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Second Flight/Sheen002〈後継機〉 

 リスティとロアンが向かった先、広い広い格納庫の中はがらんとしていて、人型をした兵器が五機ばかり行儀よく並んでいる。傷ひとつ無い真新しい装甲兵は二人の傍らで跪き、駐機姿勢をとっているのだ。


 装甲兵、それは鋼鉄の甲冑を纏う巨大な人型をした兵器だ。


 戦乱時に多くの装甲兵が戦闘兵器として可動していたのだが、ここ数年は幸いな事に大きな活躍の機会は無い。

 格納庫で駐機している機体は工場から搬入されたばかりだ。大戦時に広く運用されていた量産型装甲兵『VX型』の後継機で型式名『VXR-F型』と呼称される機体だ。

 リスティがその開発責任を負っており、ここ数日は性能試験に向けて寝る暇もないのだ。

 新型機が性能試験に合格すれば『VX型』は旧式として退役することになるだろう。

 『VXR-F型』のすらりとした細身の機体は洗練されているが、堅固な造りをしている『VX型』の後継機にはとても見えない。

 

「おかしいな、どうしてここの係数を間違えたんだろう」


 リスティは薄暗い格納庫の中を足早に進む。一刻も早く、間違っているオペレーティング・システム内の計算式を修正したいのだ。


「リスティ。それで新型機の仕上がりはどうなんだよ?」


「完成度は、九十パーセントかな」


 後ろをついて歩くロアンに問われ、リスティは「む」と僅かに口をへの字に曲げた後、そう答えた。


「完成の域じゃないか。それにしては不満そうだな」


「うん、まぁね」


 感心するロアンに歯切れの悪い返事を返したリスティは、ふと足を止めた。肩を落として「はぁ……」と溜息を漏らす。


「おいおい。遠慮せずに言えよ、ここには俺とお前しかいないんだ。それにゆりかごの治安維持を任されている立場としては、お前の溜息が気になる」


 腕を組んで格納庫内をぐるりと見回し、人影が見えないことを確かめたロアンがそう促した。

 リスティは僅かばかり逡巡したが、口に出したかったのだろう。手にした分厚いファイルを丁寧に揃えてから静かに息を吸った。

 

「多少のトラブルはあるけれど、ゆりかごで暮らす人々の様子も落ち着いてきた。周辺地域の情勢も安定しているようだしね、装甲兵を使って身を守らなければならない機会は減っている」 


 人差し指で、とんとんとこめかみ辺りを叩くリスティが思案深げに呟く。

 ふと視線を格納庫の最も奥へ向ける。その先には、駐機されている旧式の装甲兵『VX-4F型』が見えた。固有機体名を『ブレイバー』と名付けられた、リスティのパートナーである美鈴の愛機だ。

 その機体は以前、鮮烈な赤色に染められていた。美鈴が胸の内に秘めた激しい情熱を表した色そのものだったが。今では白を基調とした正規色の塗装を施されている。


「あんな大きな出力を持った機体なんか、もう認めて貰えないよね」


「お前が言いたいのは、そこかよ……」


 ロアンは、がっくりと肩を落とす。

 のろのろと顔を上げて半眼でリスティを睨んだ。


 『VX-4F型』のカスタムタイプであるブレイバーは、リスティとパイロットである美鈴と共に激しい戦火の中を駆け抜けた。満身創痍になりながらも、破壊神を操っていた研究機関の中枢を担っていた『ヴィラノーヴァ』から帰還を遂げ、この世界に希望の光をもたらした機体だ。

 大役を果たし終えて、傷ついた体は完全に修理されてはいる。しかし新型の装甲兵が誕生した今、ブレイバーが再び大空を駆ける機会は訪れないかもしれない。

 いや、歴戦の勇者である彼が背の翼を広げなくても良いということは、平和であるという証だ。


「大戦の亡霊ともいえる憎らしい堕天使共も、稼働している機体はおおよそ狩ったはずだ。出番が無いんだから仕方がないだろう。廃墟に棲みつく野盗の類だって少なくなっているからな。何と言ってもこのゆりかごより暮らしやすい場所なんて今この世界、いやこの星では考えられない」


 ロアンが言う堕天使とは『セラフィム・タイプ』と呼ばれる強力な無人装甲兵を指す。先の大戦において黒い破壊神の従者であるセラフィムが撒き散らす破壊に晒され、多くの都市が焦土と化したのだ。


「それは分かっているよ」


 頷いたリスティは神妙な表情で言葉を探している。


「うん、そうだよね。あまりに強くて大きな力は必要ない。今、この世界で抑止力となってくれればそれでいいんだ。戦う相手もいないのに、防衛に多大な予算は計上できない。人々の暮らしを向上させる事に振り向けるべきだ」


 自らを納得させるようにそう言って顔を上げたが、憂いを湛える翠色の瞳が僅かに揺れた。


「ロアン、分かって欲しい。僕はおもちゃが欲しい訳じゃない。でも漠然とした不安があるんだ」


 心の中で澱のように溜まっている不安。それはこの星が救われた今でも、リスティの胸の中に居座り続けている。

 そして。果たして自分は何者であるのか。リスティの記憶はずっと曖昧なままだ。

 自分は何者なのか……記憶の断片は繋がらないままだ。

 晴れることのない深い霧の中を彷徨うようであり、それが更に不安を煽り立てている。


「それはあの激しい戦いの影響じゃないのか。しっかり診てもらえよ」


「そうだね。うん、そうするよ」


 苛烈な戦いに晒された心は、年月を経ても癒されていないのではないのか。

 リスティは心配げな表情のロアンへ頷いてみせた。柔らかな金色の髪が風に躍る。

 

「風が強くなってきた、今夜は荒れるだろうね」

 

 表情を曇らせたまま、リスティは翠色の瞳で静かに佇むブレイバーを見つめて小さく呟いた。 

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