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Second Flight/Sheen009〈黄昏のシルエット〉

 昼下がりの授業は、どうしても眠くなってしまう。

 暖かな日差しは、ぽかぽかと飛鈴をあたため心地よい眠りに誘う。


「あふ……」


 授業の合間の小休憩で気が抜けた飛鈴は、小さなあくびを漏らすと窓から外の景色をぼんやりと眺めた。

 うとうとしている飛鈴の耳にクラス内のざわめきが聞こえてくる。


「一ヶ月前に遭難船が救助されて……」


「……転入生が入ってくるらしい」


「女の子だって」


 ざわめきの中の『転入生』『女の子』という言葉に、眠気がどこかへ飛んでいった飛鈴はぴくりと背筋を伸ばした。

 遭難船で『ゆりかご』に辿り着いた人々は希望をすれば海上都市の住民として迎えられる。相応の年齢に合った教育施設へ通うことも出来るようになるのだ。

 

「ねぇねぇ、ボクにもくわしく教えて!」


 勢いよく席を立った飛鈴だったが、間が悪いことに教室の扉がガラリと開いた。


「はい、授業を始めますよ」


 ぼんやりしていて予鈴が鳴ったことに気付かなかったようだ。

 休憩時間が終わり穏やかな笑みを浮かべたユースが教壇に立つ。


「あう……」

 

 額に手を当てて教室の天井を振り仰いだ飛鈴は、残念そうに唇を尖らせて席についた。


 ☆★☆


 放課後__。

 自転車を押して歩く飛鈴はクラスメイトから仕入れた転入生の情報を頭の中でくるくると回していた。

 海上都市へ避難民の流入が落ち着いてきているため転入生は珍しい。だからクラスメイト達は、転入生について想像を膨らませていた。


 世界の命運を掛けた大きな戦いから十数年を経た今、海上都市は復興の途中ではあるものの穏やかな時間が流れている。子供たちは健やかに育っているのだろう。


 海の上に広がる空はだんだんと茜色に染まりつつある。

 自転車を押して歩く飛鈴は、どうしても不満げな表情になってしまう。

 あまりにリヒトがうるさいので、今日はブレイバーに会いに行くのをあきらめたのだ。

 防潮堤沿いには遊歩道が整備されている。家に帰るには少し遠回りになる道だが考え事をするにはちょうどいい。

 

「転入生かぁ、どんな子なんだろう」


 噂の転入生が気になる、とても気になる。


「可愛い子かな、楽しい子だといいな」


 そんなことを考えていると気分が良くなってきた。うきうきとスキップしそうな軽い足取りの飛鈴は、ふと視線を海に向けた。寄せては返す波は夕日を反射してきらきらと輝いている

 海上都市では海の景色を見ることに困らない。一日の中でも海の景色は様々な表情を見せてくれる。


「あれ……」

 

 ふと目を向けた道の先。遊歩道の脇に整備された広い展望台に人影があった。

 白を基調としているのが想像できるジャケットとスカートが茜色に染まり海風に揺れている。長く伸ばした髪が夕日に照らされて、きらきらと輝いている。

 自転車を押して歩く飛鈴は少しずつ少女に近づいてゆく。

 少女の整った顔立ちに浮かべている表情は、微かな憂いを含んでいるように感じられた。

 小女のスカートが穏やかな海風を受けてふわりふわりと踊る。

 その光景はまるで絵画でも見ているようだ。


「……なんて綺麗な子」

 

 息を呑んだ飛鈴の視線は、その少女の姿に釘付けになった。

 そのまま歩きながら、ぽけっと呆けていた飛鈴はぐらりと倒れそうになる自転車に気がついた。


「うわわわ」


 慌てて大きめの自転車を支えようと悪戦苦闘していると、ハンドルにふわりと手が添えられた。


「……大丈夫ですか?」


「えっ!?」


 飛鈴は思わず声をあげてしまった。

 無理もない。見とれていた少女の美しい顔が間近にあり、その瞳が自分の顔を映していたのだから。

 夕日の輝きを映すその瞳に吸い込まれそうになった。


「あの、気をつけてください。自転車が倒れますよ」


「う、うん!」


 少女に手を貸してもらい、大きめの自転車を支えて事なきを得た飛鈴は安堵の吐息をついた。


「助かったよ、ありがとう」


「いいえ、それでは」


 にっこりと微笑んだ少女が小さく会釈をして踵を返した。


「あ、あの! 綺麗な瞳ですねっ!」


 飛鈴は咄嗟に少女の背中へ声を掛けてから、しまったと後悔した。

 思ったことがそのまま口から飛び出してしまった訳だが、我ながら間抜けだなぁと思った。

 振り返った少女は綺麗な瞳を見開いて、少し驚いた表情を見せた。


「ありがとう。自分でも気に入っているんです」


 強くなってきた風に弄ばれる長い髪を手で抑え、頬を染めて嬉しそうに答えた。


「う、うん」


 またもや少女の笑顔に見惚れてしまった飛鈴は気恥ずかしさに愛想笑いを返す。それきり会話は続かず、少女は軽やかな足取りで歩み去った。 

 しばらく少女の後ろ姿を見送っていた飛鈴は我に返って、ほう……とため息を漏らす。


「びっくりしちゃった。綺麗な子だったけど、どこの子だろう……。あ、名前を聞くの忘れちゃった」


 気が付けば、とうに黄昏時は過ぎて夜空の天蓋には星が瞬き始めている。後悔をちょっとだけ自転車の籠に放り込んで、飛鈴は歩き始めた。

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