コトリバコ
メリーと合流した梵達は事の顛末を彼女に話した。
「ふーん、大変だったみたいねぇ」
「その大変な時にお前はどこで油を売っていたんだ?」
「怪異の元になった亜理紗ちゃんに聞きこみ調査していただけよ」
「聞き込み調査……ね」
大方彼女が気に入って怯える表情を楽しんでいたのだろう。彼女が失神したか失禁して満足したメリーが戻ってきたことは推測できた。
正面玄関から出ると、人だかりが出来ていた。転落死した草部について警察に連絡しているようだ。視力を奪われたせいで誤って転落してしまったのかと肝を冷やした。だが、彼の背中には子供の手形のような跡がついていたため事故ではないようだ。目撃者の女性が周囲の人に「子供が押すのが見えた」と話していた。
「後のことは警察に任せるしかないわぁ。早く離れましょう」
「そっか。メリー達は身分を聞かれたら厄介――」
会話も終わらない内にアンサーは梵の腕を強引に掴んで走りだした。
人気がない角に曲がった瞬間、手で口を塞いでくる。そのあまりに強引な態度に文句の一つでも言ってやろうかと考えていた梵に分かるようにアンサーは指を差した。彼の指の先を追っていくと通報で駆け付けった警察が住民と話をしていた。
「警察が来たから慌てたの?」
「結論を述べればその通りだが、お前が考えている理由とは一致しない。メリー、彼らの会話を盗聴できるか?」
「まぁ、私が見えている範囲くらいなら――」
メリーが所持している携帯をスピーカーモードにすると、本当に傍で聞いているように警察と住民の話声が聞こえてきた。
『女学生がいた?』
『ええ。黒いセーラー服の子でしたよ。男性と外国人の女の子と一緒でした』
『セーラー服? 行方不明の月雲学園の生徒かもしれない。その子はどちらに?』
警察官の台詞で梵は自分の置かれた状況を理解した。月雲学園の生徒と従業員は京梵を除いて全員行方不明なのだ。夜も更けて自分の子供が帰ってこないことを心配した親御さんが関係者に連絡していてもおかしくはない。そして関係者全員に連絡が取れなければ警察も本腰を入れて捜索しだすだろう。
「わたし……もしかして追われてるのかな?」
「今のところは梵一人を探している訳ではないが、梵が行方不明になっていないことを知られれば重要参考人として連行されるだろう」
「そうなれば、学校消失事件の謎を解く時間はなくなっちゃうわねぇ」
「そんなの、ダメ! 私が唯や皆を助けないと!」
「俺も自分の獲物を横取りされたくはないからな。だから隠れたという訳だ。とはいえ、学生服から学校を特定できる住民はそう多くはないだろう。警察の動向に注意しつつ目立たないように他の怪異を探ってみるか」
梵達はカミウツシの噂や人間を隠す怪異の噂を調べていく。しかし、時間も時間なので酔っぱらいか怪しい客引きの戯言しか入ってこない。有益な情報は得られなかった。
これが普通の調査なら日を改めればよい。しかし大多数の人間が一夜にして消えたことが公になれば警察もマスコミも大々的に調査し始めるだろう。そうなれば益々動けなくなってしまう。それに時間が経てば経つほど消えた人間が生存している可能性が低くなる。
「なんとしても、今晩中に手掛かりを見つけないと……こうしている間にも唯たちが……」
「そよぎー? こんなところで何やってんの?」
聞き覚えのある声音に顔を上げる。声をかけてきたのは同級生の浅間瑠美奈だった。金髪付け爪にピアスと今どき珍しいオーソドックスなギャルである彼女は、私服ではあるものの月雲学園の生徒であることは間違いない。自分以外の生き残りを見つけた梵は目を丸くした。
「瑠美奈!? あなた無事だったの!?」
「無事じゃねーし。アタシ、腹痛がマジやばくてさー今もアッコで薬買ってきた訳」
彼女は背後の薬局を指した。二十四時間営業のお店らしく、客は疎らながら店は明るかった。彼女の親は共働きで外泊も多いので身の回りのことは自分でやっていると以前聴いていた。今も腹痛に耐えて薬局に買いだしにきたらしい。軽薄な口調ではあるが、根は真面目なので友人関係にあった。
「梵、そちらは?」
「うわ! 超イケメンじゃん! 誰よ? そよぎの彼氏?」
「違うから! 彼は、その……親戚の人。それより瑠美奈はどうして無事なの!?」
「だから無事じゃねーし。腹が痛くて今日も学校休んだし」
梵はアンサーと目配せした。盲点であったが、消えたのは今日学校にいた人間だ。学校外にいた生徒までは消失の影響を受けなかったらしい。
首を傾げていた友人に梵は掻い摘んで説明した。
「――うっそ。唯たちがいなくなったってヤバくない? この時代に神隠しかよー」
「今、その原因を探ってるの。瑠美奈、何か心当たりない? オカルト的なこととか」
怪異に疎い彼女のために「カミウツシ」「ありさ」や「怪人アンサー」といった超常的な存在を例に挙げて怪異が起こす摩訶不思議な出来事の説明を簡潔に行った。説明を聞いた瑠美奈はわざとらしく考えるふりをして頭に指を当てた。十数秒の間の後、顔を上げる。
「もしかして……あの贈り物が関係あるのかも……」
「詳しくお話聞かせてもらっていいですか?」
ヒントの気配を感じたアンサーは前のめりに尋ねる。至近距離のイケメンの色気にやられた瑠美奈は隠そうともせず、事情をぺらぺらと話しだす。瑠美奈は所謂面食いだった。
「梵はさぁ、黒澤勇吾君のこと覚えてるでしょ?」
「ああ。医者の家系の子で容姿が整っている子だよね? 恵まれてるよねー」
彼は学年で美男子だと評判だった。学内派閥に属さず、いつも一人でいることから孤高の美少年として女子の間で人気になったのだ。梵も瑠美奈から一度「ファンレターを一緒に渡そう」と誘われて断ったのを覚えていた。その後、瑠美奈は他の親しい友人と連れだって彼にファンレターを送ったらしい。直接手紙を渡すのは気が引けるため靴箱に手紙を入れたというのだ。
「そしたらね、お返しがあったんだ」
その翌日、朝の準備をしていると、インターホンが鳴った。
尋ねてきたのは着物を着た見慣れない少女だった。
「勇吾君から」
ただ一言それだけを述べて包装紙にくるまれたプレゼントを手渡されたのだ。そのときは想い人からの返答に喜んで深く考えなかったが、改めて思い返すと彼女が何者なのかが全く分からなかった。何を尋ねても同じことを繰り返すのみだったのだ。
「よくそんな得体のしれない相手からプレゼント受け取るわね」
「アタシも急に渡されたら驚くけどさー。前に勇吾君に熱烈アプローチかけた先輩が勇吾君の親族っぽい和服の子から似たようなお守り貰ったって自慢してたし。勇吾君に姉妹がいるのは聞いてたからさぁ、尋ねてきたのは妹ちゃんかなって思ったわけ」
話の筋は通っていた。確かに前例として物を渡された人がいるなら警戒心が薄くなるのも頷ける。話の波に乗れず気になっていたメリーが瑠美奈を見上げながら尋ねる。
「結局贈り物は何だったの?」
「パズルかな? 今どき古風だなーとは思ったのだけどー。病気してから暇だしずっといじってたんだ。でも益々体調悪くなるし、薬買ってきたってわけ」
そういう彼女の顔色は頗る悪かった。親がいない彼女を心配に思った梵は家に送るついでに謎の人物から受け取った物を見せてもらうことにした。もしかしたら物を渡されたことを条件に人が消される可能性がある。今のところ消えてない梵はソレを渡されていないのだから。
床に伏せっていた瑠美奈が出歩けるほど彼女の家は近かった。よくある白地の一軒家が目と鼻の先に見えてくる。家を目の前にしたアンサーは怪訝な顔をした。
「……臭うな、呪いの気配を感じるぞ」
呟くや否や、家主の瑠美奈を差し置いてアンサーは土足で彼女の部屋まで走って行く。
「ちょっ! 女の子の部屋に上がってそれはないでしょ!」
「アンサーはその辺の常識には疎いからねぇ」
「ないわー。イケメンでもないわー。掃除すんのアタシなんだけど……」
女性陣の冷たい視線もどこ吹く風でアンサーはパズルのようなものを取ってくると彼女達の目の前で懐に仕舞いこんだ。同時に瑠美奈は「――ううぇ」といきなり嘔吐した。
「―ごほっ、ちょっと、不法侵入の次は泥棒!? いくらイケメンでも許されないことが!」
アンサーの胸倉に掴まんばかりの勢いだった彼女は自身の健康状態について顧みた。歩くのも苦痛で常に腹痛に苛まれていたのが嘘のように何も感じない。全力で男性に啖呵を切れる程に回復している。
「体調が戻っただろう? 原因はこの小箱――コトリバコだ」
全てを知っているらしいアンサーが言った。その言葉には梵も聞き覚えがあった。正確にはインターネットのまとめサイトで一度読んだことのある怪談だった。
領主から差別や迫害を受けた人達が、彼らに対抗するために作った呪具がコトリバコである。雌の畜生の血で満たした箱に生贄にした子供の身体の一部を入れることで完成する。正確には子供の年齢によって箱に入れる部位が違っている等明確な決まりがある。パズルのような仕掛けの箱で無知な人間の興味を惹かせ、近づいた女子供を呪殺する道具だ。しかもただ殺すのではなく、内臓を徐々に潰して苦しませるという恐ろしいものだった。現物を見るのは初めてだが、このお話も有名だったのでオカルト好きの梵は知識として知っていた。
そんなコトリバコの話を聞いた瑠美奈は当然憤った。
「呪いの道具を送ってくるなんて! さては勇吾君に気のある女の嫌がらせか!?」
「違うと思う。そもそもコトリバコは『子を取る箱』と書く女子供を呪う箱だよ? その箱を渡してきた女の子は普通の人間じゃないよ」
「俺もそう思う。確かファンレターを渡したのは他にもいると言っていたな。彼女らもコトリバコを持っているのか?」
「うん、皆渡されたと思う。待って。今、名前と住所書くから!」
「いいえ、住所は必要ないわ。彼女達の電話番号を教えてくれるかしらぁ?」
「ま、いいケドね、ほい」
瑠美奈と同じくファンレターを渡し、コトリバコを託されたのは『山城美香』『日野真夏』の二人だった。やはり二人も腹痛ゆえに学校を休み、消失事件の巻き添えを喰わなかったらしい。
「ありがとう。私達がコトリバコを回収してくるから瑠美奈は休んでて」
「まー、アタシがいても役に立ちそうもないしー。よろしく」
呪いの箱を回収するため急いで少女達の元に向かう。ここでも役に立ったのはメリーの転移能力である。電話一本で対象者の付近まで移動できるのだから短時間の間に箱を回収することができる。瑠美奈が事前にアポイントをとってくれていたためにすんなり迎え入れてくれた。おまじないに興味を持つギャル派閥であるため、リーダー格の瑠美奈を経由した呪いの話も理解してくれたようだ。何よりアンサーが箱を回収した瞬間に体調不良が直ったのだから嘘とは思わなかったらしい。瑠美奈も彼女達も梵達のことは警察に秘密にしてくれると約束してくれた。これでしばらくは調査に専念できるだろう。
「はぁ~。呪具だと分かった時のギャルたちの泣き顔。アレも良かったわねぇ。か弱そうな見た目の子が好みだけど、普段強気の子もまた違った感じがする。ありがとう、そよぎちゃん。あなたの人脈のおかげで視野が広がったわ」
「それはどういたしまして。でも今回の件、学校消失事件とは別件っぽいね」
「だろうな。ばら撒いた本人の正体は掴みきれんが、今は放っておいてもいいだろう。何かあれば梵に連絡が来るだろうし……」
友人達を救えたのは幸運だったが、期待を込めた学校消失事件の進展がなかったのは残念だった。これでまた手掛かりから探さなければならない。
夜半に鳴り響くパトカーのサイレンが梵達を急かしているようにすら感じた。
「……た……けて」
「今何か聞こえなかった?」
アンサーは首を横に振ったので空耳かと思った。
――がメリーは目をキラッと輝かせて叫んだ。
「聞こえたわ。美少女の声が!」
止める間もなく、彼女は声の聞こえた方向へと爆走していく。相変わらず少女の泣き声と聞くと行動が早すぎる。普段会話の波にあまり入ってこないのも良からぬことを常に考えているからだろうかと勘ぐってしまう程だ。
「追いかける?」
「放っておいて事案が発生したら、警察が来て面倒が増える」
メリーが女の子を襲う姿を想像した二人は仲良く肩を落とし、爆走ドールの後を追った。辿り着いた先では案の上、カラクリ人形のような強面を披露したメリーが一人の少女を怖がらせていた。
「ひ~! こっちもお化け~!」
「アハハ! もっといい声で啼けるでしょぉ! ほらぁ!」
「やめんか! エロドール!」
怪人の鉄拳制裁でようやく大人しくなったメリー。彼女に怯えていた少女も落ち着きを取り戻したらしい。大正浪漫溢れる和風ロリータ服を纏った彼女はぺこりとお辞儀をする。
「すみません。妖怪に教われているところ、助けていただいて……」
「いや、一応、そこのドールも仲間なんだけどね」
少女は始めこそ警戒していたものの、人間である梵が代表して説明することで誤解を解くことができた。直接的な被害に遭っていないのと、梵がベンチに座って肩を抱き、優しく話をしてくれたことが大きかったようだ。
「それで、貴方は誰? こんな夜中に誰に助けを求めていたの?」
「ボクはクロ……ゴホン! ムクロと言います」
アンサーはジロジロと食い入るようにムクロの衣装と顔を観察する。
「お前は普通の人間らしいが、名前と衣装が普通じゃないな。源氏名か?」
「せめて芸名と言ってあげて。ほら、多分親がつけたDQNネームとか……」
「ボクの名前はどうでもいいです! そんなことよりお化けに襲われているのです! お坊さんか神主さんの知り合いはいませんか?」
今度は梵達がきょとんとする番だった。呪いの次はお化けときた。この町は悪鬼羅刹の巣窟らしい。本題から逸れているのに副題の方は次から次へと沸いてくる。
「また怪異か? こんなに怪異が出るなんて聞いたことないぞ」
「私も今日までほとんど聞いたことなかったし……」
「嘘なんてついていません! 妙な和服女に追いかけられて――」
ちょうどその時、「カランコロン」と不審な物音が聞こえた。木製の何かが地面に転がる音だ。
「イッポウ……」