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Second Flight/Sheen001〈ゆりかご〉 

 『ゆりかご』

 それは戦乱で生き残った多くの人々が暮らすかりそめの大地。人々が生活を営む人工的に造られた巨大な海上都市の名だ。

 自然破壊と長きに渡る醜い戦争の結果、荒廃してしまった大地の再生を見守るため、人々はこのゆりかごに身を寄せている。命を繋ぎ止め、疲れ切った人々はやっと安息の地を得られたのだ。


 そして幾多の困難を乗り越えた今、この時。

 ゆりかごを包むのは人々の熱狂の渦が巻き起こった余韻だ。

 復興の始まりを祝う大きな式典が終わり巨大な海上都市『ゆりかご』の中央に聳える象徴的なタワーを見やりながら、ひとりの男はこの数年を振り返っていた。

 感慨深い表情で安堵と疲労の吐息を漏らした男の名前はロアン。『ゆりかご』で治安維持を担当する責任者だ。

 いつも生やしている無精髭を剃り、きちんと身だしなみを整えた姿は長身であることも相まって凛々しく見える。


「ひとまず落ち着いたと言えるんだろうな」


 ロアンは彼の前に立っている白衣姿の男に話し掛けたのだが、自分が話し掛けられたことに気付かないのかいつまで待っても白衣姿の男から返答はない。

 顎をひと擦りした後、ロアンは怪訝な表情で片方の眉を上げた。


「リスティ、聞いているのか?」


「あ、ああ。ごめん、何か言ったかい?」


 二人が立っているのは海上都市の防衛を担う治安維持部隊の拠点だ。

 式典会場から離れた場所なのだが、ここまで人々の熱気が伝わってくるようだ。

 滑走路が長く伸び、その傍らには無機質な建物が並び立っている。

 不意に海風が強く吹き付け、僅かに顔を上げたリスティの柔らかな金髪が揺れた。しなやかな筋肉が備わった体へ白衣を纏う彼は、手にしたファイルの束を忙しなくめくりながら真剣な表情で読みふけっている。

 優しげな翠色の瞳はずっと、手にしたファイルに書き連ねられた文字を追い続ける。


「これだよ……」


 ため息を付いたロアンは、こめかみの辺りを指で揉んだ。

 

「大がかりな式典だったが無事に終わった。政府と呼ぶには、まだまだ稚拙な組織ではあるがな」


「お疲れ様。都市としての統制を取らなきゃならないからね。でも舵取り役の代表も正式に決まったんだ、大丈夫さ」


 リスティはきちんと返事をした。それでもちゃんと話を聞いていたようだ。

 海上都市『ゆりかご』は、ここまで寄り合いの避難所のようであった。しかし、いつまでもそれでは人々の生活は立ち行かない。

 慎重に公平な規範を定め様々な規則を作り、苦労しながら小さな自治体を育てていた。

 そして今日、ついに政府と呼べる機関が設置されたのだ。

 人々の生活、生きるという営みは無秩序では行えない。苦難の道はまだ始まったばかりなのだが、記念すべき新たな一歩を踏み出したことを喜ばねばなるまい。

 奢り高ぶり二度と愚かな過ちを繰り返さぬように。


「俺達の仕事も忙しくなるんだ。お前も機械いじりばかりしていられないぞ、なんたって……」


 ロアンはそう言った後、少しばかり意地悪な表情を浮かべた。


「お前は黒い破壊神を倒し、この星を救った英雄なんだからな」


「よしてくれ、僕はそんなたいそうな事をしていない」


 からかうような口調のロアンに、英雄と呼ばれたリスティは困ったような表情を見せた。

 確かに、彼が繰り広げた『破壊神エスペランゼ』との戦いは想像を絶するものだった。

 それは死と隣り合わせの日々であった。

 だがリスティの言葉は謙遜ではなく、戦いの終結は自分自身の力だけで成し得たことではない、心からそう思っているのだ。


「何を言ってるんだ、誰もそう思わないぜ。お前は否が応でも注目を浴びるんだ、しっかりしろよ」


「注目を浴びるって言えば……」


 リスティは、ちらとロアンに視線を送ると眼差しを和らげた。


「君の方こそ人の上に立たなきゃならないんだ、しっかりしなきゃ」


 いつも機械いじりに心を奪われているリスティに少々説教してやろうと思っていたロアンは、器用に眉毛の片方を上げて苦笑した。


「こいつ、言うようになったじゃないか」


 リスティの言葉通りロアン自身も、巨大な海上都市を守る治安維持軍の司令官を務めるなど何の冗談かと思ったものだ。

 四十歳を目の前にした今では、若かりし頃に胸の奥で滾らせていた野心はしぼみ、責任と仕事の量ばかりが膨れ上がる每日だ。だが不満などひとかけらも無い。


「ああ、ここの計算式が間違っている。何をやっているんだ僕は」


 どうやらリスティの興味はファイルに記述された内容に戻ったようだ。

 しかめっ面でファイルを丸め、金髪を掻きむしりながら格納庫へ向かって歩き出す。


「やれやれ、あいつの機械好きも変わらないな。万事がこんな調子でも妻と娘が居るんだから、世の中なんて本当に分からねぇ」


 呆れ顔で肩をすくめたロアンも、海風が渡る大海原へ背を向けて歩き出した。

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