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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
後宮の偽女官

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破戒の奸計②

 徳妃の目は覚悟の光を宿していた。気圧された白狼が声を出せずにいると、徳妃はまた手に力を籠める。


「あの子を皇太子に付けるためなら、子辰様は何でもやるおつもりです。勘が良く知りすぎたあなたを生かしてはおきません。承乾宮の帝姫様も同様に殺そうとなさるでしょう。むしろ、ご自分の野望の邪魔になるのでお輿入れ前に何か手を打とうと考えていると思います」

「輿入れ前って、もう時間が……!」

「そうです。だから今、子辰様の監視が緩んでいる隙にどうか逃げてください。そして帝姫様にすべてを話して」

「話して、いいのか?」

「良いのです。帝姫様は知る権利があります。そして本来ならばあのお方は既に立太子していてもおかしくないのですから」


 徳妃はそう言って白狼を抱きしめた。出産後に身体を清めたあと、ほとんど香を焚いていない徳妃の衣からは懐かしいにおいがした。遠い記憶、土や泥や草いきれに混じってかいだことのある、柔らかいひとのにおいだった。

 ああ、と白狼は思った。

 本当にこの人は姉だ。故郷の村に置いてきたはずの家族としての思い出が、においとともに朧気に瞼に浮かびかかる。しかし白狼は溢れそうになるそれをぐっと抑えつけた。

 事の次第は聞けた。

 感傷に浸っている暇はなく、捨ててきた思い出など今の自分には不要だ。


「ごめんなさい、白玲……。こんな姉で、こんな馬鹿なことをしてしまった姉で本当にごめんなさい……」


 肩越しに徳妃の涙声が聞こえる。吐息交じりのそれは震えていた。

 馬鹿な姉、とは本当にそうだと思った。しかし今の白狼にはそれを笑い飛ばすことはできない。この期に及んで徳妃は宦官・柏に命じられただけだと責任を転嫁しない。子辰という男に対する、徳妃、いや明玲の気持ちが痛いほど分かってしまったのだ。


「わたくしは許されざる大罪を犯しました。食うに困らぬ仕事に付けるなら、そして子辰様に喜んでいただけるなら、と簡単に考えた罰でしょう。生きてあなたに会えるとは思いませんでしたが、元気にしていてくれて嬉しかった……」

「……俺も、まさかこんなところで身内に会うなんて思わなかったよ。中秋節で助け舟を出してくれた時は、俺だって気が付いてた?」

「……いいえ。子辰様の指示で、とにかく身分が低い方を助けて手足として使える者を増やしなさい、と言われていたので……後宮に来たばかりの子どもたちを雇いあげたのも、そういった下心があったのです……」

「……燕のことは……」


 死んだ下女の名前を出すと、徳妃はぴくりと肩を震わせた。


「……子辰様があの子を利用して貴妃様を陥れたことも、知っています。知っていて、わたくしは黙っていました。黙ってしまいました……それもこれも、すべてわたくしの心が弱かったから……」


 ごめんなさい、と徳妃は小さく呟いた。それを聞いて、白狼の心が決まる。徳妃は徳妃が生きるために行動した。そしてこれからは白狼は自分が生きるために行動するのみだ。


「これから俺は永和宮を抜け出し、承乾宮へ行く。あんたがこの後どうやって柏をやるのかは知らないが、あんたが失敗するとしても俺は絶対銀月を守る」

「……ええ」

「柏が燕を使って貴妃を陥れたって証拠になるものもある。あんたが失敗しようが、俺はあいつを絶対許す気はない」

「わかりました」

「ただ、赤子には罪はないと思う。助けられるなら、あの子の命だけは助けてやってくれよな」


 徳妃はそれには応えなかった。仕方ない。それは白狼にも分かっていた。不義の子、そしてその父親も母親も皇帝を謀ったとなれば処刑は免れないだろう。実家はおろか九族の末に至るまで苛烈な処罰を受けることになる。それを分かっていながらなぜこのような策略を考えたのか。しかしそれを考えていてもそれこそ仕方がない。

 白狼は彼女の手が緩むのと同時に立ち上がる。膝間づいたままの徳妃は白狼を見上げて微笑んだ。


「立派になったのですね」

「背は小さいままだけどな」

「いいえ、もうすっかり大人ですね」


 白狼は頷いて、それじゃあと窓を開けた。


「帝姫様によろしくお伝えくださいね。お元気で」


 おそらく、いやもう確実に今生の別れとなる。徳妃はそれを分かっているだろうに、悲痛さを押し殺した明るい声で告げる。

 そんな徳妃の声を背後に聞きながら、白狼は後ろを振り返ることなく頷いて窓から外へと飛び降りたのだった。



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