学校の怪談
――止まった時刻は丑三つ時。
様々な怪異と接触し対処してきたのに午前二時から時間が進んでいない。
この一日で不可解な現象には何度も遭遇してきた。在り得ない身体能力、神出鬼没な転移能力、超常的な異能。だがそれはあくまで限定的なものだった。アクロバティックサラサラの身体能力もテレポートする相手を追い切れない。メリーの転移能力も電話が使えなければ使用できない。コトリバコの呪いも成人男性には効かない。怪異の力は異常ではあるがまだ対処可能の範囲であった。しかし時を止めるというのは規格外すぎた。
「これも学校の皆を消した存在の力なの……?」
「まだ結論付けるには早くなぁい? けれど何かしらの怪異の力なのは確かみたい」
「ムクロ、昔の事件について話してくれ。怪異の力が推測できるかもしれん」
一同は和風ロリータドレスに身を包む少女、改め女装少年ムクロに目を向けた。同じ人間であり、協力すると約束した梵に対しては警戒心はないが、やはり怪異であるアンサーとメリーの視線が気になっているようだ。幼少期より怪異に命を狙われる人生を送っていたのだから苦手意識が簡単に消えるわけではない。だが自身が振りまいた呪いを止めてくれたことについて彼らに感謝しているのも事実だ。意を決したムクロは小さく呟いた。
「ボクが知っているのは学校の怪異そのものではなく、あくまで彼らが起こしたと思われる事件についてだけですが……」
「十分だ。情報さえあれば推理できるからな」
無人の月雲学園に電話転移は使えない。学園を目指す道すがらムクロの話を聞くことになった。しかしその前に彼女――否、彼の服装が気になった梵はそのまま疑問を口にした。
「ところでムクロちゃん、服は着替えないの?」
「はい。怪異除けとストーキング女子除けに女装は効果的なんですよ」
「そうなの? 女の子除けはともかく怪異除けに有効って……」
「別に不思議ではないぞ。病魔で早逝する男子が多かった昔は女性名をつけたり、幼少期を女子として育てる地域もあったからな。転じて魔のモノ除けに女装する風習が残った地域もある」
「無駄な雑学だけは達者ねぇ。それで生徒を消した怪異については分かったの?」
揶揄うようなメリーの質問にアンサーは「それを今から調べるんだ」と目を逸らした。梵達の沈黙を合図にムクロは話の続きを語り始めた。
「以前、月雲学園で怪談は禁止になったとお話しましたね」
「うん。その切っ掛けが失踪事件だったって……」
「消えた数が尋常ではなかったのです。総数にして四十四人になります」
梵は固唾を呑んだ。前から月雲学園で小さな失踪事件があったという話は聞いていた。それでも動かなかった学校が怪談に戒厳令を敷いた理由は被害の大きさだったようだ。
「四十四人……。確かに異常だ。何があった?」
「部活で残っていた生徒が消えた……のが最初と言われています」
当時、大会も近い陸上部男子生徒が残って走りこみを続けていた。水分補給のためにグラウンドの友人と別れた後、彼は行方不明になった。彼の評価は真面目そのものだった。何より大会のために努力を続けていた彼が失踪する理由が皆無だったのである。
様々な憶測が学校中で囁かれる中、次に三年生の女生徒がいなくなった。大学受験を控え、受験勉強に励み、模試で志望校合格ラインに到達したと友人に自慢していた矢先の出来事だった。その後も突発的に蒸発する生徒が続いた。
「奇妙な話だな。全員に失踪する理由はない。事件か事故に巻き込まれたと見て間違いないだろうな」
「警察も当時はそう思ったそうです。そんな状況でも校内では謎の失踪事件として話題のタネになっていました。オカルト研究部なんて怪奇現象を解明すると躍起になったみたいですね」
「まぁ自分達の在学中に怪奇現象が起きればそうなるわよねぇ」
「実際は廃部寸前で部費拡大目当てで功績を出したかったそうですよ」
「……善意からじゃないんだね。それでオカ研は手掛かりを掴めたの?」
「いいえ。ミイラ取りがミイラになりました。彼らもまた被害者なのですよ」
面白半分に失踪事件を話していた生徒達は沈黙した。オカルト研究部に対して超常現象を解決してくれると密かに期待を抱いていた者や、彼らがでっち上げる妄想話を楽しみに待っていた者もいた。しかし生徒達の期待は最悪の形で裏切られたのだ。
「この事件を機に戒厳令が敷かれました。下手に生徒を関わらせると失踪しかねないと思ったそうですね」
「普通は隠されたものは知りたくなるのが人間の性だが、自分の近くで明確な被害者が出た以上自発的にも語らなくなったのか」
「一歩間違えれば自分達が危険に陥るならそうなるかもね」
「わたし達はその危険に飛び込みに行くんだけどねぇ」
ムクロの語った数年前の失踪事件が今回の学校消失事件に関わっている可能性が高い。だとすれば、非常に危険な相手だろう。今は四十四どころの騒ぎではない。全校生徒に加えて業務員、教師まで失踪している。謎の怪異はさらに成長しているかもしれない。それでも友人達を取り戻すためには前に進むしかないのだ。
「アンサー、どうかしたの?」
スマートフォンで当時の事件を調べていた彼は首を傾げている。
「おかしいな。警察も動いた四十四人の失踪事件なら当時のニュースで話題になったのかと思ったのだが……。先程から検索に引っかからないんだ。『校長の行方不明事件』や、更に数十年前の『月雲学園神隠し事件』なら引っかかるんだが……」
彼の端末を覗くと確かに大多数の人間が消えた事件記事はなかった。全国のオカルト好きが飛びつきそうな話題なのに、どこのまとめサイトにも掲載されていなかった。『月雲学園神隠し事件』や高齢で定年間近だった女性校長「御手洗六花」の失踪事件については詳しく考察されているが、他の行方不明者の情報はなかった。
「そう、この四十四人失踪事件で最も奇怪なのは、失踪者全員に蒸発理由がないことでも、失踪者の数が多すぎることでもない……失踪者が存在した痕跡が消えていることなのです。明確に残っているのは四十四人目にして最後の失踪者、校長先生ただ一人だけです」
「ん? でもムクロちゃんは私達に詳細を話せるほど覚えてるじゃない」
「ボクは物心ついたときから怪異が近くにありましたから異変に敏感なのです。それにボク以外でも覚えている人間はいますよ。消えた人の親友とか恋人とかにはその人との思い出が強く残っているみたいなんです」
「怪異と関わってきた者か、失踪者の一番近しい人間の記憶には痕跡があるのか。やはりあの学園には何かあるな」
四人は急いで月雲学園へと走った。
生徒数の多い町一番規模の大きい学校なので少し離れていても校舎は見えるくらいだ。段々と母校へ近づいてきたとき、梵は底知れない胸騒ぎを感じた。
そしてその門前に辿り着いた瞬間、胸騒ぎの正体が判明した。その場にいた全員も何らかの気配を感じたらしい。学校全体の空気が異様だった。
「ねぇムクロちゃん、これって……」
「梵さんも感じましたか。これ程強いと霊感の無い人でも感じるでしょう」
「学校中に怪異の気配が充満している……!?」
その辺の浮遊霊は避けて通るくらい禍々しい邪気が満ちている。まるで極寒の地の凍てつく大気に触れたときのように空気に痛みを感じてしまう。近づくのも躊躇われる状態だった。普段この学校に通い慣れている梵とムクロも怖気づくほど空気が違った。
「アンサー、前にこの学校に入ったときはこうじゃなかったよねぇ?」
「ああ。あの時は人はおろか、怪異の気配すら感じなかった」
初めてアンサー達がこの学校に来たのは梵からのヘルプコールだった。その時学校消失事件を聞いたのだが、その際に容疑者というべき怪異は存在しなかった。だから手掛かりを求めて町に足を運んだのだ。それが今や怪異の巣窟といえる程気配が満ちている。
「本当に怪異がいなかったのですか? 隠れていただけでは?」
アンサーとメリーも自信をなくしていた。記憶では確かに怪しい気配は何もなかったが、現状の濃すぎる瘴気がいきなり現れたとは考えにくかった。
ズゥ~……ズズゥー……ズリズリ。
奇妙な異音がアンサーの思考を妨げる。それは地面と何かが接触するような音だ。「ズリズリと響く耳障りな音のせいで真面に熟考することもできない。
「うるさいぞ。誰だこの不快な音を立てるのは!?」
ムクロとメリーが仲良く首を横に振る。続いて梵に顔を向けると、彼女があらぬ方向を指で差しながら絶句していた。その視線の先を辿っていくと、白い影が見えた。
徐々に近づいてくるにつれて明確な輪郭がはっきりしてくる。ボロボロの白い着物、ぼさぼさの髪、辛うじて女性と思しきソレ、は無言のままゆっくり歩いてくる。
彼女の姿をはっきりと視認できたとき、異音の正体も分かった。ズリズリと地面をこする音は彼女が肉塊を引きずる音だったのだ。長い間彼女に引きずられた肉塊は摩耗し、筋肉の繊維が見えてしまっている。
「アンサー、あれって……もしかしてヒキコさん!?」
「正解だ。二千年代に囁かれ始めた怪談。通学路に現れては気に入った児童を捕まえて肉が削げ落ちるまで引きずり回すという怪異。絶対に掴まるなよ。捕まると――」
「言わなくても分かります!」
ヒキコさんが月明かりに照らされたとき、肉塊が纏う服が警察の制服であることがわかった。月雲学園の行方不明者を捜索していたのだろう。
「恐らく職務質問でもして逆鱗に触れたんだろう」
「ひぃー! 私達も捕まったら挽肉に……!」
「そよぎちゃん、今とってもいい顔よぉ! もっとよく見せてぇ!」
「メリーさん、ふざけてる場合じゃないです! 校内に身を隠しましょう!」
大人を引きずれる程の怪力を持つ怪異であるがヒキコさんの歩行速度は遅かった。捕まりさえしなければ回避できる。だが彼女の恐ろしいところは体力の限界がないことである。最初は遅くても目標の体力が尽きるまで追い回されるのだ。追われていると思考回路も鈍くなってくる。普段考えつくことすらも焦りによって上手く引きだすことができない。
「えーっと、えーっとヒキコさんの対抗手段はなんだっけ? こんな時に出てこないよ!」
「蛇行しながら追跡を回避し、身を隠すのが最も安全だ」
流石に謎に答える怪人は頼りになった。まだ見ぬ校内の怪異と戦う前に力を消費したくないアンサー達も戦いには消極的だった。全員が散開して蛇行しながら校舎まで走る。
大人を引きずった状態にしては速いヒキコさんだが、相手が走ると追いつけないはずだ。
(大丈夫。校舎までは逃げられそう!)
安堵する梵の数センチ横を何かが高速で過ぎていった。
――ドッシャーン! パリィン!
鳴り響く轟音。進路にある自動車の窓に何かがぶつけられていた。
それはヒキコさんが引きずっていた警官の死体だった。辛うじて梵には当たらなかったが、一歩間違っていたら直撃していた。その事実と割れたガラス片を前に腰が抜けてしまう。
「ハイ、ルナァ……ハイルナァァアアア!」
ヒキコさんは獣のように絶叫する。何としても校舎への逃亡を阻止したいらしい。
遅れて他のメンバーも梵が狙われた事実に気づいた。
「ヒキコさんって引きずったものを投げつけるんですか!? 聞いたことないですよ!」
「アイツはモノを引きずってないと移動できないから滅多にしないんだ」
「じゃあ梵さんがこれ以上狙われることは―――」
――希望的観測はできなかった。不運にも野球部が片付け忘れたと思われる金属バットが彼女のすぐ傍に落ちていたからである。案の定ヒキコさんはバットを片手にズリズリと引きずり始める。そのまままっすぐに、動けない梵の元へと歩を進める。
「ひぃ! 怪異じゃなくてただの殺人鬼じゃないの! せめてケツバットで許して!」
「チッ! メリー! 梵の泣き顔に興奮してないで少しは手伝え!」
ハッとしたメリーは糸を手繰り寄せると、彼女の持つ金属バットに括りつけた。上手く絡まって抜けないヒキコさんは持ち前の怪力を駆使して力ずくで引っ張る。折角絡め付けた糸も一本ずつ引き千切られていく。
「何て馬鹿力なの。アンサー、早くして。長くは持たないわ!」
急いで梵を引っ張り上げたアンサーはそのまま肩に担いで校舎の中に駆けこんだ。
――と同時に糸が引きちぎられ、バットをスイングするヒキコさん。
頃合いを見計らってメリーとムクロも校舎に飛び込んだ。
流石に校舎内には入ってこれないらしく、名残惜しそうに見つめていたヒキコさんはバットを引きずりながら校外へと姿を消していった。
「ハァハァ……あんなのがうろついてるなんて、ヤバいね。どうにか逃げ切れたけれど」
「逃げ切れたといえますかね? 学校内の方がヤバいですよ」
「そうだな。数多の怪異の気配に満ちている。とりあえず全員離れないように―――」
言いかけた瞬間、全員の姿が忽然と消えた。
一瞬、仲間が消されたのかと焦るアンサーは周囲の景色をみて安堵した。先程入ってきた校舎の正面玄関とは明らかに違う。視界に映る階段の存在から建物の二階以上にいると分かった。
「別の場所に飛ばされたのは俺の方か。梵達は大丈夫だろうか」
怪異であるメリーは一人でも平気だろうが、この学校で怪異に襲われた経験を持つ梵や幼少期から怪異に狙われてきたムクロは気がかりだった。相変わらず校内には人気がないが、怪異の気配が充満していた。一刻も早く合流しなければならないが、奇襲も警戒しなければならない。焦りを慎重さで殺して一歩ずつ前に進む。廊下はアンサーの足音だけが木霊していた。
「誰だ!?」
何者かの気配を感じたアンサーは曲がり角にナイフを投擲した。初めから充てるつもりはない威嚇行為である。刃が壁に接触した音に驚いたのか何者かが奥に引っ込んだのが見えた。その際に長い髪らしきものが僅かに見えた。「梵かムクロか?」そう思ったが、すぐに頭を振った。もし逸れた仲間なら逃げる必要はない。そもそもすぐに声をかけてくるだろう。
慌てて追いかけるが、そこには痕跡すら残っていなかった。
「怪異の仕業か? 転移……もしくは隠蔽能力がありそうだ」
何者かの気配が確かにあったのは事実だ。消えたことにも驚いたが隠れた怪異からは殺気を感じなかった。アンサーは首を傾げつつも深追いする気はなかった。大本命の怪異を相手にする前に無駄な戦闘は避けたいという想いは変わらない。アンサーは怪人らしく気配を殺しながら廊下を進んで行く。
『トゥルルルルル!』
携帯電話が場違いなコール音を響かせた。こんな状況で自分の携帯電話を鳴らせる人物は一人しかいない。
「メリー。電話に出てやったんだからさっさと合流して来い」
『たす――ザ、ザザー……けて』
ノイズ音と共にメリーの懇願にも近い声が聞こえてくる。悪い冗談かと訝しんだが、すぐに思い直した。メリーが冗談を言うときは少女の怖がる顔を見たい時だけだ。その点においては全幅の信頼を寄せている。男の怪異であるアンサーを脅かしても彼女の性癖的に無意味である。そして何より電話に出たのに背後に転移してこないことを奇妙に感じた。
「おい、メリー。なにがあった?」
『ぴんぽんぱんぽーん。メリーさんは現在バラバラになっており、電話に出ることはできません。御用のあった方は、間抜けな自分を呪うか、彼女の冥福をお祈りください』
電話口からはふざけた答えが返ってきた。声の質から男性なのは間違いない。自分以外の男はムクロだけだが、女性に近い高音ボイスの彼とは声質が全く異なっていた。
「貴様、何者だ?」
『おやおや怪人アンサーともあろう者が僕を知らないのかい? 無知だなぁ! ははは!』
「俺の質問に答えられなかったな!? 今から行く! 首を洗ってまっていろ!」
『せっかちだねぇ。セカンドチャンスもくれないのかい? でも予め奪う部位を宣言する噺は初めて聞いたよ。僕も君の歓迎の準備をして待つことにしよう。だから参考までに聞かせておくれ。君は赤色が好きかい? それとも青色が好きかい?』
「貴様――赤マントか!?」
電話相手の質問から自分に似た男性の怪人の姿が思い浮かんだ。子供の前に現れては赤色か青色かどちらが好きか尋ねて回る。「赤が好き」と答えた子供は切り刻まれ、血塗れにされて殺される。「青が好き」と答えた子供は全身の血を抜かれ、青色の死に顔を晒されて殺される。
昭和時代、世間を恐怖の色に染め上げた怪人、猟奇的かつ好戦的で危険な怪異だった。




