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月華麗君とりかへばや物語~偽りの宦官が記す後宮事件帳~  作者: 葵一樹
後宮の偽女官

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真実の行方②

「陛下にご慈悲を願いましょう。お目通りは叶うかしら」

「今朝、乾清宮にお帰りになった後、政務のお疲れが出たのか慈寧宮でお休みになっているということですので本日中は難しいかと」

「まあ、それは大変」


 皇后の差し金だと柏は言っているのだろう。やられたと白狼が舌打ちをすると、近くにいた侍女が一瞬ぎょっとした表情を浮かべた。

 この間皇帝が来ていた時何と言っていた。皇后が不在だと言っていたではないか。あの時、何か工作をされていたのではないか。

 銀月の輿入れ先と、そして証の宝玉について、どちらも皇后かあるいはその実家が噛んでいるに違いない。

 貴妃が消え、皇后の目下の敵は銀月と懐妊している二人の妃だろう。徳妃はどうやら後ろ盾が強いらしいので、簡単につぶせるほうを一気にやるつもりなのだ。

 こうなるのであれば承乾宮で匿っているときに返しておけば、と今更ながら悔やまれる。どうせ白狼が持っていてもどこかで売りさばくこともできない超高級品なのだから。奇跡的に市井に出られ宝飾店に売ったとしても、すぐ足がついてお縄を頂戴する羽目になる。

 籠に入れっぱなしにしてあるはずのあの綺麗な宝玉を思い出していると、不意にある考えが浮かんだ。そしてその考えに心の中で首を振る。危険だ。しかし賭けとしては勝負になるかどうかも怪しいが、計算してみる価値はあるかもしれない。ただこれは陥れられた紅花を見捨てる方法だ。


 ――あの宝玉を使ったら、銀月を外から帰還させる方法は取れないか。


 輿入れ前となれば準備にも慌ただしくなり後宮での警備も厳重になるだろう。そこで脱出というのは現実的ではない気がする。だったら輿入れの道中の方が人や街に紛れていけるのではないか。

 そのためには目くらましのための身代わりが要るだろう。それは自分がやればいい。そうすれば、と以前銀月が「絶対という話ではない」といって話した計画を思い浮かべた。

 そもそも発表された班とかいう家が銀月の予想した輿入れ先の氏族ではないということは、皇后も相当遠くまで根回しをしたのだろう。班王領がどこにあるのかは知らないが、帝都から遠くにあるのだろうという事は予想できる。

 遠く離れた地に送られ、到着後に体の弱い帝姫は「病死」とでも片付けられるのかもしれない。しかしその帝姫として身代わりに白狼がいけば、銀月は玉を持って帝都へ帰還できる。

 白狼は卓上に注がれていた水の杯に口を付けた。唇どころか口内が乾ききっていた。

 とにかく、銀月と話さなければいけない。次に皇帝が来るときに、危険はあるが脱走するか、それとも――。


「朱家はともかく、曹家は何とかならないのでしょうか」

「分かりません。皇后陛下は後宮の規律に大変厳しいお方です。密通を見逃したということになれば、処分は免れますまい」

「朱充媛も、なぜ大切な玉を失くしたりしたのかしら……妃嬪も、女官も、陛下の御慈悲を頂いたら必ず肌身離さず持つように言われるでしょうに」


 徳妃の言葉に、それは自分がスったからですとも言えない。まさかそんな大切な証拠になるものとは思わなかったのだ。

 とはいえ、後宮内でスリが行われた結果とは誰も思うまい。盗みや失せ物の噂は事欠かないが、それらは金欲しさに宦官や女官が置き引きなどをした結果である。肌身離さず持っているものをその人から直接拝借するのは、後宮広しといえども白狼だけではなかろうか。

 罪悪感に押しつぶされそうになるが、一女官に手を出したことを認め新たに証を贈ると言っていた以上ここは皇帝になんとか頑張ってもらうしかない。それより白狼の頭の中を占めているのは銀月の事だった。

 どうやって銀月に計画を伝えたものかと考え込んでいると、突然隣で徳妃が呻いた。


「……くっ……!」


 何事かと顔を上げると、額に脂汗を浮かべて徳妃が腹を押さえている。柏が慌てたように徳妃の肩を支えた。侍女も叫び声をあげて徳妃に駆け寄ってくる。

 一瞬、毒でも盛られたかと白狼は皿に乗せられたものを思い浮かべた。ただ同じものを食べた白狼は何ともなく、腹痛も吐き気もない。白狼は徳妃の飲んでいた杯に鼻を近づけたがこちらもただの水である。

 側近たちが慌てて卓を片付けたり帯を解いたりするうちに、徳妃の表情が落ち着き、ふうと深呼吸を始めた。しかし安堵する間もなく、また歯を食いしばって呻き始める。美しい顔が苦悶に歪む様子はただ事ではない。息を止めているのか額も頬も真っ赤に染まり、固く閉じた目尻には涙が浮かんでいる。

 なんだ、と思っていると柏が血相を変えて表へ向かって叫んだ。


「徳妃様が産気づいたらしい! 侍医を呼べ! ご出産の準備を急げ!」


 え、と思わず白狼は声を漏らした。ということはこれ世に聞く陣痛か。これから皇帝の御子が産まれるということか。

 白狼はあっけにとられたように立ち尽くした。つい先ほどまで談笑していた相手の豹変ぶりに慄いたというのが正しい。

 今から始まるというお産が、どれほど女の命を奪って来たか。生まれた赤子をかわいがる母親を街で見かけたことはあるが、どの母親も産んですぐは立ち上がることもできず寝たきりだったと言っていた。そしてお産が一日では終わらず二日も三日もかかることがあるという話も聞いたことがある。また、産後の肥立ちが悪く子を抱かないまま衰弱してこの世を去る母もいるという。

 白狼は今まで身近でお産を見たことがない。目の前にいる女が激しく苦しんでいる様に、死が脳裏をかすめた。

 悪くすると、徳妃はこのまま死んでしまうかもしれない。自分のたった一人の姉が死ぬかもしれない。そのことに今更ながら恐れを感じた。そして同時に怒りが湧く。

 その腹の子の父は愛している唯一人の男ではなく、数多の妾に子を産ませているこの国の皇帝だ。外戚という権力に逆らえず、そのくせ女が好きで方々に手を出している皇帝だ。子は漏れなく政治的に利用されることが決まっている。

 そんな相手のために命を張ることを強制され戦わされる生き方は、果たして幸せなのだろうか。そこに自らの意思はどうかかわっているのだろう。

 思考がぐるぐると渦を巻き、答えが出ない。しかしひときわ大きな徳妃の呻き声が白狼の意識を引き戻した。


「白玲! 徳妃様を御寝所へお運びする! 手伝え!」


 雷のような柏の声が室内に響く。その声に弾かれたように、白狼は徳妃の側へ駆け寄ったのだった。


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