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棺と躯

夏なので続投します。


声が聞こえた方を向くと夜闇の中から少女が木箱を携えて現れた。身に纏う和服は黒を基調にし、所々血のような彼岸花があしらわれている。前髪の隙間から見える彼女の虚ろな眼はムクロを真っ直ぐ見つめる。口元が僅かに笑って見えた。

 彼女はまるで鳩に餌を与えるように手に持つ木箱を放り投げてきた。中身の鉱物らしき何かがぶつかるような音を立てて転がったそれは、勝手にパズルのように変形して蓋を開かせる。鼻をつく異臭と共に赤黒いヘドロのような手が伸びてきた。全身に悪寒を感じる。

それが少し近づいただけで(そよぎ)は胸や腹部に鈍い痛みを感じた。


「ひっ! アンサーこれって!」


「コトリバコだ! 俺とメリーで相手する! (そよぎ)はムクロを連れて人気の多い場所へ走れ! 決して奴に近づくなよ! 女は特にヤバい!」


「わかった! いくよ! ムクロちゃん!」


 (そよぎ)はムクロの手を引いて走りだした。もう時刻は深夜を回っているため人がいる場所の方が少ない。頭に思い浮かんだのは瑠美奈と会った薬局だが、やや距離が離れている。そこで第二候補として挙がったのはコンビニエンスストアだった。あそこも二十四時間営業だ。もしかしたらガラの悪いヤンキーがたむろしているかもしれないが背に腹は代えられなかった。

 (そよぎ)達が逃げる時間を稼ぐためアンサーとメリーが怪異の行く手を阻む。


「そういえば、瑠美奈ちゃん達にコトリバコを届けた女の子がいるって言ってたわねぇ」


「ああ、間違いなくコイツだろう。呪物のコトリバコが擬人化するとは驚きだが」


 コトリバコの怪は最初にメリーを睨んだ。伝承通り女性を呪う性質は擬人化しても変わらないようだ。「ニホウ」と呟き【弐】と書かれた箱をメリーに投げつけてきた。今度は箱の中から二本の胎児の腕が出現してドレスを掴もうとする。メリーは糸を操ってその追撃を躱すとコトリバコを作りだす和服の少女に糸を絡ませた。人形だけあって糸の扱いはお手のものである。瞬く間に少女を縛り上げてその首に糸を括りつけた。指先ひとつで首を切断できる状況だ。


「泣いて詫びる良い顔見せてくれるならこの辺で勘弁してあげるけどぉ?」


「サン……ポウ」


 和服の少女はあくまで戦意を失わず袖口から【参】と書かれたコトリバコを落とした。その蓋が開かれる前にメリーは思いきり指を引き、少女の首をはねてしまった。

 ドサリと頭部が地面に落ちる。しかし胴体は首のないままゆらゆらと立ち続けている。

 落ちた頭部からは耳を劈くような声が聞こえた。首を切断された痛みに悶えているのではない。「おぎゃあ」と赤子の声で泣き喚いたのだ。


そして放り出された【参】のコトリバコからも同じ泣き声が聞こえてくる。

振り返ると、箱から出てきたヘドロが三体の黒い赤子の形へと成長し、メリーの体に纏わりついた。血で汚れた体を震わせながら心臓や肺、子宮のある部位にしがみ付き泣き叫ぶ。


「怪異だけあって化け物ねぇ。でもそれはお互い様よ」


 落とされた首とくっついていた赤子が同時に呆然としていた。その隙をついて背後に回りこんでいたアンサーが刀で怪異の胸を穿った。


「察するにあの赤子に憑かれた女はその部位の臓器を壊されるのだろう。だがメリーは人形だから心臓も肺も子宮も存在しない。相手が悪かったな」


 アンサーが言い終わった直後、怪異の体が泥のように溶け落ちた。後に残ったのは黒い水溜りのみであった。


「消滅したのかしら?」


「いや、手応えは感じなかった。それにこの怪異は俺達を障害物としか認識していなかった。狙いはムクロという女だろう。早く(そよぎ)と合流した方が良さそうだ」


 怪異から逃げる(そよぎ)達は無事にコンビニに辿り着いていた。深夜ではあるが立ち読み客が熱心に本を読んでいる。やる気の無い女性店員は注意もせずに携帯をいじっている。そして男女兼用トイレは使用中で並ぶ中年男性が苛々しているのが感じ取れた。小便器は空いているのだがそちらに用はないらしい。(そよぎ)は深夜にしては人気が多いなと思ったが残業か深夜シフトの仕事なのかもしれないとあまり気にはしなかった。


「コンビニって除霊道具売られてたかな?」


「塩くらいしか置いてないと思いますけど? それより携帯食料とか買っときましょう。長期戦になりますから」


「え? そんなに長い間狙われてるの?」


「ええ。アイツが現れてまず母と姉が狙われました。接触してすぐに腹痛を訴えました。幸い父の伝手ですぐ入院できましたが、原因不明の臓器不全だそうです」


「それはお気の毒に……」


「アイツは女を襲うんです。だからボクも執拗に狙われてます。ただ近くにいたというだけで」


 震える手で彼女は缶詰や健康食品を籠に入れていく。真剣に商品を選んでいた彼女に世間話がてら学校消失事件のことを尋ねてみた。

 関係者が消失したことを話すとムクロは初耳だったらしく真っ青になった。


「まさか……月雲学園の人間が消されていたなんて……」


「私は最近ネットで書きこまれた都市伝説カミウツシが怪しいと思っているのだけど」


「カミウツシ? ボクも怪異には詳しい方ですが、聞いたことないですね。新しい怪異ですか? インターネット発祥の怪異はコトリバコまでしか知りません」


 ムクロからは自分と同じ怪談好きの気配を感じ取っていた(そよぎ)だが彼女もカミウツシは知らないらしい。インターネットの怪談掲示板も新しい話は随分更新されていないため、彼女が知らなくても無理はなかった。


「でも驚きました。新しい怪談はもう生まれないと思ってましたから」


「そうだね、新しいお話も最近はすぐに嘘松とか創作乙って作り話認定されちゃうからね」


 ムクロとは馬が合った。本物の怪異に追われている状況でなければ、怪談話をもっと話したいと思ったくらいだ。だが今は悠長に話している状況ではない。必要な情報だけ簡潔に聞きだす必要がある。そこで今一度カミウツシを聞いたことがないかムクロを揺さぶってみた。しかし彼女は首を横にふるだけだった。


「……そもそもカミウツシなんて世間に定着してない新しい怪異の力では学校全部の人間を消せないと思いますよ?」


「アンサーも似たようなこと言ってた。でもカミウツシじゃないとすると、他に候補がないよ。町の人に聞いてもそれらしい怪談は知らないし、アンサー達も同胞に心当たりがないみたい」


「僕は学校に手掛かりがあると思います。あそこは怪談の宝庫ですから」


「本当? 私、怪談とか好きだけど、学校怪談とか調べてもほとんど出なかったよ?」


 心霊現象好きの(そよぎ)はそれこそ先輩に聞きこみに行ったり、先生に尋ねたり、図書館の郷土史を調べてみたがそれらしい情報は殆ど蒐集できなかった。だから学校消失事件についても学校側に手掛かりはないと踏んで町での調査せざるをえなかったのだ。


「ボクの姉、月雲の卒業生なんですけど……姉の在学時には学校の怪談は色々ありました。それはもう寝物語に聞かされるくらい。ですが、ある年から怪談禁止令が出たのです」


「そういえば、私が怪談を調査してる時も先生は良い顔しなかったな。オカ研作りたいって言っても即効で反対されちゃったし……。まさか怪談が禁止されてたとは。でも何で?」


「行方不明者が出たからだと聞いています。元々数年に一度は生徒や教師、用務員が突然夜逃げ同然に消えることはあったらしいのですが当時は問題にならなかったみたいです」


「人が消えたら大騒ぎでしょ? 現に今警察も動きだしている訳だし」


「当時消えた人間が悪い意味で目立たないタイプだったみたいですね」


 ムクロの話によると消えた人間は、クラスに馴染めない根暗な生徒、生徒からも馬鹿にされる教師、存在さえ気付かれない用務員等で失踪について誰も追及調査しなかったようだ。人付き合いが浅いゆえにただの蒸発だと思われたらしい。


「失踪者が秀才や美女、ムードメーカーだったら誰かが心配するけど、そう言う人がいなかったわけね」


「はい。なので当時のオカルトマニアに【月雲学園神隠し】と語られる程度でした。怪談禁止令が出た直接的な理由は姉の在学時に起きた別の失踪事件です」


――とそこまで話したムクロは急にそわそわし始めた。


「どうしたの? 言いにくい話?」


「いえ、ちょっと催してしまって」


「じゃあ、私が残り買って会計済ませとくから行っておいで」


ムクロは「すみません」と会釈してトイレの方へ駆けていった。ムクロの話は気になるが生理現象は仕方がない。彼女が用を済ませている間に(そよぎ)は女二人で持てるだけの商品を吟味し選別することにした。棚の整理をしていた店員にそれとなく「カミウツシ」や他の怪異について心当たりを尋ねてみたが、興味本位で逆に話を聞かれるだけで収穫は得られなかった。

店員はバイト仲間や友達に聴いてくれると話してくれたが望み薄だろう。


ある程度買うものを見繕い会計を済ませていると背後から声をかけられた。


「随分少なめにしましたね? お金ならボクが払いますよ?」


「女子二人だとこれくらいでいいでしょ。でもあれ? トイレ混んでなかった?」


「あー……、譲っていただきました」


 見ると、並んでいた男性が尻を押さえて急いで個室に駆けこむ姿が見えた。ムクロにお願いされて彼女の愛らしさに嫌とは言えず先を譲ってしまったのだろう。(そよぎ)は個室に入った男性の下着と心が汚れていないことを祈るばかりである。


「あの、お釣りは……こちらになります」


「店員さん、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


「身体の調子が少し悪いみたいで……ゴホッ」


 咳き込む店員の様子を見たムクロは血相を変えて(そよぎ)の手を引いた。


「奴が近くにいます!」


 急にコンビニの照明が点滅し始める。電気の寿命でも配線の不具合でもない。そんな状態に陥るコンビニはみたこともない。全身が総毛立った。

何度目かの点滅の復帰直後、目の前にソレはいた。

長い前髪で目を隠した和服の少女だ。見た目は和服以外に変わったところはないが、得体のしれない恐怖が背中を撫でる。逃げようにも逃げることができない。脚が竦んでいるからではない。内臓器のあらゆる部位が不調を訴えて立っているのもやっとなのだ。


「捕まって!」


 いち早く怪異の接近に気づけたムクロが(そよぎ)を抱えるように店から逃げだした。

 怪異から離れると幾分か気分は落ち着いた。だが僅かに内臓の痛みが残っている。アンサー達を呼ぼうにも携帯電話を確認するが電源が入らなくなっていた。学校に登校してからこの夜更けまでの間に充電がきれてしまったようだ。電話怪異の二人が転移で助けに来てくれないのもそのせいらしい。こんなことならコンビニで充電器買っておけばよかったとずぼらな自分を呪った。背後を確認すると怪異の歩みは遅いがそれでも徐々に距離は詰められている。


「ムクロちゃんはまだ動けるでしょ? 一人で逃げて」


「ボクが巻きこんだのですから放っておけないです!」


「見捨てろって言ってるんじゃないよ。アンサーとメリーを連れてきて。二人がやられる所なんて想像できないから多分撒かれただけだと思う」


「分かりました! この先に公園があります。そこに隠れていてください」


 残りの体力で全力疾走して公園に身を隠す(そよぎ)。アンサー達を探しに行くムクロは、迫りくる怪異の囮役もしてくれたようだった。しかし怪異の方は始めのターゲットのムクロには目もくれず、(そよぎ)が隠れる公園まで迷いなく近づいてきた。


「ムクロちゃんを狙ってるんじゃないの?」


 ただ弱っている自分に目をつけたのかもしれない。確かに今狙われると対抗する術はない。見つからないように祈ることとアンサー達の助けを待つことだけだ。

 和服の少女は公園を徘徊し、時折影を覗くようなそぶりを見せている。明らかに(そよぎ)を探している様子である。不幸中の幸いなのはあの怪異に探知能力がないことだった。


「……いない」


 遊具やベンチの影を探していた怪異は(そよぎ)を見つけられないことに腹を立てたようで持っているコトリバコを地面に叩きつけた。寡黙な怪異も機嫌を悪くしているのが見て取れる。見つかったら先程のコンビニ店員より悲惨な目に遭わされそうだ。


(アンサー、私の体を奪いたいなら早く助けにきてよ! このままじゃ壊されちゃう)


 (そよぎ)は息を潜めて和服の少女を観察する。

 しばらくきょろきょろしていた彼女はおかしな行動を取り始めた。

 所持するコトリバコを野球ボールのように投げ始めたのだ。いよいよ自棄になったのか、とその一挙手一投足を観察し続ける。【壱】【弐】【参】【漆】と書かれた箱を一通り投げ終わった彼女はまたそれを回収して別の場所へ投げ始めた。


(怪異といっても子供っぽいのかな?)


はじめは怪異でも癇癪を起こすのかと少し恐怖心が薄らいでいたが、怪異が自分が隠れている近くにハコを投げた時にその意図を察した。


(あの子、コトリバコを使って私を探していたんだ……)


 無作為に投げたコトリバコは付近の女性を蝕む効果がある。投擲されたコトリバコの近くに隠れていれば、その呪いによる痛みで声を上げてしまうと確信していたのだ。

 現に【漆】の箱を近くに投げられた(そよぎ)は物凄い腹痛に襲われていた。思わず声を出してしまいそうな程の痛みに苦しみ悶えた。無意識な咳が「ゴホッ」と出そうになる。


 もう駄目だと咳き込んだと同時にそれをかき消すように公衆電話が『ジリリリン』と鳴った。耳を澄ませていた怪異の少女は訝し気に公衆電話を一瞥したが、ただの人間の悪戯だと思ったようで、すぐに近くのコトリバコの回収に向かった。


 自分の近くのコトリバコを回収されて何とか安堵した(そよぎ)は、ふと今も鳴り続ける公衆電話が気になった。携帯電話が普及し、今では見かけることも少なくなった公衆電話。それが深夜に鳴るというのは怪談でよくある話だなとぼんやり思いだしたのだ。


(怪談でよくある話――まさか!)


 隠れていてもいずれは炙りだされる。そう考えた(そよぎ)は一か八かの賭けに出た。コトリバコ回収で怪異が背を向けたとき、今まで隠れていた茂みから顔を出して公衆電話ボックスに向かって走りだしたのだ。

 怪異も音で(そよぎ)の存在に気づきその後を追う。

背中近くまで迫る怪異の手が届く前に(そよぎ)は公衆電話に出ることができた。


「もしもし!」


 電話ボックスのすぐ外には和服の少女がニタァと笑みを浮かべて張りついている。彼女が近くにいるだけで内臓が痛くてたまらない。それでも(そよぎ)は安堵の表情を浮かべた。電話主が既に分かっていたからだ。


『もしもし、私メリー。今あなたの後ろにいるの』


「公衆電話に狙いをつけて正解だったな!」


 怪異の背後に人形少女と見慣れたシルクハットの少年が武器を構えていた。怪異の少女が振り変えるより二人の奇襲の方が早かった。メリーの斬糸とアンサーの刃物で切り裂かれた怪異は泥のように溶け落ちてしまった。怪異の姿は消えて緊張の糸が切れた反動で(そよぎ)は一層臓器の痛みを自覚した。一度受けた呪いを普通に回復させるには時間を要するらしい。



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