9つ目のコトリバコ
「道理で怪異慣れしてるのねぇ。納得したわぁ」
「命懸けで俺を呼ぶ訳だな。お前の胆力の謎も理解できたよ」
「勿論アンサーが物知りだって言うのも知ってた。だから頼りにしてるんだよ?」
自分を褒める少女にアンサーはむず痒くなった。そして彼女を背負っている状況であることに感謝した。自分が今どんな顔をしているか悟られずに済むからだ。案さおは誤魔化すように話題を変えた。
「それで、怪異と再び出会った感想はどうだ?」
「怖かったけど、感動したよ! 流石に物語でしか知らないコトリバコに襲われた時は肝を冷やした、いや、痛めたけどね」
「そのコトリバコについてお前はどれだけ知ってるんだ?」
梵は待ってました、とばかりに自身の知識を披露し始めた。
コトリバコの怪談は語り部の友人が最初に『チッポウ』というハコを自宅の倉から見つけたことから始まる。それは女子供を呪殺し、血を絶えさせる呪いの箱コトリバコだと判明する。後に語り部は漢字で『七封』と書くのだろうと推理していた。箱に封じた生贄の数によって呼び名はイッポウ、ニホウと変わっていき、呪力もその数に比例する。語り部の地域では先祖が持て余した七つの箱の呪力を弱めるために代々封じていた、という話である。
「へー、でもただの人間がそんな呪術よく知っていたわねぇ」
「当然この手の話にはプロが登場するんだよ。コトリバコ製作者は村に逃げてきた落ち武者で自分を匿う代わりに村人に呪術を教えたの。最初のコトリバコを作ってね」
ここまで話した梵は言葉に詰まった。アンサーも同じタイミングで神妙な顔に変わって悩んでいる。自分達が見落としていた事実に気づいたのだ。
「どうしたの? 二人共?」
「メリー、お前も話の続きを知ればおかしなことに気づくはずだ」
「――落ち武者はね、呪いを振りまく準備として一つ目の箱『ハッカイ』を作って呪力を村人に見せつけたの。そして『イッポウ』から『チッポウ』までの七箱の作り方を教えた」
「ひい、ふう、みい……あれ? コトリバコって七つじゃないの?」
指を折って数えていたメリーも気づいたようだ。怪談の中で八つのコトリバコが登場することに。しかし、コトリバコが擬人化した棺が用いたのは公園で梵探索に使った【壱封】【弐封】【参封】【漆封】と書かれた箱、最初に瑠美奈たちから回収した【肆封】【伍封】【陸封】と書かれた三つの箱までしか披露していない。先程の幽霊団地の戦闘でも七つの箱しか確認できていない。【捌開】は誰も見ていないのだ。
「ねぇアンサー、もしかして棺は【捌開】を持っていない?」
「ああ。そして恐らく【捌開】を封じれば棺は致命傷を負うはずだ」
「早くあの子の泣き顔を見たいわぁ。急いでハッカイを探しましょう!」
「いや、場所の見当はついている」
人形らしく小首を傾げるメリーにアンサーは転移する場所を教えた。
――その頃、ムクロは公園に戻ってきていた。
一生懸命アンサー達を探していたが、場所が掴めなかったために一度梵を心配して退き返してきたのだ。彼女はアンサー達捜索に体力を使い切って息を切らせていた。
「あれ? 梵さんは? ここにいないってことは無事に逃げ延びられたのかな?」
名前を呼んで公園内を探していると、女の子のすすり泣く声を狛句が捉えた。遊具の影辺りから聞こえてくる。そーっと近づき顔を覗いてみる。
そこにいたのは和服の少女だった。足元には七つの木箱が転がっている。驚いて腰を抜かしたムクロの携帯電話が鳴る。
誰でもいい、助けを呼ばないと、そう考えたムクロは通話ボタンを押した。
「もしもし、ムクロちゃん?」
通話者の声は背後から聞こえてきた。
振り変えると、梵達が立っている。しかし、目の前に怪異の少女がいるにも関わらず三人は動こうとしない。ただただ、棺とムクロを交互に見ているだけである。
「みなさん! どうしてアイツを捕まえないんですか!」
「捕まえる必要はない。俺達が探していたのは棺ではなく、お前だ、ムクロ」
「ボク!? 棺ってあの怪異のことですか? アイツをどうにかする方が先でしょ!? 女を無差別に襲っているんですよ!? 皆さんだって襲われましたよね!?」
「そうだね。でも棺は女を無差別に襲っていた訳じゃない。あなたを守っていたんだよ」
梵の指摘に愕然とするムクロ。
「お前は気づいていたはずだ。彼女が襲っていたのはお前に近づく女だ。これまでの犠牲者を思い返せばわかる」
おおよそ棺のターゲットとなったのはムクロと行動を共にしていた梵、逃亡中にたまたま居合わせたコンビニ店員、さらにムクロが避難した神社の巫女、そしてムクロの家族である。ムクロ本人は犠牲になっていない。彼女に関わった女性のみが狙われている。
「ボクを守っているですって? つけ狙っているの間違いでしょう?」
「ムクロちゃんも怪談に詳しいなら知ってるはずよ。コトリバコは女子供を呪殺する怪異。そんな怪異に女の子が狙われればひとたまりもない。出会って少ししか経ってない私ですら死にかけたんだもの。長期間狙われれば無事で済むはずがない」
「お前が呪いを受けない理由。梵の話を聞いて答えは分かったよ」
アンサーは徐にムクロの和装ロリータ服のスカートをめくり上げる。完全なセクハラ行為だがその場にいたメリーも梵も止めようとしなかった。抵抗しようにも怪異の怪力には成す術がなく、少女のスカートの中身は顕わになった。そこにあったのは女性らしい下着ではなく股間の膨らみを包み隠す男性用ブリーフだった。
「ムクロちゃん、やっぱり男の子だったんだね」
アンサー達は確信があったが、メリーの方はそうではなかったらしく「よくもだましてくれたなぁ!」と今にも飛びかからん勢いである。それを敵であった筈の棺が必死に止めている状態だった。スカートを整えたムクロはぽつりと呟く。
「どうして……気づいたのですか?」
「初めにおかしいと思ったのはコンビニでトイレに立った時。あの時、個室は使用中で並んでいるお客さんもいた。それなのに、あなたはすぐに用を足してきた」
当時コンビニでは「並んでた人に譲ってもらった」と言っていた。だが改めて思い返すと当時並んでいた苛立った男がムクロに先を譲ったとは考えにくかった。それもそのはずだ。彼は個室を使ってはいない。男性用の小便器用を利用したのだ。
「それだけでは僕の性別を疑うには足りなかったはずです」
「あとは貴方が買ったものよ。長期間の逃亡生活を見込んでいた。だから食料を買いこんでいた。おかしいのは食料を大量に買いこんだことじゃない。なんで生理用品を買わなかったの?」
ムクロのような十代の少女が長期間生活で女性として必要不可欠の医療品を購入しないというのは明らかにおかしかった。最初に気づいたときは買い忘れかと思っていたがトイレの一件で疑心を抱くに至ったのだ。
「まさかコンビニのやりとりで看破されてしまうなんて」
手を地面について戦意喪失したムクロを押し倒すアンサー。彼はその和風ロリータドレスを弄り始める。深夜の公園で少女にしか見えない少年の服に手を突っ込む青年の姿は完全に事案だ。
ただアンサーにそういう趣味があった訳ではない。
彼は証拠品を探していただけだった。
「見つけた。やはり持っていたな」
懐から出てきたのは【捌開】と書かれた木箱だった。最後のコトリバコを発見されたムクロはそれをアンサーの手から奪い返してしまった。
自ら所有物であると認めたようなものである。
「ムクロちゃん、どうして【捌開】なんて作ったの?」
梵は親しみさえ覚えていた子が女を呪う呪具を創作した事実に憤りを隠せない。怒りをアピールするようにわざとらしく睨んだ。彼はバツが悪そうに眼を反らすと大きく肩を落とした。
「これは元々【捌開】ではありませんでした。箱の中には子供の死体も入っていません。中にあるのは僕自身の身体です」
「ムクロちゃんの体?」
「正確には僕の八つの部位です。剥された爪、抜かれた歯、折られた骨、抉られた皮膚、裂かれた腎臓、貫かれた肺、侵された心臓、そして奪われた睾丸が一つ」
「なんでそんなものを入れてるの……?」
「ボクは幼い頃から霊感が強かったのです。そのせいで怨霊、妖怪、怪異の類に狙われまして、その時に負傷したのですよ。その度に移植や人造の物に差し替えて何とか生き延びました。僕が怪談について詳しいのも自衛のためだったのですよ」
予め知っていれば対策することができる。彼が怪談を集めていた理由は梵の好奇心とは正反対の理由だった。耳をそばだてていたアンサーは納得したように頷く。
「成程な。怪異に傷つけられて使えなくなった部位を自身の身代わりの依代として持ち歩くことで他の怪異に狙われないようにしていたのか」
それは自分の体の部位を使って人柱を作るようなものだった。ムクロの霊力を狙って襲いに来た怪異はムクロの携帯する依代を彼と誤認して攻撃するため、彼は負傷しなくなったのだ。それが木箱を肌身離さず持ち歩く理由だった。アンサーが怪異の異能で彼の〝無意識〟を感じ取れなかったのもこの依代があったからなのかもしれない。
「でも、そのお守りを何故【捌開】にしてしまったの!?」
「それこそがボクの動機であり、正体を知るキーワードですよ。少しくらい抵抗させてください。ボクから最後の問題です。ボクの正体は誰でしょうか?」
「愚問だな。俺を怪人アンサーと知って謎かけしているのか?」
「アンサーは気づいてるの? ムクロちゃんのこと」
「登場人物を消去法で消していけばわかる。コイツの正体は『黒澤勇吾』だ」
それは月雲学園で女子に人気のある男子生徒の名前だ。瑠美奈たちからファンレターを贈られる程に優れた容姿が有名だった。先輩の中には勇吾に執拗なまでにアプローチした人もいたと瑠美奈も話していた。
「そっか。女の子に人気って見方を変えれば常に異性にストーキングされるってことだもんね」
「しかも同性の男からは嫉妬される。常に疎外感を抱いていたはずだ。だから自分に近づいてくる女を憎んだ。そしてコトリバコを制作したのだろう。親が医者である黒澤勇吾なら死産の赤子や中絶した赤子の肉体を手に入れられる環境にある」
「お見事です。ボクは手元の依代が偶々【捌開】に見立てられると気づきました。最初は悪戯のつもりでした。ボクの苦労も知らずに言い寄る女子達に苛ついていましたから。女装して箱を手渡して後でコトリバコの噂をばら撒いて怯えさせるつもりでした」
最初に先輩に会いに来たという和服の少女は、女装した勇吾、即ちムクロ本人だったのだ。和風ロリータに詳しくない先輩は和服の女の子と称しただけだった。
しかし、その行動がまずかった。勇吾から間接的に贈り物を貰った先輩が学校の知人に自慢してしまう。そこから勇吾に想いを寄せる女性、近づく女性には和服の少女が現れて贈り物を授けるという噂が定着してしまったのだ。勇吾が見様見真似で作ったコトリバコと勇吾に思いを寄せる女子生徒達の噂が複合して生まれた怪異が〝棺〟だったのだ。
「コイツはボクに言い寄る女性を懲らしめてくれました」
「でも、一番近くにいる家族が犠牲になってしまったわけね」
「ええ。人を呪わば穴二つって本当でしたね。ボクはコイツを退けてくれる霊能者として、お世話になっていた巫女様を頼りましたが彼女も女性なので相手が悪かったようです」
「棺を祓ってくれる充てを探したが、自分が作りだしたとは言えなかった。そこで最初にコトリバコを託したように、女装して被害者の一人を演じるしかなかった……か。ムクロという名もクロサワと名乗りかけて咄嗟に思いついた偽名だろ?」
「完全回答ですね。流石は知識の怪異アンサーさん。ボクの負けです。……煮るなり焼くなり好きにしてください。ボクは多くの人に迷惑をかけてしまいました」
ムクロは自分の身勝手で沢山の人を巻きこんでしまった懺悔として命を差しだす覚悟だった。彼は怪人アンサーがただ質問に答える怪異というだけでなく、人間の身体を奪う怪異であることを理解していたのだ。無言の怪人アンサーは外套から針出現させる。迷いなくムクロの身体に突きさした。チクリと痛みを感じたムクロはそのまま案さに身を委ねる。そのまま数十秒程組み合った状態で動かない二人。
しかし、いつまでたっても身体を奪われないことに疑問を抱いたムクロはおそるおそる片目を開けた。
「勉強不足だぞ。ムクロ。少しは梵を見習ったらどうだ?」
そう言う彼の手には採血されたムクロの血がカプセルに集められていた。未だに理解できないムクロに梵はそっと手を差し伸べる。
「怪人アンサーに体を奪われるのは質問に答えられなかった子だけ。あなたはアンサーに質問は投げたけれど、あなた自身はちゃんとアンサーの質問に答えていたよ」
「そう……でしたね。ですがそれなら何故僕の血を抜いたのですか?」
アンサーは彼の手元の【捌開】となってしまった依代を掴むとその箱の中に採集した血を注ぎこんだ。
「一度定着した怪異はそう簡単には壊せない。お前は既に八つの部位を封じた依代をコトリバコに見立てて【捌開】にしてしまった。だったら、九つ目の何かを入れて書き変えてしまえばいい」
「そっか! 九に値する数字を持つコトリバコは存在しない!」
コトリバコは生贄の数で名称が変わる。怪談に登場するコトリバコは八つの生贄を使った【捌開】までしかない。ムクロが作ったものも自身の身体の一部で代用してはいる紛い物とはいえ八の贄を得たコトリバコではあった。九の数字を冠する箱にしてしまえばそれはもうコトリバコとは言えず、ネットで語られた怪談の範囲外になる。
「名付けるなら【玖閉】。純粋な願いを込めてお前の呪いを終わらせるんだ」
「人を呪ったボクに……出来るでしょうか?」
「出来るよ。元々その箱は依代という守りの力だったんだもの。私を助けるためにアンサー達を呼びに走ってくれた、あの優しさを持つ貴方ならきっと……」
ムクロは未だにメリーと喧嘩している棺を一瞥する。彼女は悪くはなかった。元々「自分に近づく女なんていなくなってしまえばいい」という負の願いを啜って生まれてしまったから周りの女性に呪いを振りまいただけである。彼女は律儀に一途に主人の願いを守り続けていたのだ。それは元々が守護の力を持つ依代だったからだろうか。出会いが違ったら良きパートナーになれたのかもしれない。
「ごめんなさい。君は最初にボクが注いだ願望通りに動いてボクを守ろうとしてくれたんだね。……ありがとう〝棺〟。君への感謝の念をこの箱に込めるよ」
隠れた前髪の隙間から見える棺の眼は僅かに笑っているように見えた。
棺の身体は茶褐色の泥としてではなく、泡のように儚く消えていった。名残惜しく伸ばした手に何も掴むことはなかった。
――こうしてコトリバコ騒動は終息した。女子高生の暴走した恋路が孤独な少年を傷つけたことから始まり、偶々呪具コトリバコの模倣物ができてしまった。さらに少年の憎悪と社会の噂が交差して怪異まで実体化してしまい、話が複雑化してしまったのだ。梵は改めて人間の恐ろしさを実感した。件の騒動の渦中にいたムクロは深々と頭を下げる。
「色々ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「無事に円満解決できてよかったよ。――次は学校消失事件の解決に協力してもらってもいいかな?」
「勿論です! ボクの通ってる学校ですし!」
「ではまず学校で過去に起きた行方不明事件について詳しく教えてもらおうか」
棺に追われて中断していたが、学校消失事件についてムクロから耳よりの情報がもたらされていた。その詳細を聞く必要がった。彼も当然その話を促されると考えていたようで口を開きかけた時、呪いの人形が絶叫した。
「あっ――!」
「何だよ、メリー? ムクロに興奮していたことをまだ後悔してるのか?」
「そっちもだけど、皆時計を見て!」
梵は腕時計、ムクロは懐中時計、アンサーはスマホの時計を確認する。全ての時計が時刻が午前二時で停止していた。思えばコトリバコ騒動で結構な時間走り回っていたはずだ。それなのに空は全く白んできていないのである。
「まさか、夜がずっと続いている……の?」




