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Second Flight/Sheen003〈救難信号〉 

 リスティが予想した通り、日暮れを迎えた頃から風はいよいよ強くなり海が荒れ始めた。

 海上都市を守る堅固な防潮堤に打ちつける波頭は、いよいよ激しく荒れる。横殴りに吹き付ける雨と強い風に翻弄されて真っ直ぐに歩くこともままならない。大嵐の様相を呈する天候に、ゆりかごの中枢であるタワー内ではそれぞれの部署が警戒を強めていた。

 

「ひどい嵐だ、港湾付近の作業は中止しているな? 不要な外出を控えて、くれぐれも防潮堤付近には近づかないようにと警報を出しておいてくれ」

 

「はい、ご心配なく。先ほどゆりかごの全域へ警報が発令されました。数十分置きに繰り返されます」


 防災を担当するウェスタが指示を出すと、既に手続きを済ませた優秀な職員であるアエラが間髪を入れずに報告をする。


「頼りにしてるぞ、アエラ」


「はい、承知しています」


 新政府の職員である事を示す、真新しい紺色の制服を身につけたアエラの明るい色合いをしたショートボブの毛先が揺れる。

 彼女は素早い手さばきで端末を操作しながら簡潔に答えた。

 ウェスタは、モニターの光が煌々と溢れる端末の前に座る部下達の後ろ姿を見渡した。怪我人など出してなるものかと、すべての職員が緊張感を持って対応しているのだ。

 今のところまだ被害報告などの連絡は無い。


「我々は、まだこの星から赦されてはいないのだろうか」

 

 かつて驕り高ぶる人間は自らの欲望を満たすために、この星を酷く痛めつけてしまったのだ。

 荒れ狂う嵐の様子に眉を顰めたウェスタがぽつりとつぶやく。それはゆりかごで暮らす人々が皆、心の中に抱える不安なのだ。


「ウェスタ、風の被害が心配だ。ゆりかごに古い建造物は無いから大丈夫だと思うが、不測の事態に備えて数機の装甲兵を待機させておく。必要があれば言ってくれ」


 治安軍の司令官を務めるロアンが制服姿で室内に入ると、職員達の緊張感が更に増した。

 

「ありがとうございます。出動が無いことを祈るばかりですよ」


 ウェスタの丁寧な敬礼に、ロアンも形の良い敬礼で応えた。


「それにしてもひどい嵐だ」


「はい、式典を終えていたのが幸いですね」


「ああ、まったくだ。今日はゆりかごのめでたい門出だからな、穏やかに過ごしたかったんだが……」


 ほっとした表情のウェスタを見やり、ロアンはぼさぼさの頭をがりがりと掻いた。


「ところで今後の天候はどうだ、予測はどうなっている?」


「残念ながら朝までこの嵐は続きそうです」


「そうか、まいったな」


「この凄まじい嵐を目のあたりにすると自然の脅威を感じます」


「違いない」


 気象情報を取得することは難しいが、ある程度の天候予測は可能だ。

 タワー内から階下を見下ろせば、暗闇の中で整然と並ぶ街灯に照らされた街路樹が、強い風に酷く嬲られている様子が見える。自然の力というものは恐ろしい。

 人は本能的に闇に対する不安を覚える、その上にこの強い嵐だ。

 夜明けはまだまだ先だ。朝になり陽の光を浴びる頃には、緊張と焦燥でぐったりとしてしまうかもしれない。

 長い夜になるだろうとロアンが緊張に身震いしたその時――。

 室内にけたたましい警報が鳴り響いた。緊急事態を示す赤色灯が、室内と職員達を照らす。 


「警報が発せられました! 各員端末を注視!」


「情報の収集を開始します」


 突然の警報に、室内が騒然とし始めた。

 職員達は、すぐさま目の前の情報端末を操作する。


「これは──救難信号です、救難信号を受信しました!」


「救難信号だと!?」


 驚いたウェスタが大声を上げた。

   

「どこから発信されている?」


「ゆりかごから、千三百キロ離れた洋上。通常は船舶の航行が推奨されない封鎖海域です」


「封鎖海域だって?」


「確認しました。救難信号は『旧ヴィラノーヴァ管理海域内』です!」


「ヴィラノーヴァの跡地か? まさか──」


 身を乗り出したウェスタが、端末のモニター画面に表示されている情報を確認する。 


「間違いではないな。しかし、どうしてそんなところに入り込んだんだ? アエラ、ゆりかごへ向かって航行している船はあるのか?」


 しばらくアエラがキーボードを弾く音が聞こえていたが、モニターを見つめる彼女は眉根を顰めて首を傾げた。


「いいえ、そのような予定はありません」


「メインシステムや機器の異常ではないのか?」


「メインシステム及び、発令所内で接続された各端末は正常に動作中です」


「一体、何が起きている……?」


 ウェスタが腕を組んで唸る、発令所内の空気がざわめいた。


「難民船か? それにしても迷い込んだ場所がまずいな」


 モニターを覗き込んだロアンが顎を撫でた。

 ゆりかごへ向かう船からかもしれない。何らかの事情で、航行予定が届かなかったのだろうか。


「通信は出来ないのか?」


「先ほどから呼びかけてはいますが、応答がありません」


「信号発信海域の天候の状況はどうだ?」


「よくありません、嵐の最中です」


「……猶予は無いな」


 一度、思案する表情を見せたロアンだが、決断は早かった。


「救助隊の編成が必要だ。ウェスタ、手配を急いでくれ」


「了解しました」


 ウェスタがマイクを手に取った。

 この嵐で海上は大時化だ、すぐにでも救助隊を向かわせなければならない。小さな難民船などが荒れ狂う波をかぶればひとたまりもないだろう。

 救難信号を発しているのが難民船だと仮定するも、情報が得られなければ船舶の大きさが把握できない。

 この嵐では船舶や航空機の出動は困難だ。


「この警報は何なの?」


 その時、凛とした声が警報が鳴り続ける室内に響いた。自動ドアが開くのももどかしく、駆け込んで来たのはパイロットスーツを着込んだ一人の女性だった。

 彼女の名は美鈴めいりん――。

 美鈴は長い黒髪を揺らし、黒曜石を思わせる瞳で司令室内を見回す。

 卓越した操縦技術を身に着けたパイロットである彼女は、誰もが忘れられぬ大戦時の最終決戦において装甲兵『ミネルバ』を駆り、黒い翼を持つ装甲兵『エスペランゼ』と死闘を繰り広げた。


「美鈴! お、おいおいリスティ、お前まで!」


 ロアンが慌てた声を出す。

 美鈴の後ろから、リスティが僅かに遅れて司令室に入った。抱っこしているのは幼い女の子だ。三歳になったばかりの、飛鈴フェイリンという名の彼と美鈴の娘だ。


「子供は寝ている時間だろう、起こしちゃ可哀想だ」


 母である美鈴と同じ黒髪を揺らし、小さな手にぎゅっと力を込めてリスティにしがみついている飛鈴を見やり、ロアンが注意する。


「うん。でも風の音が怖いみたいなんだ」


「ああそうか、建物の中まで風鳴りが聞こえるからな。飛鈴、ゆりかごに居れば安心だぞ」


 表情を和らげたロアンは手を伸ばし、眠そうな飛鈴の髪を優しく撫でる。撫でられて安心したのだろう。しきりに目を擦っていた飛鈴は、リスティの肩にぷくぷくとした頬を寄せて寝息を立て始めた。


「何をもたもたしているの? 助けを求めているのならば、行かなきゃならないでしょう」


 ウェスタから救難信号の詳細について報告を受けていた美鈴が、ひとつに纏めた長い黒髪を、さっと払った。


「ヴィラノーヴァの跡地なら、なおさらよ」


 かつて白き女神を駆り命を賭けて戦った彼女の黒曜石の瞳は、強い光を湛えていた。

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