機『VXR-F型』は、荒れ狂う嵐の中へと飛び立った。

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